番外編 〜とあるゴブリンの一生 中編〜
一言で言えば、魔王城は凄かった。
ゴブリン達が“役割を分担する”と言う方法をとっていたのだ。
子共達の面倒を見る担当がいるだけで、産後のゴブリンはすぐに活動する事が出来る。
戦闘が得意な者と、戦術が得意な者とで協力し、人が沢山住む村や、更には街といった場所を襲う事すら出来た。
奪ってきた交配用の【人間】を纏めて閉じ込めて置く部屋があり、特別強い者や賢い者はそこで好きなだけ交配した。
そして、強くも賢くもないゴブリン達は、適当にその辺のゴブリン同士で交配した。
それでも、相手を見つける手間や時間が不要な為、野に居た時よりずっと効率的だった。
こうして魔王城のゴブリンは、わしが来たふた月の間に数千から、数十万に膨れ上がっていった。
あの時のわしの子は、すでに独立したが、わしの腹にはまた何度目かの、新たな魔王様(代理)の子が宿っていた。
どうも馬が合うようだ。
―――それは穏やかな時間だった。
城下に咲くハーティの花を眺め、優しい風に頬を撫でられながら、産まれてくる子等の未来の夢を見る。
わしはこの魔王城で“安寧”という言葉を覚えた。
まぁ、悪くはない。
―――だが、それは唐突に起こった。
「ま、魔王様(代理)――――――っっっ」
1匹のゴブリンの悲鳴が魔王城に響いた。
倒れ込む様に魔王様(代理)のいる広間に入ってきたそのゴブリンは、何か鋭い刃で切りつけられた傷を負い、血塗れだった。
そして、息も絶え絶えに報告する。
「に、人間です!! 勇者ナントカと名乗る人間の男が同胞であるゴブリンを次々と切り捨て、こちらに向かっていますっっ!」
「勇者だと!?」
広間のゴブリン達がざわめき立つ。
その時だった。
――――――ッズッドォ――――――ン!!!!
固く閉じられていた広間の大扉から、割れんばかりの大きな音が響いた。
そしてゆっくりと、ひしゃげた扉が広間の中に倒れ込んでくる。
大きな音を立てて倒れた扉の向こうには、舞い上がる塵埃の中から浮かび上がる、然程大きくもない一つの影。
「お前が……お前がこの城の王か!?」
そう言って叫んだのは、まだ声変わりして間もない、若い人間の男だった。
「そうだ。ワシがこの魔王城の主(魔王代理)だ」
「そうか。魔王城の主……つまり魔王か! ―――やっと来たぞ、シャン。……そして皆っ!」
魔王様(代理)の名乗りを聞いた男は、一人しかいないのに、まるで誰かに話しかけるようにそう呟いた。
「僕の名は勇者アンリだ! お前を倒す者の名を、しかとその胸に刻みつけておくがいい!」
……死んだら覚えていられない。
何を言ってるんだろう、こいつは。
わしが唖然とその男を見つめていると、魔王様(代理)がスッと男の前に進み出て言った。
「【勇者】か。噂には聞いた事がある。確か“神に愛された人の子”だったか。だがこちらとて負けるわけにはいかない。ワシは魔王様(本物)の威光を、世に広めねばならんのだからな!」
「っ何が魔王様だ!? 自惚れるな!」
そして、勇者と魔王様(代理)の戦いが始まった。
勇者は強かった。
魔王様(代理)は、わしらゴブリンの中で一番強い。
だが、勇者には手も足も出なかった。
凄まじい剣の斬撃に加え底知れぬマナを操り、見た事もない魔法の数々を打ち出して来る。
魔王様(代理)は反撃は疎か、避ける事さえままならず、憐れなボロ雑巾のように勇者に斬り刻まれていった。
「こんなものか……あれ程……、あれ程、僕達の大切なものを奪っておいて、お前はこんなものだと言うのかあぁあぁぁ―――っ!」
攻め勝っているはずの勇者が、涙を流しながら絶叫した。
そして、怒りに塗れた凶刃が魔王様(代理)に振り下ろされる。
その時、わしの体は自然と動いていた。
“子孫を残すだけが生きる意味”……そう疑わず生きて来たのに、子供の宿る腹を抱えながら、わしは魔王様(代理)の前に飛び出していた。
―――――――――ズシャッ。
それはとても長い時間に思えた。
勇者の剣は、腹の中の我が子共々わしを貫き、更にはわしの後ろの魔王様(代理)をも貫く。
「ガッ……ハァッッ……」
わしの腹を裂いた剣先は肺をも切り裂き、わしの口からは大量の血が口から溢れ出した。
そんなわしを、魔王様(代理)が驚いたよう見ていた。
「グッ……お、お前……何故?」
はて、なぜだろう?
わしはただ、心に浮かんだ言葉を口にした。
「あなたと……生きたかった。……あなたを……生かしたかった。……あなたを……っ」
次の言葉は出なかった。代わりに涙が出た。
もう目は見えない。
激しい耳鳴りの中、魔王様(代理)の声が聞こえる。
「……っお、おのれぇぇ!!!」
ズルリと腹に刺さった剣を引き抜き、魔王様(代理)は再び勇者に襲いかかった。
―――ザンッッ
何かを切り落とす音の後に、離れた2つの場所で何かがドサッ、ドサッと落ちた。
魔王様(代理)の声はもう聞こえない。
―――……なぜ?
勇者の剣はわしの腹にささったままだ。
刺さったままなのに……っ!!
……何という事はない簡単な事。勇者は二刀使いだったのだ。
―――あぁ……何ということだ。
わしは絶望の縁で、どうか魔王様(代理)と共に早く散りたいとだけ願った。
この地獄の中で、それだけがわしに望む事の出来る希望だった。
だがその時、突然声が響いた。
虫の息のわし以外皆死に絶え、勇者より他に立っている者の居なくなったこの広間に響いた声。
それは聴いたことが無いのに何処か懐かしく、思わずひれ伏したくなる、低い不思議な声だった。
「何やら(ゴブリンが増え過ぎて)騒がしいと思って来てみれば、これはどういう事だ?」
それこそが、わしらが望んでやまないお方の御声だったと、わしは後に知る事となる。
続きます。
そして次で終わります。




