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番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス⑥〜

すみません。ルシファーさんまだ出ません。

……もう、プチ予告はやめます(_ _;)

 穏やかな昼下がり、私は四天王達の先頭に立ち、優雅な仕草で談笑をしながら食堂に向かっていた。

 私達のいつも座る席には、誰も座らない。暗黙の了解で確保された予約席だ。急ぐ必要はない。……とはいえ、一度天然アリアが悪気無しで堂々とそこで昼食を取り、大顰蹙を買うという事件は昔あった。今ではいい思い出ね。


 中庭を横切ろうとしたとき、突然その穏やかな空気を裂く悲鳴が響き渡った。



「いやああぁぁーーーーーーっっ!!!」


「!」


 その場にいた学園の皆が動きを止め、その声の主を見た。勿論、私も例外なく。


「あぁっ! ダイナっ! ダイナ!!! 何で? 一体何でこんなこと!?」


 アリアだった。

 アリアは中庭の校舎に面した通路の下で、うずくまり泣き叫んでいた。そして、その腕には血塗れの子猫。


 私はハッと、校舎の窓を見た。

 アリアのうずくまる位置からほぼ真上の4階の窓に、下の様子を見下ろし、陰湿な笑みを浮かべた二人の女子が居た。二人は何かをささやきあうと、教室の奥へと姿を消した。


「いやぁ……、ダイナ! ダイナ!」


 まさかあの二人が、生物部からわざわざ猫を連れてきて、落とした……? なんの為に? 嫌がらせにも程がある! 


 私はキッとアリアの方を向き直り、ツカツカと歩み寄った。


「何をなさっているの?」


「あ、あぁ、マリアンヌ様……ヒック、……ダ、ダイナが、窓から落ちたみたいで、……血が……あぁ」


 違う。そんなことを聞いているんじゃない。

 私はアリアの側で、アリアがどれほどその猫、ダイナを大事に可愛がってたか見てきた。

 大怪我を負って、取り乱すのも分かる。


 だけど今は泣いてる場合じゃないでしょう!?


「そのままじゃ、その子死ぬわね」


「!?」


「一見だけど、口から血を吐いている様子から、内蔵破裂の可能性もあるわね。胸は上下しているようだからまだ運良く生きてるみたいだけど。動かない事から脳震盪の可能性もある。泣きながら揺さぶるなんて、あなた最悪ね。本当に馬鹿なの?」


 あれ程本を読み漁って、あれ程ともに語らったでしょう?


 無様に泣いてないで、貴方にはやることがあるでしょう!


 医者は動揺してはいけない。成すべきことがあるのよ。

 そんな初歩的な事も忘れ泣きじゃくるアリアに、私は悔しい思いに駆られ、懐からケースを取り出しアリアに投げつけた。

 そのケースは、私が医学の道に進むとお父様に話した時、プレゼントしてもらった緊急オペの道具一式だった。

 野戦病院の医者が持っている本物の道具。まだ使う事はないけど、さして大きいものでも無いし、御守にと肌身離さず持ち歩いていたのだった。


「私は獣には触らないわ。やるなら貴方が切りなさい。とはいえ、輸血無く、無菌でもないこの状況下で、泣き面で鼻水を流しながら出来るとは到底思えないけど?」


 私の言葉に、アリアの目の色が変わった。闘志を灯したような強いその眼差し。

 アリアは私の投げつけた箱を拾い中身を確認する。それからゴム紐で髪を縛り上げると、上着を脱ぎ、血で汚れるのも気にせずその上にダイナを横たえた。

 そして腕をまくりダイナを触診しながら、消毒薬とメスに手を伸ばした。




「……っ。うっ、マリアンヌ様、もう行きましょう」


 四天王の一人が、青い顔で私に声をかける。

 目の前で子猫を切り裂いているのだ。耐性がなければ、まあ、気持ち悪いでしょうね。


 周りを見ると、学生達もアリアの執刀の様子に吐き気を催し、逃げるように校内へ走り去る者もちらほらいる。

 私は四天王達安心させるよう、微笑みながら言った。


「あなた方は行って結構よ。私はあの愚か者アリアが切る様子を、最後まで見届けてやりたいの」


「……」


 私の言葉に黙り込み、一歩下がる四天王達。


 ん? 一歩下がる? 何で?


「ヒッ ヒイィーーー!」


 走り去る四天王達。


 ……え? なんで?



 私は何がなんだか分からず、取り敢えずアリアの執刀に集中する事にした。



 ◇



 アリアは、額に大きな汗粒を浮かべながらあえいだ。


「クッ……」


 そりゃ輸血も無い状況での手術だ。余計な失血をしないように、水魔法で血の流動を弱めつつ手術に集中もしないといけない。体温が下がらないよう熱魔法に加え、自分のマナを生命活動を補助する為に送ってもいるはずだ。

 それに、生き物の体に直接魔法を及ぼすためには、通常の10倍以上の魔力を要する。

 と言うのも生き物の体には何かしらのプロテクトがかかっているようで、外部からの魔法衝撃は通っても、内部への直接魔法はほぼ効かないのだ。

 例えば魔石を使って水を煮沸するように、人体の血液を煮沸する事はできない。出来ても、精々2度ほど体温を上げることが関の山だ。それ以上は、いくらマナを込めても、まるで反応しない。ファイヤーボールを受ける事はあっても、人体発火はしないと言うことだ。

 医療に魔法が使えると言えば、その精々が体温を上げさせたり、血行を多少良くしたり悪くしたり程度。

 その点では、膨大なマナの力押しで病人を治してしまう聖女様は、私達にとってチート以外の何者でもなかった。


 苦しげに眉をしかめるアリアに、私は声を掛けた。

 アリアの、知識量は分かってる。この執刀に於いて、切開した時点で彼女の中ではもう、手順はほぼ組み上がっているはずだ。

 私の声かけくらいで、その手順にミスが出るはずはない。

 それより恐ろしいのは、長時間に及ぶ執刀中の不安と孤独感で、精神が蝕まれること。


 貴方にしかダイナは救えない。

 だけど、貴方は一人じゃないの。私もここに居るから。



「ほほ。ずいぶんお疲れのようね? 貴方はそんなものなの? ああ、気をつけて、隣の管は動脈よ。私如き気にせず集中なさいね」


「……」


「違う。そこの縫合は7針よ。4針だと動いた際に破れ、腐り落ちるわよ。あなた遅いの。それをそんなところで時間を稼ごうなどとは浅はかよ」


「っはぁ……」


「息を止めないの。貴方の手元が狂うと被害を受けるのはダイナよ。苦しくても呼吸は安定させなさい」


 私はアリアの執刀を上から見下ろしながら見つめた。

 同時に、アリアの執刀の足りない箇所もフォローしていく。


 野次馬達はかなり遠巻きに私達を静かに見ていた。

 途中先生達も駆けつけはしたが、今執刀を邪魔させるわけにも行かず、私が睨みながら弁解の言葉を述べると、野次馬の一部となった。



 ◇



「……出来た。これで、オペ、終了です」


 あっという間に、二時間が経った。

 麻酔の無い手術だったけど、ダイナが気を失ってくれていて逆に助かった。だけど終わったとはいえ、失血はかなり酷いし、子猫だから大して体力もない。助かる確率はまだまだ20%と言った所だ。


 だけど、どんなオペでも、立会った後は必ず思う。


 ーーーどうか、助かって。


 祈らずにはいられない。最善は尽くしても、命というものは簡単にこの手の隙間から溢れて行ってしまうから。



「ーーーダイナ……おね、 がい……」


 アリアが泣きそうな白い顔で、死んだように眠る小さな子猫に囁いた。

 そして、その猫の隣に崩れ落ちた。


 眠ったみたい。初めての執刀で心身共に限界が来たんだろう。

 まあ、誰の助けも借りず、よくやったと思う。

 ーーー私は、アリアみたいに上手く執刀できるのかしら……?


 私はアリアの寝顔を見ながらそんなことを考えていた。


 その時、静かだったこの中庭に、激しい怒りを含んだ怒声が響いた。




「何をしている!!」




 私は驚き、その声の主を見た。


「ラース、様?」


「何をしている、と聞いたのだ。答えろ! マリアンヌ!」


 まるで敵でも見るようなその激しい視線が私に向けられている。

 その恐ろしさに、私は思わず言葉を言い淀む。


「わ、わたくしは、……何も……」


「何もだと? 俺が何も知らないとでとも思っているのか? あのアリアを貶め、心身ともに追い詰めるその非道で鬼畜な行いの数々を」


「な、なんの事でしょう?」


 ラース様は何を仰ってるの? 私はアリアとは、大の仲良しよ? 心身ともに追い詰める??


「白を切る気か」


 え? ええ?


「マリアンヌ、お前はクラスの者達を言い含め、アリアに害を加えるよう誘導しただろう」


 してません。


「そして自分は加害者達を白々しく止め、嗜めるふりをしていたがな」


 本当に止めようとしてましたが!


「アリアの留学を無理やりやめさせたそうだな。身分の違う者だから差別でもしたか? アリアの未来を奪っても良いとでも?」


 いや、あれは……国内であれば寧ろ支援してもいいと思っておりますわっ!


「そして今回の事。アリアの大切にしていたダイナを窓から突き落とすよう指示したのもお前だろう」


 な!?


「ダイナが傷つき、泣いているアリアに、更にその身を切り刻めと言ったそうだな」


 それは言いました。


「お前の取り巻きからも聞いた。そのアリアの苦しむさまを、最後まで見たいと言ったらしいな? 泣きながら大切なものを切り刻む姿を、喜んで見たいだと? お前は鬼畜か! 取り巻き達は、お前にはもうついて行けないと、俺に懇願しに来たぞ」


 あの子達、……様子がおかしいと思っていたら、なんてこと!?


 私はラース様の素晴らしい見当違いに、返す言葉が見つからなかった。


「何故黙る? ……以前の思慮深く、誇り高いお前はどこに行った? アリアはお前のそんな鬼畜な所業にも笑って耐えていた。それどころか、お前のことを、“皆勘違いしているけど、とても素晴らしい方”等と健気にもかばいだてしていたのだ。ーーーそれなのに、お前と言うやつは……、なぜだ!? 答えろマリアンヌ!」


 ……。


 なんか、面倒くさくなってきたわね。

 アリアもちゃんと言ってるのに、どうしてそこまで勘違いできるの?


 私はすっと背筋を伸ばし言った。


「さあ? 私にはなんの事かとんと見当が付きません。アリアを、私が虐めていたと言うのであれば、本人の口から聞こうではありませんか。とはいえ、アリアはこの通り眠ってしまっていますので、今宵にでも皆様の時間を頂戴して、私の罪状が冤罪であると証明していただきましょう。では、私はこれで」


「……逃げる気か」


「逃げる? さすが私に無実の罪をつらつらと自慢げにおっしゃるだけあって、私の話は聞いておられないようです事。私は逃げも隠れも致しません。“今宵”、と言ったはずですが?」


 流石にここまで言われれば私だって腹が立つ。

 苛立ちに任せ、言わなくていい事まで言ってしまう。


「ーーー……それに、私から言わせて頂ければ、ラース様の方こそ逃げているんじゃなくて?」


「な? 俺が逃げる?」


「ええ、アリアに惚れ込み、私との婚約を破棄したいがため、私にあらぬ罪を無理やり着せようとしているのでございましょう? そんな回りくどいことをなさらなくとも、仰っていただければ、私とて女々しく縋ったりしませんことよ?」


「な!? お前っ……」


 私の言葉にラース様は、激情のまま私に掴みかかろうとする。


「はい! そこまで」


 プリンスとその婚約者。野次馬達は当然割り込めずに事を見ていたが、突然そこに待ったをかける声が入った。


 そしてもはや聞き慣れたその声には、誰?などと思いもしない。レイルだった。


「淑女に手を出すものでは無いよ、ラース。それに、マリアンヌ嬢も、もう少しお立場をわきまえられた発言をした方がいい」


 ぐぬぬ。正論だわ。


「だがレイル、マリアンヌはっ」


 なおも言い募ろうとするラースに、レイルは手で遮り拒絶した。


「マリアンヌ嬢にも言い分があるらしい。それに、“今宵”、と言われたのだろう? 少し待とうよ。お互いの頭も冷える。そんなに鼻息を荒くしていると、レディーにモテないよ?」


 そうよそうよ! もっと言ってやんなさい! まあ鼻息荒くても、ラース様はモテると思うけどね!


「くっ……、ふん! 良いだろう。今宵、必ずだ」


 ラース様はそう吐き捨てると、踵を返し割れた人垣の向こうに去っていった。


「大丈夫?」


 レイルが困った様な笑顔で私に言う。


「ええ。だけどおかげで助かったわ。妙な事にはなったけどアリアが目覚めればきっと誤解も解けるし、まあ大したことはないわ。アリアが海外追放も海外留学もしていないんだもの。きっとうまく行くわ」


「え! まだトキ☆バラを信じてるの?」


「え? だって怖いくらい当たってるのよ? あなただってあの時言ったじゃない。三流の脚本を破いてやるって」


「うーん、まぁ、そうなんだけどね」


 煮えきらない返事。私は相変わらずレイルのこういった所が嫌いだ。

 野次馬の目もあるし、私はここいらで切り上げる事にした。


「まあいいわ。じゃあ、アリアとダイナは任せるわ。私は獣には触らないから」


「分かった。じゃあ、また夜に」


「別にあなたは来なくてよろしくてよ」


 不安はある。だけど私はレイルに虚勢を張って言い放った。

 そんな私にレイルは笑う。そして言った。


「いや、必ず行くよ。君に何かあっても、僕が必ず守るから。だから、安心して」


「っ!」


 ちょっと予想外の言葉に、私は言葉をつまらせた。

 そして、フンと鼻を鳴らしてそのまま踵を返す。



 足早に歩きながら、私はふと思う。


 ーーーそういえばレイルって、私のピンチや不安な時は、なんだかんだで近くに居て、助けてくれるのよね……。




 いや、勘違いかもしれないけど!

 たまたまよっ! きっと、たまたま!!





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