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番外編 〜ルシファーの花嫁 悪役令嬢と、悪魔のプリンス〜④

 


 ーーーニャー……。



 私は教室で、斜め後ろから聞こえた、あり得ないその音に体を硬直させた。


 いや、無い無い。ニャーよ? ここは歴史ある貴族御用達の高等学園シリウスよ? まさかそんな、ねえ? きっとどなたかの、可愛らしいお腹の音よ。そうよ! そうに決まってる!!


 私は無視することに決めた。だって斜め後ろの席と言えば、


「にゃー!」


「しっ! ダイナお願い、静かにして!」


 私は体を硬直させたまま、錆びたブリキを無理やり動かすように、首をわました。



「にゃ!」



 斜め後ろはそう、あの天然ボケキャラを地で行くアリアの席だった。

 そして、アリアが必死で抱え込む学園のカバンから、何故か子猫の頭が出ている。


「それは、何?」


「えへへ……」


 えへへ、じゃないわよ。本当に意味がわからない。何なのこいつ。


「勝手についてきてしまったみたいで……。学校が終ればすぐに連れて帰りますので」


 連れて帰るって、どこに? 寮に? 寮はペット禁止よ?


 黙り込む私に、アリアは何か閃いたように目を見開き、上目遣いにおずおずと言う。


「あの、もしかしてマリアンヌ様、この子触りたかったりします? 洗いましたので、ふわふわですよ!」


 違う! 的外れ過ぎるわ!!


 怒鳴り散らしたくなる私は、猫をはたこうと手を振り上げ、ふとその動きを止めた。

 ②アリアと仲良くなっておき、万が一、ラースとアリアが結婚した場合にも、2番手となろうがお家取り潰し騒動までは発展しないよう保険をかけておく。

 そうよ。そうだった。アリアと仲良くならなければならない。だけど、これはっ……。


 瞳を潤ますふわふわの子猫がこちらを見上げてくる。

 他の者達にはどのように見えるか知れないけど、私には恐ろしく蠢く雑菌の塊に見える。


「うっ……」


 言葉をつまらせる私。

 いつの間にか、野次馬達の人垣が出来ていた。

 アリアが、薔薇の背景を背負いながら、私に微笑みかけながら言った。


「どうぞ!」


「くっ!」


 私は、振り下ろしたいその手を、ワナワナとふるわせながら、ゆっくりと子猫の頭に降ろす。


 嫌。触りたくない。触りたくないけど……、



 ーーー私は、必ず守るのよ!!




 ぽん。





「にゃ?」



 湧き上がる野次馬達の歓声。

 そのふわふわの手の感触に、私の全身の毛穴が開き、目の前が遠のく感覚に襲われた。

 足元がふらつく。力が入らない。


「マリアンヌ様っ!?」


 そのまま倒れる私に、駆け寄り手を伸ばすアリア。そしてどよめく野次馬達。

 倒れ込む私の視界の隅に、こちらを見ながら楽しげに微笑むレイルの姿が見えた。

 あいつ……、私は呪詛を呟きながら、そのまま意識を手放した。




 ◇




 目を覚ますと、そこは保健室のベッドだった。


「目が覚めたか」


 ふと私のすぐ横から声がした。

 ーーーえ? ラース様?


「……まったく、人騒がせな。教室に紛れ込んだ猫を触って気絶したそうだな」


「え、ええ。お騒がせしてお恥ずかしき限りですわ。……なぜ、ラース様がここに?」


 私をお見舞いに? アリアに気があるんでしょう?


「……ふん、婚約者の様子を見に行けと、言ってくるやつがいてな。目覚めたなら俺はもう行く」


 ああ、そういう事ね。一応立場上は婚約者ですものね。まだ。


 ラース様はそう言うと踵を返し、扉を開けた。

 その扉から、憎くてしょうがない相手が顔を覗かせた。


「あ、起きた? 大丈夫そうかな?」


「ああ、行くぞ」


「いや、僕も少し挨拶をしていこう。先行ってていいよ」


「ふん、勝手にしろ。……本当に先に行くぞ? 本当に行ってしまうぞ?」


「どうぞー」


「……ふん」


 ラース様はクールに去っていった。哀愁を感じたのは、多分気のせいだと思う。

 ラース様が去ったあと、レイルがベットの側の椅子に腰を下ろした。


「大丈夫?」


「へっ平気よ。それより、あの後どうなったの? 私は動物を撫でてやったわ。トキ☆バラでは虐待行為をしていたけど、私は、優しく愛でたのよ!」


 正直今でもまだ、猫に触った手が震える。だけど私はやり遂げたはず!

 意気込む私にレイルは目を泳がせながらぽつりぽつりと話してくれた。


「……、マリアンヌはとても頑張ったなって、僕は思うよ。ホントだよ? だけど、あの後君の取り巻きが大激怒してね、アリア諸共随分締め上げられていたよ。最終的にラースと僕で止めに入るほどに発展し、原因のアリアは謹慎処分になった」


 ーーーなんてこと。 

 それじゃあまるで、私(の取り巻き)が猫を虐待し、見かねたラース王子がそれを止めに入り、お互いのハートがボーイミーツガールの展開じゃない!?


「……呪いだわ」


 私は呆然と呟いた。

 その時、扉を誰かがノックする音が響いた。


「すみません! アリアと申します! どうか一言謝罪を言いたくて、ま、参りました」


「「!」」


 私とレイルは顔を見合わせた。


「ち、ちょっとど、どう言うこと!?」


「どうもこうも謝りに来たらしい。謹慎中の筈なのに、本当に突拍子も無い子だね」


「ど、どうしましょう?」


「入れてあげるしかないよね。じゃあ、お邪魔しないように僕はもう行くね」


「な!? え、ちょっと待ってよ!」


「僕にいて欲しいの?」


 ……くっ!

 絶対にYESとは言いたくない!


「そういう訳でもなさそうだ。まぁ、すぐそこには居るから、何かあれば呼ぶと良い」


 え?


 レイルは物腰柔らかく立ち上がると、扉を開け、アリアを招き入れる。


「やあ、アリア君。マリアンヌ嬢は丁度先程目覚めた所だ。入ると良い」


「レ、レイル様!?」


 思わぬ者の出迎えに驚愕するアリア。


「僕はもう行くから、気兼ねなく彼女と話すと良い」


「あ……、は、はい」


 まあレイルは学園の2TOP王子の1人だし、当然の反応といえばそうだ。もしあれが私の取り巻きの一人だったら、多分卒倒して、仲良く隣のベットで寝ているだろう。


 じゃあ、とアリアに軽く挨拶すると、レイルは扉を閉めた。

 だけど、扉の、小窓にレイルの頭部が映ってる。

 本当に近くにいる気だよあの人! 絶対に笑ってる! 絶対に呼ばないから、もうどっか行って!


「あ、あの!」


 私が内心悶絶していると、アリアがレイルの怪しい行動に気づかず、立ったまま頭を思いっきり下げた。

 めちゃくちゃ柔らかい。おでこが膝にくっついている。


「マリアンヌ様って、“猫アレルギー”だったんですねっ! なのにあんなに勧めたりしてすみませんでした!!」


 え? 違うけど。


 戸惑う私。アリアの後ろの扉で、影が揺れた。

 私は激しく扉を睨んだ。


 あいつ、絶対に笑ってる!!


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