番外編 〜ルシファーの花嫁。悪役令嬢と、悪魔のプリンス2〜
『この薔薇の園で、君に永遠の愛を誓おう。アリス、我が妃となってくれ』
『ランス様。―――……っはい。慎んで、お受けさせていただきます。えへへ』
『全く、アリスはどこまで行ってもアリスだな』
◆
泣けた。
感動した。
一気読みしてしまった。
寝不足はお肌に悪いのにっ! エステサロンに行かなければいけないわね。これというのも、全てレイル様のせいよ。
私は窓の外に浮かぶ、美しい朝焼けを見ながら、レイル様に呪詛を呟いた。
しかし、いい話だったのよ。ふざけたタイトルを見た時は、鳥肌が立ったけど、読み進めてみれば、ところがどっこい奥が深い。
薔薇庭学園という、貴族ばかりの学校に奨学金で入学したアリスと言う庶民の女の子。
アリスは学園内で見かけた、不思議なうさぎを追いかけ、バラの咲き誇る秘密の花園でランスと出会う。その時は二人で楽しい時間を過ごしたが、後にこのランスが王位継承権を持つ、王子だと知る。
ランスには、宰相の一人娘マリーゴールドと言う婚約者がいて、アリスは王子との甘い時間を胸に、勉学に励もうとする。
ところがどこで嗅ぎつけたか、マリーゴールドからの苛烈な嫌がらせがアリスを襲う。
その苦難にも健気に頑張るアリスに、数多の男がアリスに惚れ始める。だけどアリスは、彼らの手を取ることはなかった。
アリスはある時、マリーゴールドの陰謀にハマり、国外追放を言い渡される。だけどアリスは異国の地で、流通貿易や農耕について学び、更なる人脈を作っていく。
アリスの立ち上げた商会は、やがて異国に知れ渡るほどの大商会となる。そんな時、ランスの住まう故郷の国を食糧難が襲った。アリスは己の財を尽くし、自らを顧みず、ランスと自分を捨てた国を助けに行くのだ。
アリスのその美しい心に、ランスの父である国王すら彼女を英傑として扱った。
そして、その時同時に、マリーゴールドの数々の仕打ちと、宰相の悪事が露見する。
宰相は家名返上となり、マリーゴールドは、悪魔の元へ嫁ぐことになった。未来の后がとんでもない没落具合だ。
だけど、それすらスカッとする程に悪どい令嬢だった。
私は未来の夫に恋愛感情を持てていない分、この恋愛小説に胸はキュンとなり、ただ憧れた。
うん。確かにタイトル通りだったよ。正に、“トキメキ☆”でした。
私は朝日を眺め、レイル様を呪いながら、この素晴らしい余韻に浸った。
しかしアリスは本当にいい子だったなー。
食堂でいびられ、授業でもいびられ、大切な唯一の友達の子猫を虐待されても、果敢に立ち向かう乙女。
私もそのような強いレディーになりたい―――……。
……。
その時、私の思考がフリーズした。
え、いや、ちょっと待って? なんかその状況に、凄い覚えがあるわ。
―――食堂で、皿から溢した野菜を、勿体無いと摘み上げ、皿に戻したアリア。
「下品で、汚らわしい事しないで」
アリアの昼食を、皿ごとテーブルから叩き落とす私。え、だって汚いでしょう? 落としたもの拾うって。机の上だからセーフとか無いわよ。磨かれた食器はともかく、テーブルを拭く布巾なんて、雑菌の塊なのよ?
―――青い顔をしながら、ゴミ箱から教科書を拾うアリア。
「あらごめんなさい。ゴミかと思ったの」
だって! ホントに汚かったんだもの! 書き込み位ならまだいいわよ?ボロボロだったし、シミもあったし、鳥の羽をしおりにしてるし! 私の感覚から言うと、間違いなく、焼却処理を施すクラスのゴミよ!
―――震えながら、子猫を守るアリア。
「汚らしい。捨てておしまいなさい」
って、のぉ―――ーー!!!!
違うわっ! 違うの!!! そんなつもりじゃなくってよ!
……そういえば名前もなんか似てる?
アリスとアリア。ラースとランス。マリアンヌとマリーゴールド。因みにランス王子の親友は、薬草を取り扱う商会の息子、レインと書かれていた。
あり得ない。
あり得ない! ありえたら気持ち悪すぎる!! 絶対嘘よ!!
だって、マリーゴールドは宰相娘。私は医者の娘―――……。
―――トマスの娘、マリアンヌ。血のつながりはなくても、私は君を、かけがえの無い本当の娘の様に思っているからね……。
私は、悪い夢でも見たかのように、フラフラと身支度を整え、部屋を出た。
◇
私は、その日、学園にあるバラの庭園のあずまやに、ラース様をお呼びした。
「マリアンヌ、用向きとは一体何だ? こんなところに呼び出して」
ラース様は相変わらず、面倒そうに私を見る。
私もいつものことだから気にしない。
「この学園のバラ園は、この花園だけ。見事に咲き誇っておりますわね」
「? そうだな」
私の話に要領を得られないラース様は、適当な相槌を打つ。
私は、きっとそんなラース様を見つめ言った。
「この花園で、どなたか女性と。具体的にはアリアと言う女性と会った事はございませんか?」
「っ!」
私の言葉にラース様は目を見開いた。
あり得ないけど確定よね、これ。
私は肩を落としながら、一縷の望みをかけ、ラース様に言葉を促した。
「ラース様?」
「……。会ったことはない。要件はそれだけか?」
「……はい」
私が絞り出すような声で答えると、ラース様はすぐさま踵を返し去っていった。
ラース様、そこは「会ったことはない」では無く、「そんな者知らない」と答えるべきでしてよ?
貴方の取り巻きに、アリアは居ないのですから。
◇
「マリアンヌ嬢から僕を誘ってくれるなんて、これはいよいよ天変地異の前触れかもしれないな」
その爽やかな笑顔に、私はブチ切れそうになった。
「冗談はもう結構。あの本は一体何!?」
私は、この諸悪の根源であるレイル様を、温室に呼びだし詰め寄った。
「その慌て様、やっぱり君にも思うところがあったみたいだね」
「思うところどころか、あれは預言書なんじゃないかと勘ぐってしまうほどでしてよ。あの本は一体何なの?」
「わからない。ただ、僕も君に渡す前に、一応色々調べはした。結果、何も分からなかったんだけどね。その書籍は普通に出版されていて、作者は今も元気に他の連載を執筆中。作者に実際その本を書いた時のことについてコメントを貰ってきたが、“読み手が面白いと思ってもらえるよう、飽きのない展開に気をつけた”との事だった」
「何それ。三流作家もいい所の下手なコメントは」
「コメントにあたらないであげて。ま、とにかく本人曰く、思いつくままに書き綴ったとの事で、恨むなら、三流作家のストーリー通り事を起こしてしまう、三流の人生を恨んでね」
「因みにあなたの人生も三流よ? 怪しい薬を売り捌いて、国外追放されるオセロ商会の御子息様?」
「読み込んでるね。ときめいたの?」
「あんな物、誰でもときめくわよっ!」
「僕はときめいてないけど」
「っ!……、兎に角。お互い没落予定同士、手を組みませんこと?」
「うん、僕もはじめからそのつもりだった」
こうして、ここに謎の同盟が結ばれたのだった。
悪魔と結婚はあり得ないにしろ、何としても没落は回避しなければならないわっ!




