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番外編 〜ルシファーの花嫁  悪役令嬢と、悪魔のプリンス〜

今回は悪役令嬢風です。

 ―――いいかいマリー。猫には雑菌がとても多く付いている。その唾液にはアレルギー物質も含まれる。可愛いからつい触りたくなるが、我が家の者は、絶対に触ってはいけないものなんだ。他の家の者が触っていようとだ。



 王家御抱えの専属医師を務めるお父様は、幼い私にそういった。

 私はこれでも秀才と呼ばれている。幼くても、父の言葉の意味は分かった。

 たまにしか家に帰って来ないとはいえ、父は王家の方々の御身体を診る。だからたまに帰ったその家から、何かのウイルスや毒、アレル物質を持って帰ったなど、あってはならない事なのだ。


 私の名はマリアンヌ・ローラン・デル・ファンドル。

 私は、高等学園シリウスに通う14歳の令嬢。そして、誇り高き貴族の末裔にして天才医と名高い父、トマスの一人娘よ。


 私は、尊敬するお父様の言葉をそのまま受け止め、取り巻きの女子達を従えつつ、学園の廊下で言い放った。


「汚らしい。早く捨てておしまいなさい」


「だっ、だけどこんな小さな子猫で……」


「フン! ケダモノに大きいも小さいもないわ。これだから庶民は無知で品が無い。何故貴方のような者がこの学園に居るのかしら? 貴方のせいでこの学園の秩序は乱れてしまうの。正直同じ空気も吸いたくないの。おわかり?」


「っ!」


 私の言葉に、返す言葉を詰まらせるのは、この学園に、唯一奨学金制度という物を使って入学してきた、アリアと言う女。


 この学園にも生物部はあり、動物の飼育はされているけど、それらは全てワクチンを打って、清潔な飼育環境で管理されている物ばかり。全く、奨学金制度を使った割に、野鳥には触れては行けないという法律をご存知無いのかしら? それの意味する所は保護だけでは無くてよ。

 誇り高く高貴な家柄の者たちが多く通うこの学園で、流行り病でも発生してみなさい。目も当てられないわ。


 無言で、不潔で不健康に痩せ細った子猫を抱き締めるアリア。

 野次馬からボソリと声が上がる。


「―――流石、氷の女王。一片の情すらない……」


 なんですって!?

 私はむしろ、貴方がたの健康をも考慮した上での、発言でしてよ!

 私が睨むと、野次馬が一歩引く。

 その程度で怯むくらいなら、余計な事は言わないほうが身のためでしてよ。




「おや? そこにいるのはマリアンヌかい? やっぱりマリアンヌじゃないか!」


 突然その場に、大人の男性の声が響いた。

 私はすぐさまアリアを無視し、その声の主に、完璧で優雅な気品溢れるお辞儀をした。


「これはこれは、宰相デュフォー様。御機嫌よう」


 身長の高い痩せた黒髪の男性。この国の宰相デュフォー様だった。

 デュフォー様とお父様は、かつて学友だったと聞いた。互いに文武共に並々ならぬ才を発揮し、当時は双子(そうし)の神童なんて呼ばれ、もてはやされていたそうよ。

 とは言っても、勉学に関してはお父様の方が頭1つ分抜いていたとも聞く。父は医者としての道を極めるべくして道を違えたが、「そのまま城に仕え続けていれば、宰相のポストは君の父だった」、等と宰相デュフォー様はよく冗談を仰られる。

 そしてその度、お父様は「私は、この仕事と、そして君が好きだった。君が宰相になりたいと言った時は、なんと運がいいことかと思ったよ。君と友人でいられるし、君に国を任せるのなら、好きな仕事に専念できるってね」、そう返していた。

 お父様と宰相デュフォー様は、無二の親友同士なのよ。


 デュフォー様は、私の完璧なお辞儀と笑顔に微笑んだ。


「相変わらず君は美しい。君のような娘が居ればといつも思うよ。まぁ、もし私に君のような娘が居たら、自慢ばかりして、仕事にならないかも知れないがね」


「またご冗談を。ですが、それは難しいですわ。何故ならデュフォー様は、未婚。忙しさにかまけご結婚すら疎かになさってるんですもの。何なら娘と言わず、私が、奥様候補に立候補させて頂いても?」


「大人をからかうものでは無いよ。何れにせよ何か困ったことがあれば、遠慮なく私に言いなさい。トマスの娘、マリアンヌ。血のつながりはなくても、私は君を、かけがえの無い本当の娘の様に思っているからね」


「光栄にございます。私も、日々デュフォー様を父のごとく尊敬し、この国が豊かで安全であることに感謝し、過ごしておりますわ」


 私は、再び優雅にお辞儀をした。

 多分デュフォー様はこの学園に視察にでも来られたのだろう。いくら向こうから声を掛けてくださったとは言え、お忙しい身であることに変わりはない。

 そのせいで結婚も、浮いた噂すらないお方なのだ。

 引き際を見つけ、私は身を引いた。


「それではマリアンヌ。良い学園生活を」 


「デュフォー様もどうぞ良い一日を。御機嫌よう」


 デュフォー様はにこやかに学園長と談笑をしながら去っていった。

 私は笑顔でその姿が見えなくなるまで見送った。そして振り向きざまその笑顔を一片残らず消して、再びアリアに向き直り、口元を扇子で覆いながら静かに言い放つ。


「消えなさい。汚らわしいわ」


 雑菌の塊が、あのお忙しいデュフォー様の近くにあったなど、目眩がするわ。もしその猫のバイ菌が移ってデュフォー様のお体に不調があったら、あなたは責任が取れるというの? ちょっと頭が良いだけの庶民の娘に、国政の要を挫いていいはずがないでしょう!? 私だってそんな畏れ多い事、出来ないわよ。


「聴こえないのかしら? 何度も言わせないで。ここは貴方の居るような場所では無くてよ。とっとと出てお行きなさい!!」


「……っ」


 私の睨みと指示に従い、アリアは汚い子猫を抱え走って行った。

 授業に戻るときは、全身消毒して、着替えてからいらっしゃいね。


「世間話で、宰相にプロポーズ……?」


「デュフォー様も娘宣言してたぞ……」


 野次馬がボソボソとなにか話をしているけど、私はそれを無視しする。

 しかし、その野次馬から1歩進みだしてきた者がいた。


「やあマリアンヌ様、御機嫌よう」


 この場に白々しい程のにこやかな笑顔を向けてくる男。

 栗毛の麗しい、甘いフェイスマスクを持ち、万人(主に女性)を虜にする物腰柔らかで、細やかな気遣いが利くこの方は、この国の第7王子レイル様だった。

 第7王子とはいえ、妾の多い王様だから、第1王子のラース王子と同学年だ。

 7番目ともなると、王位継承権からは程遠いらしく、頭の良いレイル様は御年6歳の時にはもう、自らの意思で継承権放棄を宣言し、今は薬学を学ぶべくこの学園に通われている。


「これはこれは、レイル様、御機嫌よう。私めになにか御用かしら?」


 私は笑顔で挨拶を交わしながらも、再び戦闘態勢に入る。

 ハッキリ言おう。私、この人苦手。

 いつも優しげな笑顔で、周りの女の子には当たり障りのない対応をしているくせに、何故か私には、当たり障りなさそうな態度を取りつつ、妙なちょっかいをかけてくる。そのせいで思わぬ結果を招き、それを取り繕うのにどれ程の苦労をさせられたか!

 実のところ、貴族との感覚と相いれないだけのアリアより、近づきたくない人物であったりもする。


 振り払いたくとも、私のポジション的に、近づいて来られれば、しっかりと対応をしなければならない。  

 それにレイル様は、昔乗馬の集まりで蛇に噛まれたラース王子を、幼いながらも天才的な知識で救ったとか言う事で、ラース王子と随分仲の良いポジションにいる。

 腹違い且つ、王位継承権破棄宣言も加わって、まるで親友と言っても良い程のいちゃつきぶりだ。そして、良い所の遺伝を引いているだけあって、王子様方は大層見目も麗しく、二人が並べば、学園の女子達から、必ず喧しい悲鳴があがった。


「用はないよ。君が美しかったから、声を掛けた。それじゃ駄目かな?」


 レイル様は相変わらずにこやかに私に近付き、私の手を取ると、それを恭しく額に付けた。



 ―――いけしゃあしゃあと、心にもない事言うんじゃなくてよ。後、気安く触らないでくださる? 今度は何のつもりのデモンストレーション?

 私が逃げるから、あえて野次馬の影から近づいてきたのは分かっているのよ。



 私は、ざわつく野次馬を無視し、目の前の天敵に集中する。

 そして内心毒付きながらもさり気なく、掴まれた手を振り払いながら、気品あふれる笑顔を浮かべ答えた。


「他の令嬢であれば、レイル様からその様なお言葉をいただこうものなら、天にも舞い上がってしまうのでしょうね。ですが、残念ながら貴方には私の心を揺さぶる事は出来ませんわ。貴方もご存知でしょう?」


「はは、流石はマリアンヌ嬢。正に高嶺の花だね。ラースの奴が羨ましい限りだ」


 ハハハと笑うレイル様に、私は、ホホホと笑い返す。

 そう、私は、何を隠そう、王位継承権第一位のラース王子の婚約者なのだ。

 宰相と父が推薦したらしく、物心つく頃にはなんだかそんな風に決まっていた。あまり幼い頃からの決定事項だったので、疑問も持たず、結婚とはそういう物だと思いながら、今に至る。

 ラース王子は顔はとても美しいが、若干天然で思いやりにかける気がある。

 周りの令嬢達は、クールで完璧で俺様な王子様♡、と絶賛しているが、私の目は誤魔化されない。

 クールなのは、あれはコミュ障からだ。周りから何時も下心丸出しの人が執拗に集まってくれば、そりゃ人間不信にもなるだろう。完璧超人なのは、まぁ、出来が良かったからだとして、俺様なのは単純に傲慢で思いやりにかけるからだ。

 それが私の未来の夫……。

 他に楽しみを見つけないと、きっとやってられないわね。


「ではこれで」


 取り付く島がない私に、レイル様は肩をすくめ去ろうとする。

 ええ、ええ。早く行ってくださいな。

 私は、何事も無かったことに、ただホッとした。



 たぶん、その一瞬に隙が生まれたんだろう。




「そうそう、最近読んだ本にとても面白い本がありましてね。マリアンヌ様もきっと同じく面白いと思われるに違いないと思いまして」


 レイル様は私の隣を通り抜け様そう囁くと、一冊の本を私に押し付けてきた。


 ―――え?


 思わず本を落とさないよう、私はそれを受け止めた。


「なに、回し読みなど無礼な事はしませんよ。新しいものを買い求めました。どうぞ、差し上げます」


 ―――しまった!


 気付いた時にはもう遅い。レイル様は野次馬達の壁の後ろに消え、私は大切そうに本を抱えている。


 やっぱり用がないとか嘘だった!

 絶対本を渡す為に、初めから全部猿芝居をうってきてた! まあ、普通に渡されても絶対受け取らないけど!


 私は、不満げに眉を寄せながら、恐る恐る渡された本のタイトルを見た。






 “トキメキ☆不思議の薔薇庭学園のアリス 〜百万本の華の中から、あなただけの1輪の真実の愛を見つけて〜”








 ナニコレ? レイル様の趣味? 理解できない。

 私の全身に、鳥肌が立った。

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