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神は、禁断の果実を食べし者を、追放し賜うた

 光が収まった先に見たのは、膝を付き、こちらに頭を下げる口元まで覆う黒装束を身に纏った者。明らかに栗鼠では無いその黒い影。

 見た事はないけど、その存在を知るものであれば、皆がみんな口を揃えてこう言うだろう。


 “忍び(NINJYA)”と。


 俺はドキドキした。


 初めて忍者を目撃したと言う興奮もあるが、それ以上に“またルシファーに怒られる案件じゃないか!? これ”、と。


 忍び(NINJYA)が、……いや、ラタトクスが口を開いた。


「御アインス様」


「はい」


「この度は拙者に身に余る褒美を頂き、誠に有難う存じ上げるに御座る」


「ハイ」


「拙者の身から、有り余る力が溢れて来るにござる。拙者この力に報いるに、御アインス様を主君と認め、生涯仕えるにござる」


「ハイ、……いや、その必要はない」


 俺はラタトクスの申し出を断った。


「何故でござるか!? 忍び(NINJYA)とは主に仕えてこその存在! 主の影となることこそが意義!」


 熱く迫って来るラタトクスから、俺は芽を反らせた。

 だって、俺の実を食べたラタトクスから、ラウ程とは行かずとも、ラムガル程度のパワーを感じる。ルシファーからしてみれば、十分にギルティ案件だろう。

 俺はここにあるだけの存在で、誰かを縛ったりするような者では無い。そして、そうあってはいけないと自覚している。と言うかただの樹ですから! 無理無理。ごめんね、ルシファー。わざとじゃないんだ。

 それにね、なんだか地上から刺すような視線を感じるんだ。

 俺はこの世に存在する全ての者を知っているけど、その心までは見えない。

 だけど、この視線をくれる者のその心だけは、不思議と読む事ができた。

 石蹴りを止めたレイスが、ものすごく羨ましそうにコッチを見ている! レイス、ボスになりたいんだね?


 俺は、なおも熱く詰め寄らうとするラタトクスに、諭すように優しく話しかけた。


「有難う。君の気持ちはとても嬉しい。だけど俺は何も望まない。この世界のここに在るだけで、俺は幸せなんだ。そんな俺に仕えたって、きっと君はその役目に満足する事はできないと思う」


「いいえ、そんなことを仰らず!」


「ーーー分かった。俺は君の主となろう。俺の忍びとして、自由に俺の木の枝を駆け回るといい。母への反抗心からではなくね。だけど今は、本当に君に頼むべき仕事がないんだ。仕事ができるまで、他の者をその力で助けてくれないかな?」


「他の者? 嫌でござる。拙者、御アインス様の側を離れないでござるよ!」


「ーーーうーん、困ったな。」


 俺はレイスをチラリと見た。

 俺の視線を受け、レイスはラタトクスの前までフワリと浮き上がった。


「ラタトクス、主を困らせることが、お前の忍道か?」


「!? いえ、しかし……」


「アインスはお前を受け入れたが、仕事が無い。お前は力を手に入れ、鋸とトンカチを持てるようになったはず。どうだ? アインスの仕事が来るまで、レイスの下で働かないか? 最高の職場を用意しよう」


「ありがたき申し出にござるが、拙者は忍び。闇を駆け回る影にござる。職人では無いのでござる」


「くっ、強情者め」


 レイスの勧誘が失敗しそうだったので、俺は口を挟んでみた。


「そうだね、ラタトクスは忍び。じゃあ、あの仕事はどうだろうか?」


「「あの仕事?」」


「そう、ーーー極秘の文章、密書運びだよ」


「!」


「み、密書にござるか! まさかそんな役目が!? なんとも忍びらしい仕事にござるな! 拙者、ワクワクしてきたにござるよ! レイス様! 拙者、是非その御役目に就きたいでござる!」


「……確かに、そう言った仕事はある。本当は工作部門に行ってもらいたかったが、この際仕方がない。いいだろう」


 レイスはそう言うと、低く呟いた。



「いでよ、“棚の上の(エルフォン・ディ・)エルフ(シェルフ)”」



 それと同時に、俺の枝の上に、羽のように軽い負荷がかかった。


「はっ、ここに」


「!?」


 跪き、頭をたれた緑のドレスを身に纏ったエルフの少女、クリスだった。


 一切の気配なく突然現れたクリスに、ラタトクスは反射的に身構えた。


「クリス、この者はラタトクス。栗鼠だ。密書を運ぶ役に抜擢する。……後は、言わなくてもわかるな?」


「ハッ! サンタ様の仰せのままに」


 おお、黒の装束とは違えど、ラタトクスよりも忍者らしい感じがする。

 主君の意を汲み取り、語らずとも最善の仕事をする、そんな雰囲気がバリバリする。ラタトクスもそんなクリスの姿に、目をキラキラと輝かせながら見つめている。


「ラタトクス。お前がこれから就く任は、失敗の許されぬ重要なポストだ。その内容とは、このクリスを筆頭にした組織(㈱サンタクロース)が集めたデータを元に、選び抜かれた者共(良い子にしてた子供達)の記した密書(お願いごとの手紙)を、帳の外に創りし我らの本拠地クリスマスシティーに運ぶ事。その役目の重要性、分かるか?」


「はっ! ぜひその役目を拙者に!」


 レイスの説明に、気合いっぱいに返事をするラタトクス。


「良いだろう。お前の主はアインスだけど、この組織に属する限りはそのルールに従ってもらう。この組織に属するものは、この地を捨てねばいけない。なぜか?この世界全てが職場となるからだ。職場に寝泊まりさせるほどブラックなことはない。この組織は真っ白なのだ。そう、雪のように!」


「……。……はっ!」


 返事はしっかりしてるけど、レイスの言ってる意味はあまり理解できていなさそうだ。


「と言うわけで、アインスの木の枝に転移装置(ゲート)を設置する。そしてその鍵はラタトクスに渡そう」


 ああ、宇宙怪獣だけじゃなく、もう転移装置(ゲート)まで出来ていたんだね!


「この鍵で転移装置(ゲート)を抜けた先、そこがお前の第二の故郷だ」


 そう言ってレイスが差し出したのは、シンプルな雪の結晶を象った黒い鉄塊。一見、お洒落な手裏剣の様にも見える。


 ラタトクスは、それを恭しく受け取った。


「元より、影を生きる拙者には、故郷などないも同然にござる。捨てる覚悟など不要にござる」


 レイスは頷いた。


 こうして、ラタトクスはこの大地を離れ、転移装置(ゲート)の向こう、クリスマスシティーの住人となった。


 そして、ラタトクスは後に、クリスマスエルフ達により集められ、俺の根本の虚(ポスト)に投函された密書を、枝の天辺にある転移装置(ゲート)を通り、クリスマスシティーに届けるという役目を受け持つことになる。


 因みにラタトクスは、姿を変えていても、覆面で隠された口元は出っ歯のままだ。

 この数奇な運命を与えてくれた名に、彼なりの感謝を表しているのかも知れない。

 また、ラタトクスは普段は人間の忍者のような姿で俺の枝を駆け回っているが、寝ている時は本来の姿に戻り、寝言では例の栗鼠の言葉で言っている。まあ、本人は自覚が無いようだけどね。




 ◇



 それから2日後、約束の時間通りに、ルシファーがやって来た。腕には、美しい容姿の人間の少女を大切そうに横抱きにしている。


「おおーーい! ルドルフ!」


 ルシファーは嬉しそうに翼をはためかせながら、友に声を掛けた。


「早かったんだな。待ったか?」


「はぁ?今来たとこに決まってんだろ。誰がお前なんか待つかよ!」


 ルドルフはフンと鼻を鳴らしながらも、嬉しそうにしっぽを振っている。

 二人はこれから魂についての魔法実験をするらしい。一緒に来た少女はその実験に立ち会うようだ。


 彼らの実験が終わった頃、俺は思い切って木の実のことをルシファーに話してみた。

 そして予想通り、今後誰にも食べさせてはいけないとの通達を貰った。



 俺は了解した。

 だってね、もう満足なんだ。言っていただろう?






 ーーーパパは、人参一本で、満足なんだよ。





レイスのクリスマス計画、着々と進行中。



次回、番外編。“ルシファーの花嫁”を開始します。(*'ω'*)


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