神は、大きな栗の木の下で、蹴り賜うた
前回栗鼠語りでしたが、今回また、世界樹の語りです。
俺達はこの可愛らしい栗鼠と、ルドルフの通訳を入れ、楽しくお喋りをしている。
と言っても、この可愛らしい栗鼠の口真似を、ルドルフが実際に発しているわけではない。
そもそもルドルフ自身も、流暢に発音できる様な口内の造りをしているわけではないんだ。
ルドルフが持つマナで空気を震わせ、話したい相手にその声を伝える、音魔法と言うやつらしい。
因みに、俺やレイス、ゼロスの言葉は、音としてでは無くその者の心に伝わるらしく、大概の者には聞き取れているようだ。
現在、レイスは夢破れ、地上に降りて、寂しげに石蹴りをしている。
たまに、何か思いがこみ上げでもしたのか、拳を握りしめ、石を近くの木に目掛けて、思いっ切りシュートを決めたりもしている。
その度、蹴られた小さな石は3本ほど大木を破壊しながら突き進み、やがて小石自体が耐えきれなくなり、塵と砕けるのだ。
ラタトクスが、レイスのその様子を、唖然としながら見つめている。
レイスの石蹴りは、さっきラタトクスが俺の枝をペチペチと叩いていた事と、さほど変わりはない事なんだ。
ーーーだからラタトクス、そんなに自分を責めるような目は、しなくていいんだよ。
「……拙者、何か不味いことを言ったでござるか?」
ラタトクスは今にも泣き出しそうな、潤んだつぶらな瞳で、俺に聞く。
これは、チワワより可愛いかもしれない。
「大丈夫。少し思い通りに行かなかっただけ。君のせいじゃないよ」
俺の言葉を受け、ラタトクスはボコボコ打倒されていく木々を見つめながら、震えなら呟く。
「ーーー……、黒き神レイス様。やはり、父上の申していた通り、拙者等が気軽に触れて良い存在では無いのだ……。これが……、これが、神の怒り!」
違うよ。
俺は内心、シリアスに身体を震わせる、つぶらな瞳の忍びに即答した。
そう、神の怒りはこんな物じゃない。レイスがもし本気で怒ったら、多分誰一人察知する間もなく、皆消えてしまうんだろうなあ。
とはいえ、レイスは生まれてこの方、1度しか怒ったことの無い、とても温厚な女の子だ。
そう。動物好きで、優しくて、好奇心豊かで、そしてとびきりに可愛い女の子。それがレイスだ。少し無口で工作が苦手な所は、まぁ個性だよね。
本当になんで、邪神なんて言われてしまうんだろうね?
ーーードゴォーーーン!!!
一層大きな音を立て、樹齢532年の栗の木が、レイスの蹴った小石に撃ち抜かれ、轟音とともに倒れた。
「……っひ」
ラタトクスは、ぷるぷると震えながら固まっている。
俺はレイスを止める気はないんだけど、震えるラタトクスが少し可哀想だ。
だから、俺はラタトクスの気が紛れるように、彼をお茶に誘ってみることにした。
「ねぇ、ラタトクス。お茶でもしないかい?」
「え!? 今でござるか!? レイス様が怒り狂って、ご乱心にござるが!?」
「レイスは怒ってなんか無いよ。ほらよく見て。今もレイスはとても心穏やかで、平常運転だよ。それどころか、いつもに比べて随分抑えている程だ」
そう、いつものレイスなら悲しみに任せて、その思いをぶつける様に創造に走る。
たまに、この世界を壊してしまいそうな物まで創ってしまう事もある。……ディスピリアとかね。
ラタトクスは、観察する様に、レイスをじっと見つめた。
「ーーーこれで、抑えられているでござるのか? ……それでこれ程とは、まさに終焉と絶望を司る神……」
……それはレイスの事かな? そんな言い方をすると、まるで邪神みたいだよ?
俺はラタトクスのジョークを聞き流し、明るい声で言った。
「さぁ、レイスなら大丈夫だし、レイスが少し遊んでいるくらいで、世界は壊れない。レイスの石蹴りが終るまで、俺達はお茶でもしよう。……とは言っても、ラタトクスは栗鼠だからお茶はいらないかな? 茶菓子に少し珍しい木の実があるんだけど、それだけでもどうかな?」
「き、きのみ?」
ラタトクスが俺を見上げる。
傾げた顔が、とても可愛い。
「そう。さっき、ドングリが欲しいと泣いていた時、俺も慌ててしまって、何とかしなきゃと思ったんだ」
「その節は、お見苦しい事この上なく、失礼つかまつった」
「いいんだよ。一人の忍びで在る前に、君は栗鼠なんだから。まぁ、それで、その時何か君に木の実をと思った時、ちょっと気張ってみたんだ」
「気張る?」
「そう、君達で言うなら、息を止めながらお腹に力を入れるような感じかな。そしたら、」
「そしたら?」
「俺に木の実が生ったんだ!」
「……。」
ラタトクスは、信じられない物でも見るように、目と口を大きく開けて俺を見る。
まあ実際、俺もビックリしてる。
今まで、俺はここまで大きく育ってきているけど、今まで木の実はおろか、花さえ咲かせた事も無いんだから。俺という存在は、そういう物だと思ってた。
だけどまさか、“オラに木の実付けてくれ!!”と、念じながら気張ると、木の実が成るとは……。流石に、ドングリとは行かなかったけど、俺の枝には、1つの立派な金色のリンゴが出来ていた。
「さあ、どうぞ」
俺は胸を……いや、幹を張って、ラタトクスに勧めた。
「……え? ええ? 御アインス様の実? そんな物、食べられないでござるよ」
「ーーー……っ」
……何気に、ショックだった。
……だけど俺は負けない。気を取り直して、にこやかな声で再チャレンジだ。
「うん。……確かにラタトクスは、ドングリを欲しがっていた。俺もドングリのイメージはしたんだけど、どうもイメージの問題では無かったようで、これしかできなかったんだ。リンゴは嫌いかい?」
「いえ、好物にござるが、食べにくいにござるよ」
「きっ、金色で見栄えは悪いかも知れない。急ごしらえでもあった! だけど、そのせいで受粉もせず、種無しだよ。見かけより、きっと食べやすいよっ!」
「……そ、そういう意味ではござらんが……うぅっ……」
俺は必死で枝を曲げて、ラタトクスの前に、金色のリンゴが実った枝を差し出すが、ラタトクスは、顔をしかめ後ろに下がる。
ーーーしかたなく、俺は、卑怯で、卑劣極まりない手段を取ることにしたんだ。
俺は、リンゴの成った枝を少し降ろしながら、切なげに呟いた。
「……君の為に、せっかく実らせたのにな……」
「!」
明らかに動揺を見せるラタトクス。
本来、ラタトクスが“食べられない”と言った時点で、俺は実を引かなければならなかったんだ。
俺の思いより、創造物の意思こそ尊重させるべきだった。
ーーーだけど。
ふれあいコーナーの入り口で、お父さんは野菜スティックを2カップ買ったんだ。
1つはもちろん子供に。だけど、もう1つのカップは、俺の手に握られてると来た。
なに、全部俺のものなんて、大人気ないことは言わないさ。
そう、人参1本だけでいいんだよ。
ーーー1本だけでいいから、俺もご飯あげたいんだ!!
「さぁ!」
俺は、勧めた。
その気迫に押され、ラタトクスは雄叫びを上げた。
「ヂュウウゥゥウゥウゥゥーーーーーッ!」
そしてその勢いのまま、ラタトクスはまるで猫を噛む鼠のように、ひなを守る親鳥の様に、親の敵にでも飛びかかるように、俺のリンゴに飛び掛かった。
……いや、俺のリンゴは敵ではないよ? そんなに、嫌だった……?
ーーーかぷ。
あ、やっぱりかわいいなぁ。
お、頬袋に押し込んでる押し込んでる。
俺が芽を垂れさせながら、ラタトクスの頬張る様子を眺めていたとき、突然ラタトクスが叫びだした。
「っぷおぉーーーーーーーーーーー!!!」
「……え?」
俺がなにか起こったか解らず戸惑っていると、叫ぶラタトクスの身体から、光が漏れ出した。
俺は眉をひそめる。いや、眉なんてないんだけど。
しかし、この光景はかつて見たことがある。
ーーーそう、これは、ラウという少女が、復活したその光景と、全く同じ光景だった。
そして、ラタトクスから溢れ出した光は、辺り一帯を飲みこんだのだった。




