神は、涙する小さき者に、木の実を与え賜うた
ーーー拙者、生まれも育ちも、この聖域の深き森の中。
1本真っ直ぐ立つ楠の洞の中にて、兄弟達と育ちし小さき者にござる。
木々の間を駆け回る事にかけては、何者にも引けを取りはしないだろうと自負しておりまする。
生まれてこの方、母より秩序を守る事を諭され、父から森の秩序を叩き込まれ。やがては独り立ちを言い渡され、こううして遥々、白き宝樹の下に流れてきた次第。
なに、こちとら父に仕込まれた、秩序の数々は存じ上げておりまするが、拙者は恥ずかしながら、母に並々ならぬ恨みつらみを持っておるにござる。
それにより拙者、愚かにも、絶対不可侵の決まり事を破り、ここに立っておるに候。
「恨みつらみ? 一体何があったと言うの?」
「っく、話す事すら憚られるほどのこの屈辱……なぜ拙者だけが、このような恥辱に塗れねばならなかったのか!」
「無理にとは聞かないよ。答えるのが辛ければ、その胸の内に、こっそり閉まっておくといい」
「いいえ!! 拙者、恥辱の泥に塗れようと、御アインス様に訊ねられて、答えられぬことこそが我が身の不幸! どんなに母に抗おうとも、その敬意すら忘れて堕ちるのは、それこそ切腹に値する無礼! どうか、今一度拙者に答えさせていただく機会を!」
「オアインス? うん、答えてくれるなら、とても嬉しいよ。だけど無理はしないでね」
「何たるお心遣い! いたみ入り候!」
ーーーなんか疲れてきたでござる。
「拙者の母を恨みしその理由は」
ーーー頭がボーッとするでござる。
ーーーどんぐりでも食べて、頭をシャキッとさせたいでござる……。
いかん! 今は御アインス様はおろか、主神に獣王様までおわすのでござるよ!
シュウチュウにござる。 ーーー……あれ? チュウチュウだったでござるか?
「その理由は、拙者に名付けられし、この名でちっ」
「「「でち?」」」
ーーーっしまったでち!
「ちっ違うでち! 拙者は、ござるなのでござるでち!」
拙者の、言葉に御三方は顔を見合わせ、御アインス様が控え目に声をかけてくださる。
「もしかして、何か無理をしていないかい? 例えば、喋り方とか。もし俺達のせいで無理をしているなら、もうそんな必要ないよ。みんな、そのままの君が大好きだから」
拙者は泣いた。
もう、上手く言葉が思い浮かばないでごじゃるよ。
「どんぐり食べたいでちー!!」
「あーもう、泣くなよ。チッ、コレだから小動物は嫌なんだっ」
ルドルフ様に、嫌って言われたでちーーーーーーー!!!
「あぁ、泣かないで。どんぐりが食べたいの? 俺がなんとかしよう! ちょっと待ってね」
「ドングリならレイスが持ってる。たまたまさっき拾って、たまたまポケットに入ってるのがある」
「ーーーレイス、さては栗鼠と聞いて、事前準備をして来たね? 流石だ」
「……タマタマダヨ」
ーーーカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ。
「ぷぅーーーっ」
「落ち着いた?」
「ったく、ショーがねぇ奴だな」
「頬袋……頬袋……」
よし、どんぐりの苦味で、やっと頭がしゃっきりして来たでござる。
拙者は再び御三方の方に向き直る。
「失礼つかまつった」
「ねぇ、君はどうしてそんな喋り方なの? カッコいいとは思うけど、泣いていたときの口調のほうが、君らしい気がするんだ」
「拙者、確かにここに来るまではただの、小さき栗鼠にござった」
「今でも小さい栗鼠だろ」
「拙者、ここで暮らすようになってから、御アインス様の語り聞かせの中に登場した、忍びのファンになったでござるよ! そして、それ以来、拙者も影を走る忍びとなる事に決めたでござる」
「……そう言えば前に、精霊達に話したね。成程。それを聞いて、そんな話し方に変えたのか。納得したよ。……ところで、話の途中だった、“名前”がどうかしたのかい?」
「ーーーっ」
御アインス様の言葉に、拙者は言葉をつまらせた。
拙者などの小さき者など、目を合わす事すら畏れ多い御三方に見つめられ、拙者は重く口を開いた。
「ーーー母に付けられし拙者の命名、“走りまわる出っ歯”と申すでござる……」
「「「?」」」
御三方は、声も無く拙者を見つめ続けてくるでござる。
その視線に堪らず、拙者は震えながら、心の内を打ち明けた。
「だって、走り回るって言うのは分かるでちよ。ポクは走るのが得意だし、大好きでちから。だけど、出っ歯ってなんでちか? 馬鹿なんでちか? 嫌がらせでちか? 兄弟達はみんなカッコいいと言うのに!」
ポクの叫びに、御アインス様が哀しそうな声で慰めてくれるでち。
「可哀想に。自分の名に納得でき無かったんだね。そう言うのを、俺達は“DQNネーム”と呼んでいる。……因みに、他の兄弟達の名はなんと言うの?」
どきゅん? 神様クラスの話はやっぱりポク達みたいな者には、むちゅかしいでち。
ポクは、尊びながら答えたでち。
「ポク達は四兄弟で、妹の名は、ふわふわの毛でち」
「そう、それはカッコいいというよりは、可愛らしい名だね」
「姉の名は、神の3本線。背中のライン模様が神がかってるのでち」
「そう、それは正にカッコいいね! 気品高く、美しい響きだ」
「そして、一番上の兄が、“伸びるシッポ”。しっぽが長くて、関節が柔らかいのでち」
「……そう、それは……、“D“の意思を受け継いでいたりする?」
「“D”ってなんでちか? 分からないけど、受け継いでないと思うでち」
「……そうか」
御アインス様は何だか、がっかりしたような、ションボリした声になったでち。ーーーって、しまったでござる! また、感情が高ぶったせいか、拙者の言葉が乱れていたでござるよ。
「それなのに、拙者だけが“出っ歯”。なぜ、他にあるだろうに“走り回るっ出っ歯”!? せめて“歯”だけにして欲しかったでござるよ!!」
拙者は、悔しさに崩れ落ち、立っている御アインス様の枝をダンダンと叩いた。
正確には、ペチペチだが、気持ちだけはダンダンでござる。
「ラタトクス。良い名だと思う」
その時、ずっと静かに拙者の話を聞いて下さっていたレイス様が、突然拙者に話し始めた。
だけど、その後に続けられた言葉に、拙者は目から鱗を落としたのでござる。
「ーーーだが聴くところによれば、その方は暗き闇の末裔、忍びを目指していると申したな。闇に生き、屍を野に晒すことが最高の散り様とするその世界で、命名を大声で公言するとはいかようか?」
心の底すら見透かす創造神レイス様の視線を受け、拙者は、平伏する以外の行動を取る事が出来なかった。
「はっ、ははーーー!!」
御アインス様が、「オブギョウ様みたいだね」と言っていた。
オブギョウって誰でござるか? わからないけど、多分御アインス様が“様”を付けてるのだから、それはもうの大層なお方に違いないでござる。
「して、ラタトクス。今ここでお前に問う。 ーーーお前はトンカチと釘、それに鋸とヤスリを持ったことはあるか?」
?
「いえ? 無いでござる。拙者、栗鼠でござるから」
拙者の答えに、レイス様は表情を変えず、浮遊している体を5センチ下げた。
「では、それ等を持った事のある栗鼠を、他に知らぬか?」
「存じ上げぬでござる」
「……」
レイス様は静かに浮遊高度を下げ、とうとう地につくと、そこで石を蹴り始めた。




