神は、休息を取り賜うた
ある日の事、俺の前に客人が来た。
彼は、特に何をするでもなく佇み、誰かを待っているようだった。
辺りは静まり返り、俺たち以外には誰もいない。
俺は、客人に話しかけた。
「おや、今日はひとりなのかな? レイスも居ないのに、こんな所に来てくれるなんて、珍しいね」
客は俺に軽く会釈をし、クールに答えてくれた。
「あぁ、実はとある奴と、待ち合わせしてんですよ。待ち合わせ場所なんかに使わせて頂いて、失礼だって俺は言ったんですがね」
「全然構わないよ。俺は目印としての役目なら、誰より自信があるからね! それより、とある奴って誰なんだい?」
客は、俺の質問に鼻を鳴らしながら、吐き捨てるように答える。
「分かってて聞いてますよね? あの腐れ縁ですよ!」
そうは言っても、俺にはとんと見当がつかない。
いや、付くと言えば付くけど、もし間違えたら、両者に失礼だしね。
仕方なく、俺は失礼にならない様に、食い下がって聞いてみる事にした。
「残念だけど、俺は皆の事を知っていても、皆の心の内までは読めないんだ」
「ーーーだけどそれなら知ってるはずでしょ? あいつと約束してた事。ルシファーっすよ!」
そう言って、若干苛立ったように、客人ルドルフは蹄を叩きながら言った。
そうか。やはり彼だったか。確かに知ってるといえば知ってる。
ルドルフと、ルシファーは仲良くて、定期的にお互いの都合を合わせて交流している事も、次の約束が俺の前で落ち合おうと言っていたことも知っている。だけど、俺がその答えに行きつけなかった理由。
「ーーー……約束は、2ヶ月先じゃなかったかな?」
俺が尋ねると、ルドルフはブルンブルンと首を振りながら、鼻息荒く言った。
「あーっ、もう! やっぱり知ってるじゃないですか! かぁーっ、何ですか。知ってて堀り下げてくるとか! いいすか、まじで腐れ縁ですからね!? ホント!!」
あくまで、仲良しアピールを否定しようとするルドルフだけど、俺は気にせず微笑ましく思う。
本当に、仲がいいね。
そう、二人の約束の事は当然知っている。
俺が見逃すはずがない。
まぁ、知ってたけど。
「ちょっと、来るの早過ぎない? 2ヶ月先だよ?」
「……。」
◇
ルドルフは、それから3日もの間、俺と口を利いてはくれなかった。
たけど約束がよほど楽しみなのか、去ろうとはせず、それでも俺のそばに居てくれた。
まあせっかく一緒に居てくれるのだから、俺もルドルフと仲良くしたい。
そういう訳で、話しかけてみる事にした。
「ごめんね、ルドルフ、気に触る言い方をしてしまって。そうだね。君は正しい。一般的なコミュニティ内に於いて、10分前行動は、通常の集団行動の基本だと言うよね。だけど君は獣を統べる王。集団どころでは無く、全てを統べる王ともなれば、2ヶ月前行動が基本になってしまって当然なのかもしれない。そうだろう? ルドルフ、変な質問をしてしまったね」
ルドルフは、後ろを向いたまま、耳をプルプルと振りながら、ボソボソと答えてくれた。
「そ、そう。王たる者、それが基本なんです。分かってくだされば、それでいいんです。ま、ルシファーみたいな一般人と、俺は違うって事です」
まぁ、ルシファーも、死者達の王をやってるけど、ここで突っ込むほど野暮な事はない。
「まだ約束の時間まで、57日と8時間37分ある。もし良かったら、俺の頼みを聞いてくれないかな? 忙しい君に頼み事はとても気が引けるんだけどね」
俺の頼みにルドルフは後ろを振り向いたまま、尻尾を大きく振り始めた。
「いや、俺ほんと忙しいんです。ホントですよ? ですが、アインス様の頼みとあらば、聞かないわけには行かないですしね」
「ありがとう。こんな樹の相手をしてくれて。君はとても優しい王様だね」
ルドルフは、こちらをちらりと振り向き言った。
「いいえ、ンなの当たり前……、いや、しゃーないっすからね! で、頼みってなんですか?」
ーーー実はね。
「動物の声を聴きたい? 通訳って事ですか? 良いですけど」
ルドルフは、俺の頼みを快諾してくれた。
そう、ついひと月ほど前から、俺の枝を寝床にし出した1匹の栗鼠がいるんだ。
実は俺、これほど大きな体格……、いや、樹形と言うのかな? をしているのに、精霊や聖者達以外に住居にされるどころか、一切近寄られたことが無い。
いや、正確には、聖獣も、魔物も、動物も、近くには来てくれるんだけど、ボディータッチが無いんだ。
まぁ神獣達はたまに来て、羽を休めたり、枝にぶら下がって眠ったりなんてことはあるんだけどね。
体臭がキツイのかと思い、一度フェンリルに聞いたこともあるけど、超弩級な香木の香りだと言われた。……それは喜んでいい事なのかな? 香木なんて嗅いだことのない俺には、それは判断要素にはならなかった。
そんなわけで、この世界に動物が産まれて以来、ようやく俺にも動物と触れ合える機会が訪れたんだ。
是非、是非っ! 仲良くなりたい!
レイスのもふもふが羨ましいというわけではない。
そう、例えるならワクワクふれあいコーナーに子供と一緒に来て、うさぎを触ってみたいお父さんみたいな、そんな気分なんだ。
! いや、俺がレイスのお父さんであるとかそう言いたい訳ではなく、つまり、……分かるかな?
とまあ、とりあえずそれは置いておいて、ルドルフは、実はレイスから唯一無二の特殊な力を授かっていて、その力というのが全ての生き物との対話の力なんだ。
一部、ハイレベルな聖獣や魔物、ネ申々の中には他種族とのコミュニケーション能力や言語理解が可能な者もある。
だけどルドルフは、対話しようと思えば、最高位種族の神獣から、考える能力皆無に思えるミジンコに至るまで、対話可能だった。
ルドルフは、ちょちょくカブトムシを捕食しているけど、その時の彼らの声も聞こえているはずだ。
きっとルドルフが泣き叫ぶカブトムシを食す時、ルドルフの中では生と死を巡る葛藤、命の尊さ、そのカブトムシの生きた意味と、それらの未来を奪う事への背徳感、そして抗えない己の欲望への挫折。様々なドラマが繰り広げられているんだろう。
「しかし、アインス様に巣を作るなんて、とんでも無く図太い奴か、聖域で生きるに値しないほどの無知か。………消しましょうか?」
「いや、ソレはやめておいて欲しい」
俺は即答した。
そんな事をされれば、余計にみんな怖がって近付いてくれなくなってしまう。
俺が慌てて言い募ろうとしたその時、突然天を裂く声が辺りに響き渡った。
ーーー待て!!!
その声に、聖域全体に緊張が走った。
俺は言う。
「やあレイス。宇宙怪獣を創っているんじゃなかったの?」
空が割れ、厳かにレイスが舞い降りてきた。
ルドルフがその姿にひれ伏す。
俺の前でレイスは止まり、感情のこもらない声で言った。
「それは、少し休憩。ーーー……それより、珍しい栗鼠が居ると、今話していなかったか?」
その言葉に、ひれ伏すルドルフが唇を噛みながら呟く。
「ーーーック、やっぱそんな無礼な栗鼠、とっとと消しとくべきだったか……」
違うよ、ルドルフ。
ほらよく見て。レイスは今、ハンターの眼をしている。
しかもただのハンターじゃない。
そう、それは、間違いなく、人事部長的な感じの、引き抜きの眼だった。
次回、リスが主役に!?




