神は巨人とネ申々の国を創り賜うた⑥
ーーーック…… ジャック!
誰かが呼ぶ声が聴こえた。
ジャックはうっすら目を開けた。
「ーーー……オーディン?」
「ジャック!」
ジャックに縋り付く様に抱きしめてくるオーディン。そして、母親は「よかった」と呟き、二人を抱きしめた。
ジャックは、二人の腕の中で、ほっと息を吐き考える。
ーーーここは何処だ? 僕達は、死んだんじゃなかったのか?
空を覆う厚い黒い雲。
大地は枯れ、ひび割れている。
1本だけ、まるで場違いな程に残されたピンクの花を満開に咲かせているのは桃の花。
枯れたこの大地にはもはや新たな命を溢すことなど出来ないだろうに、祈る様に命を削り、枝という枝に花を咲かせている。
「目覚メタカ」
「!?」
突然聴こえた、低い片言の女の声に顔を上げた。
そこに居たのは、身長2メートルを超す、二人の女と、ジャックより小さな赤毛の少年。
身体の半身を皮膚病に侵され、ただれたその身体に黒い薄汚れた布を巻き付けている。とても服とは言い難いその姿。
ジャックは思わず身構えるが、オーディンと母親は落ち着いた様子でジャックに説明をした。
「彼等はこの世界の住人。二人の女性は戦士だそうよ」
「小さな子はとても博識でね、ジャックの腕を治療してくれたの」
ジャックはその言葉に、自分の腕を見た。
目の前に立つ三人の衣類と同じ様な黒い布が、腕に巻かれていた。
相変わらず腕は無いが、血は止まり、痛みもさほど気にする程ではない。
もう一度顔を上げたとき、女の一人が言った。
「ワタシノ名ハ、ヴェー。コッチハ、ヴィリ。ソシテ、コノチビハ、ロキ」
「チビは酷いよ、ヴェー姉。ようこそ、ヨルド。ここはアースガルドという、滅びゆく国だよ。どっから来たか知らないけど、君等も災難だね」
赤毛の少年ロキは、ヴェーより流暢な言葉遣いでそう言って、手を出してきた。
ジャックはその手を握り返し、言った。
「アースガルド……聞いたことがない。それにヨルドって?」
「神に選ばれし奴“選る奴”だ。どう? 洒落が聞いてるだろ?」
ロキは手を握りながら、ニヤリと笑った。
それから、手を腰に当て、子供とは思えない仕草で咲き誇る桃の木を見つめた。
「かつてはこのアースガルドや、ミッドガルドと呼ばれる地は、高度な文明で栄えていた。だけどそれは同時にこの大地の資源を凄まじい勢いで消費した。その結果これさ。大地は枯れ、その水は有害物質と共に空に登った。降ってこないよう上空に留めてみれば、日光は届かなくなり、植物も枯れた。今この世界に残ってるのは、僕が育ててるこの桃の木1本だけ。それももう、あと数年も生かせないだろうけどね」
そこで黙り込むロキの言葉を、ヴィリが引き継いだ。
「ソウ、コノ世界ハ終ワリカケテイル。ロキハ、アル種族ノ末裔ノ最後ノ一人。我モ、ヴェートハ血ノ繋リハナイ。食料、燃料、衣類トナル繊維スラ、最早此ノ世界ニハ存在セズ、我ラノ黒イ服モ、曾祖母ノ代ヨリソノ糸を解イテハ紡ギ直シ、油デ染メ補強シテイル。ソンナモノ当然有害デ、コノヨウニ皮膚ヲ爛レサセルガ、他ニハモウ、何モ無イノダ」
ヴィリの説明に、ジャックは疑問を感じる。
そこまで枯渇したこの世界で、ジャックの腕を直してる余裕なんかどこにあるんだ?
ヴィリは、重い口調で続けた。
「……オ前達ハ、神ノ使イナノダロウ? モウ、種族ヲ合ワセ10名モ残ッテハイナイ、コノ世界ヲ救イニ来タノダロウ? 現ニオ前達ト共ニ現レタ巨大ナ山脈、アレハ物凄イエネルギーガ秘メラレタ鉱石ノ塊デハナイカ!」
「やめなよ!!」
ジャックに詰め寄るヴィリに、ロキが叫んだ。
「もう諦めよう。あんな物があった所で、この世界は再生しない。この世界の文明はとうに滅び忘れ去られたんだよ。……悪いね、ヨルド。だけど僕等の問題にはもう、関わらないでほしい」
「……。」
ロキの言葉に、悔しげに、一方を見つめるヴェーとヴィリ。
ジャックは彼女らの見つめる方に目をやり、驚きの余り目を見開いた。
「っユミル……」
そこには、巨大な山脈の様に横たわるユミル。ただしその体は、転移失敗の影響か、石と成り果てていた。それも、内には膨大なエネルギーを秘めた魔石に。
「あんな物あったって、僕等には使い方さえわからないんだ」
舞い散る桃の花を見つめながら、ロキは儚げに呟く。
ジャックとて、ただのしがない牛飼いだった。山とある魔石を前に、どうする事などできない。
「っ私がっ あなた達を救うわ!」
「「「!?」」」
沈黙の中響いた声に、三人は驚いてそちらに振り向く。
「あなた達は、ジャックを救ってくれた。今度は私が、あなた達を、この世界を救う」
そう、はっきりと言ったのは、幼い少女。
「オーディン……」
ジャックも驚き、オーディンを見る。オーディンはジャックに微笑みながら言った。
「私は姫じゃない。しがない科学者の娘。だけどこの場合、姫より役に立つと思わない?」
ジャックは笑った。
「そうだね」
オーディンの言葉に、ヴェーが手を差し出しながら言った。
「私達ニ学ハ無イ。有ルノハ、コノ世界デ戦イ、生キ抜ク知識ト力ダケ。オーディン、ソナタガ我ラニ知恵ヲ授ケテクレルト言ウナラ、私達ハソナタ等ヲ守リ抜コウ」
オーディンは差し出された手に自らの手を重ねる。
「有難う。あなた方に救われ、守られるこの命が、果てる時まで、私はこの世界の再生に尽力しましょう」
ヴィリもまた、その上に手を重ねた。
「我ラ三人、姓ハ違エドモ姉妹ノ契リヲ結ビシカラハ、心ヲ同ジクシテ助ケ合イ、困窮スル者達ヲ救ワン。上ハ国家ニ報イ、下ハ民ヲ安ンズル事ヲ誓ウ。同年、同月、同日、同世界ニ生マレル事ヲ得ズトモ、願ワクバ同年、同月、同日、同世界ニ死セン事ヲ」
三人の女達は互いに頷きあった。
彼女らの周りには、それを祝福するかのように桃の花びらが舞っていた。
その光景を目を丸めながら見ていたロキが、溜息を付きながら、頭の後ろに手を組みながら言った。
「あーぁ。諦めたほうが楽なのにね。全く熱い奴らで困るよ。で、どうする? まず空の浄化でもする? しょうがないから、僕も手伝ってあげる」
オーディンはニコリと笑いながら、ユミルの頭部を指していった。
「そうね、あの部分から使って行きましょう。文明遺跡を案内して。使えるものがあるかも知れないわ」
「良いよ。任せて」
ロキは頷いた。
その時、ジャックは己の下に小さな黄金の魔石が落ちていることに気付いた。
拾い上げ、まじまじと見つめていると、母親が声を掛けてきた。
「どうしたのジャック? それは、豆粒?」
「分からない。魔石だと思うけど、ここに落ちてたんだ」
「私があのとき投げ捨てた豆に似ているね。! ジャック良く見て! ほら、小さな芽が出てる。やっぱりほら豆粒よ!」
母親の言うように、その豆からは小さな小さな芽が芽吹いていた。
ーーーそう、全ては小さな豆粒から全ては始まったんだ。
ジャックは何も言わず、黄金の豆をその場に埋めた。
◇
やがてオーディンがその知識と知恵をフルに使い、魔石で世界を浄化した頃、ジャックの植えた豆は、大きな一本の木となっていた。
その木を見上げ、ロキが言った。
「ユグドラシルだ」
「ゆぐど……何?」
「ユグドラシル。僕の国の古い言葉で、“宇宙の樹”って意味だよ。宇宙からヨルドが持ってきたんだろ?」
そう、ロキが言った時だった。
風が吹き抜け、ユグドラシルが葉を揺らすと、美しい音楽が響いた。
「!? おい聞いたかい、ヨルド! まるで歌ってるみたいだ。面白いね」
ジャックはその音に聞き覚えがあった。
かつて、悲しみの内に果てた、美しい竪琴の音色。
ジャックは、その音色を聞きながら微笑んだ。
「奏でてるんだよ。この世界となった、ユミルの為に。この世界の安寧を願って」
「へぇ? ヨルドにしては、詩的なこと言うじゃない」
「詩的じゃないよ。ただの事実だ」
ジャックとロキは、静かにその音色に耳を傾けた。
こうして、アースガルドはオーディンにより再生され、やがてジャックは可愛いお嫁さんと結婚し、二人の間には、トールと言う名の男の子が生まれた。
大切な家族を手に入れたジャックは、いつまでも、幸せに暮らしました。
ーーーめでたしめでたし。
「どうだった!?」
静かに話し終えたゼロスは、目を輝かせ俺に感想を求めてくる。
俺は、率直な感想を一言述べた。
「……OH MY GOD!」
「ん? アインス何??」
ゼロスは俺の感想に、不思議そうな目を向ける。
そうだった。ゼロスはリアルGODだったんだ。
「なんと言うか、……ジャックと豆の木が神話だったね!」
「それはそうだよ、アインス。僕の話したジャックと豆の木なんだから」
なんてこった!
そうだ。ゼロスは神。神が話したものは、確かに神話だ。神話・ジャックと豆の木で、間違いないよ。
「もぅ、どうしたの? アインス。もう、いいよ。ねぇ、どうだった? レイス」
言葉を詰まらせる俺に見切りをつけ、ゼロスはレイスに話を振る。
「ゼロス、凄い。とても真実味のある話になった!」
と、レイス。
いや、真実味は……皆無かと思うのは、俺だけかな?
「でしょう!?」
盛り上がるゼロスとレイス。
よし、俺は黙っておこう。
「レイスはとても感動した。その後がとても気になる。お話がここで終わるのは、とても悔しい」
いや、ここまで来たらなんとなく想像つくよね。
見事に融合してるからね。
二人の間に生まれた子トールは、きっとミョルニルを持った英雄に育つんだろうね。
そして、夫を奪われた巨人の奥さんガイアは、怒り狂って、アースガルドに巨人の軍勢とテュポーンを率いて復讐に乗り込む。巨人達にとっては右も左も分からない土地だけど、悪ノリしたロキの手引きとか得られそうだね。
そしてジャックは、約束を違えた罰を負おうと、大人しく命を差し出そうとする。そんな夫を守るため、オーディンは姉妹達を巻き込み、ラグナロクを迎える事になるんじゃないかな。神々の黄昏と呼ばれる大戦争だ。
……いや、まあ、あくまでも予想だよ? 三国統一による、天下泰平しそうな可能性もあるけどね……。
しかし、俺は改めて感心してしまう。
子供の想像力は、なんと豊かなことか、と。
「ねえ、レイス、転移装置を創ろう! ネ申達の住む所もね!」
「レイスは、巨人を創りたい」
「いいよ! この世界じゃ巨人には狭過ぎるけど、帳の向こう側に新しい大地を創って、転移装置で繋いじゃうなら問題ない!」
「じゃあ、じゃあ! 宇宙怪獣も創る! レイス、この世界壊してしまう物はなるべく我慢してたけど、帳の向こうに置くならいい!?」
「いいよ!」
いいんだ!?
いつもの冷静なゼロスなら止めそうなものだけど、ゼロスは珍しく興奮しているようで、レイスの希望を肯定した。
うん。楽しそうで何よりだ。
こうして、興奮した神々により、転移装置と、ネ申々の住まう国、そして巨人や宇宙怪獣が創られたんだ。
そして俺は、夜の空に輝く星々を見ながら思う。
いつか、クリプトン星や、M78星雲が、出来たらいいなぁ……。
巨人&所謂異世界や、宇宙人が出来るまで、なんだか長話になってしまいました(笑)




