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神は巨人とネ申々の国を創り賜うた⑤

「っジャック!!」


 望んでやまなかった、オーディンの声が聴こえた。

 ジャックは、ゆっくり目を開けた。そして、目の前の憧憬に、涙が込み上げる。




 ーーーあぁ、そうだ。 これが見たかったんだ。




 こちらを見るオーディン。

 その隣には、寄り添う様に白髪の混じった男が立っている。多分、オーディンの父親だろう。

 母も目に涙を浮かべて、こちらを見つめている。

 村の人達も、みんな、皆いる。



 ーーー皆。 もう、大丈夫だよ。




 ジャックは、踵を返し、ナイフを振り上げた。

 そして、なんの躊躇いもなく、穏やかな笑顔すら浮かべながら、魔石にナイフを振り下ろした。





 ーーーッガキンッッ!!





「!?」


 その、絶対に鳴ってはならない音に、気付いたのはジャックだけだった。


「ーーーそんな、ナイフが……」


 小さなナイフの刃先は欠け、魔石には傷ひとつ付いていない。


 オーディンが泣きそうな顔で駆け寄ってくる。


「ジャックっ! その傷!! 腕がっ、あぁ、腕が!!」


 オーディンが泣きながらジャックに縋り付くが、ジャックは呆然と地を見つめたまま動かない。


「……そんな……、……る……」


「ジャック?」


 うわ言のように、何かを呟くジャックに、オーディンは問いかける。


「ーーー……ルが……、ユミルが来る!!」


「え?」


 ジャックの言葉をなんとか聞き取れたオーディンが、顔を上げ、ゲートを見たその時だった。



「はっ! こりゃ楽じゃねぇか! しかもなんだ!? 人間がこんなに集まってやがる。ちょいとした酒盛りができそうだな!」



 地を震わす程の大声が響き、山のように大きな巨人の、恐ろしい顔が再生されて行く。


「ヒッ、人食い巨人!!?」


 村人達もそれを見て、各々に叫びながら、逃げ出していく。




 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ……



 ユミルは巨大で、ジャックのように直ぐにはその身体全ては再生されない。しかし、留まることなく、確実に再生されつつあるその姿を、ジャックは震えながら見上げた。



 ーーーせめて、オーディンだけでも……。



 そう思い、ジャックがオーディンに視線を向けたとき、その手に握られたものを見た。



「……斧」



 考えてる時間はなかった。


「その斧を、僕に貸してっ 早くっっ!!」


 ジャックはその斧を、オーディンから奪い取るように引き剥がし、そのままオーディンを突き飛ばした。

 そして、斧を振りかぶりながら叫ぶ。


「早くっ、僕の家の裏側まで逃げてっっ! オーディン!!」


 ジャックの気迫に、尻餅をついたオーディンは慌てて立ち上がる。


「おぉおおぉおおおぉおおおぉおおおぉおぉぉぉ!!!」


 ジャックは渾身の気合を込め、斧を振り下ろした。





 ーーーガスッ!






「な……、なんでっ」


 片腕の傷ついたジャック。

 片腕を失い尚、ここまで走り続けたジャック。

 だけど、その体はもう限界だった。

 寧ろ、ここまで持ったほうが奇蹟と言ってもいい。

 霞む目、凍える体、もはや小さな豆粒ほどの魔石に、振り下ろす斧の狙いを定める事など出来なかったのだった。


 魔石から大きく外れ、大地に突き刺さる斧の刃先を、ジャックはゆらりと再び持ち上げる。

 ユミルの体はもう、肩と腕まで再生されている。


「クソぉーーっもう一度っ!!」



 ーーーガッ  ガスッ ガチンッッ! 




 焦りで、手が震える。 

 涙で視界が歪む。



「っ後、これを壊すだけなんだっ。なのに、なんで!」


 ーーー助けて! 



 ジャックは神に祈りながら、斧を振り上げる。


 その時だった。

 耳元で、懐かしい声が響いた。



 ーーー大丈夫。  お前は、独りじゃない。




 ジャックはその声に、思わずその名を呼びながら振り向いた。


「っ父さん!」


 しかし、そこに居たのは、逃げろと突き飛ばしたオーディンと、母親。


「え、……オーディンに、母さん?」


「この豆粒を壊せばいいの?」


 母がユミルを睨みながら言う。

 ジャックは慌てた。


「だっ、駄目だよ! 魔石(ゲート)を砕けば、その消滅のエネルギーに飲み込まれて、周りのものは全て消えてしまうんだっ! オーディンと母さんは逃げてっ!!」


 ジャックの悲鳴にも似た懇願に、オーディンは微笑みながら、自分の人差し指をジャックの口に当てた。


「ジャック。 私達、()()でしょう?」


 ジャックは恐怖の欠片すら持たぬその美しい笑顔に、目を瞬かせた。

 そして、母親は溜息を付きながらジャックに言う。


「結婚もしてない間から、こんな可愛い嫁さんを泣かすんじゃないよ。勝手に居なくなった父さんより最低な男になってしまうよ?」


「だけど……」


 反論しようとするジャックに、オーディンと母親は、振り上げる斧に手を伸ばして言った。



「「家族は、いつも一緒だよ」」



「ーーーっ」


 二人のその言葉に、ジャックは言葉を詰まらせた。


 守りたい。

 二人には、誰より幸せになってもらいたい。


 だけど、一緒にいてくれる。その言葉に、甘えてはいけない言葉に、ジャックは頷いてしまった。


「ーーーっありがとう。オーディン、母さん」


「さあ! ほらジャック、泣いてないでしっかりしなさい。照準はあたし等に任せて、思いっ切り振り下ろすといいよ」


 母の言葉に、ジャックはキッと前を向き、斧を握る力を込めた。

 そして、渾身の力で振り下ろす。


 その時、ユミルがジャックたちに気付いた。


「なっ、お前等っ! 何してやがる!? やめろっ、それは壊すなっ!!」


 ユミルは再生された腕を、慌てて伸ばしてくるが、もう間に合わない。


「おおおおぉおおおぉおおおぉおぉぉぉっっ!!!」




 ーーーっパキンッ!





 小気味良い音と共に、小さな魔石は、砕かれた。


「バカヤローぉぉぉ!!!」


 ユミルが魔石に刺さった斧を払い飛ばすが、砕けた魔石は、もう元には戻らない。

 光の柱は奇妙に歪み始め、上半身のみを再生されたユミルが、悲鳴を上げる。

 魔石から光が溢れ始め、ジャック達に近づいてくる。


 その時、オーディンが突然叫んだ。


「パパァーー!!! ありがとう!! 私、幸せだったわっ! ううん、幸せよっ! 私はパパを、これからもずっと、ずっと!! 大好きっ、愛してる!!」


 その叫びに、白髪混じりの男が、涙を流しつつ叫んだ。


「オーディン、オーディン!! 私もだっ、この世界で一番愛している! お前は私の誇りだ!!」


 オーディンは、泣きながら、嬉しそうに微笑んだ。 


 その様子を眺めながら、もう座る力さえ残っていないジャックが、母親に言った。


「そう言えば母さん、さっき父さんの事()()だって言ってたけど……」


「そうだったかね?」


()()の間違いでしょ?」


 ジャックの言葉に、母親は声を上げて笑った。


「そうだねっ! あんないい男、この世界中どこを探したっていないだろうね」


 ジャックは笑った。母親も、オーディンも笑った。

 そして、光は小さな世界を飲み込んだ。




 そして、すべてが消えた後、村人が1本の斧を見つけた。

 そこに彫られていたのは“ANJO”の文字。

 村人は、彼等をANJOに因んで、“善き、天の使い達”として、その斧と共に、永きに渡り崇め祭り、語り継いだと言う。



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