神は巨人とネ申々の国を創り賜うた①
―――昔ある貧乏な家にジャックという男の子がいた。
ある日、ジャックの家で飼っていた牛が老いのせいで乳が出なくなってしまった。
困ったお母さんは、老いた牛を売ってくるようにジャックにお使いを頼んだ。
だけどジャックはその大切な牛を五色の豆粒と交換してしまう。
それを知ったお母さんは、ジャックの愚かさと生活の不安に耐えきれず怒り狂いその豆を窓から捨ててしまった―――……。
俺は今、とある話をゼロスとレイスに話聞かせている。
もう、何千万回目になるんだろうね。それでも二柱は真剣な眼差しを俺に向け、一言も聞き漏らすまいと耳を傾けてくれている。
これほど聞いてくれていると、こちらも語りがいがあると言うものだ。
「―――ジャックが斧を振り下ろすと天まで届く蔓が消え、途中に居た巨人は真っ逆さまに落ち、大地にぶつかって死んでしまった。たくさんの宝物を手に入れたジャック達は、いつまでも幸せに暮らしたんだ。―――めでたし、めでたし」
俺は幹を張って、話を終えた。
ゼロスは俺の話が終わると目を閉じ、長考を始めた。
レイスも無言だ。
そうそう、以前言ってたレイスの人間に混じって生活をしてみたいという話だけど、レイスを人間レベルまでに力を抑え込む身体を作るのが、かなり難しいことのようで、現在保留になっている。
どのくらい難しいかと言えば、かつて俺が人であった頃、妹のような人物に、“ちょっと発電したいから、ウランを核融合させる為の容器を作って”、とか言われるようなものだ。
個人ではとても出来ないしいろんなことを調べ、厳密な設計図を起こし、実験の後に実用化しなくてはいけないだろう。
と言うわけで、一時保留だ。
予定では、まだ最低五万年はかかるという話だけど、設計図を考えながら、“このまま忘れてくれないかな……?”等とブツブツ呟いていた。
まぁ、五万年くらいなら無理だろう。
ふとゼロスが目を開き、真剣な眼差しでレイスに問いかけた。
「やっぱり、僕の仮説は正しいと思う。レイスはこの話についてどう思う?」
童話についての感想を言い合うのか。
良いね。とても良いことだ。
いろんな意見を聞くことは、自身の見解を広めるのにとても役に立つ。
ジャックの勇気、母親の葛藤、巨人と言う絶対悪に、ちらりと垣間見える巨人の奥さんの優しさと、旦那に対する愛憎劇……。ジャックの窃盗容疑の是非についても、考察するべき所は盛り沢山だ!
「レイスはこの話について思う事は2つある。モフモフふわふわの雲の大地。それはすべての者たちの夢。そして巨人。大きいと言う事、それは正義であり、ロマン……」
そうか。
レイスはそこに着目したのか。
「いや、巨人は悪だったよね。僕が言いたいのは豆だよ! 豆の木! それがタイトルでしょ」
「豆。ジャックの愚かさの象徴。牛と豆を交換とか、普通に愚かすぎる。多分頭に疾患があった。お金が無くて。医者にもかかれなかったんだろうけど。そんな子に大切な牛を預けるとか、母親もどうかしてる」
なる程、この話は、ジャックの冒険活劇かと思いきや、脳疾患に苦しむ母の苦悩と現状、周りのフォローが無いと母親も異常を来してしまうという警鐘を綴ったものだったのか。
「待って待って! そこもそうかも知れないけど、僕が着目したのは五色の豆ってとこ。エレメントを表していると思わない?」
「エレメント?」
「そう。風、土、水、光、闇。それらを表す色が、緑、オレンジ色、青色、黄色、黒色だ。豆というのは人間からしたサイズ的な表現で、実際は“豆粒ほどのマナ結晶”だった。それが母親に捨てられ、月の光を浴びるという条件を満たした為、それらの力が開放され、空間転移装置が開いた。天まで届く、豆の蔓を登りきるなんて、勇者でも無ければ、到底無理だ。つまりこれも揶揄で、実際は天まで伸びる光の路を通ったんだ」
なる程。この話は、ジャックの冒険活劇かと思いきや、ハイスペクタクルなSFファンタジーだったのか!
そして、ゼロスは語り始めた。
―――いい?
ある所に、ジャックがいたんだ。
彼の父は、ジャックがまだ幼い頃、どこからともなく現れた、恐ろしい人食い巨人に食べられてしまった。
今でも目を閉じれば思い出す、あの太陽のような笑顔。父は彼にとって光そのものだった。
「なぁに、心配するな。ちょいと悪者退治さ。俺が留守の間、母さんの事、頼むな」
そして帰ることのなかった父が、勇者と呼ばれていたのは後に知ったこと。
ジャックは巨悪である人食い巨人への復讐を誓い、己を鍛えつつ、ただ不幸を嘆くばかりの哀れな女となった母をよく助けた。
ジャックは鍛錬や手伝いの合間に、あちこちの人に、人食い巨人の居場所を聞いて回った。しかし、被害の話は聞けども、それの居場所を知る者は、誰一人としていなかった。
一向に手がかり1つないまま、父が遺した牛の乳を絞り細々と生活をし続けていたが、やがてついに牛は衰え、乳も出なくなり、牛を手放さざるを得なくなった。
父の形見を手放すことはこの上なく苦しいが、母を守るため、ジャックは、断腸の思いで牛を引き街に向かった。
ところがジャックは途中で思いがけないものを手に入れる。
「人の子よ、汝の望むもの。それは、金か? 安寧か? それとも―――……」
それを問うのは、神の使い。
そして応えるは、己の心。
母を守りたい。だけど………
「父の無念を、僕ははらす! ここに来るまで多くの人たちにあった。その者達の苦しみ、これ以上、このままにはしておけない!」
その答えに、神の使いは満足げに頷き、優しく笑った。
ジャックはふとその笑顔に懐かしさを感じた。
牛と共に、その姿を薄らげていく神の使いの口が、声も無く動いた。
―――大 き く な っ た な 我 が 息 子 よ
その口の動きに、ジャックは神の使いの正体を知る。
追い続け、それでも届かなかった大きな背中。それが―――……。
「―――とっ」
ジャックは思わず駆け出し、その名を呼ぶ。
しかし、その姿はもう無く、残されたのは、豆粒ほどの5つの魔石。
ジャックは、それを拾い上げ、強く握りしめた。
そう、それは、ジャックが、ジャックと成る瞬間だった。
ところが家に帰ったジャックを前に、母は泣き叫んだ。
「あの人を失い、更にお前まで失うというの!? そんなことには耐えられない! こんな物っ……」
母はジャックの手から魔石を毟り取ると、窓ら外に放り投げてしまった。
「母さん!? なんてことを! 折角の手がかりを!」
ジャックは慌てて探しに出たが、月明かりでは、小さな魔石を見つけだす事など、出来るはずも無い。
しかしジャックは諦めなかった。
やがて空が白み、紫紺の雲海が靡く暁の空の下で、ジャックはそれを見た。
天まで伸びる、翡翠の様に輝く、光の路。
幸か不幸か、奇しくも母親のその行為が、転移装置の鍵を開けたのだった。
ジャックは振り返り、母の寝室にまだ灯る明かりを見つめた。
そして、呟く。
「ごめんね。行ってくるよ、母さん」
自分は勇者では無い。
勇者が負けたと言う人食い巨人に、自分などが敵うなどとも思わない。
―――だけど、僕は行く。
みんなの為、そして、自分の為に。
そして、ジャックは光に飛び込み、まるで溶けるように、その姿を消した。
遠くで、それに祝福を贈るかのように、鶏鳴が響いていた。




