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わが青春の泉荘  作者: 田久青
22/22

最終話

東京の最も南のエリアに大田区がある

大田区の中で最も大きな街が蒲田だ

新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった

江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい

現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。

JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた

年季の入った木造モルタルの2階建

ひび割れ模様の広がった外壁

歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下

風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間

そのアパートの名前は「泉荘」

2017年5月のある土曜日


午後3時過ぎに「泉荘」メンバー上田君の車で赤い平戸大橋を通過した


5月にしては少し暑いくらいの日差しが降り注いでいた


薄い雲はあるがほぼ快晴の青い空


約40年ぶりに


あの頃の泉荘の主なメンバーが長崎県北部にある平戸という島に集まった


平戸という島は歴史的に有名な島で


お城あり、教会あり、史跡ありのとても風光明媚なところだ


最近では世界遺産にも登録された


「泉荘」メンバーはこの島で小学校・中学校・高校の多感な青春時代を過ごした


平戸にいる武田君、泉荘の借主で今大村に住んでる伊藤君、


福岡に住んでる佐藤君らが企画し、


東京からフォークシンガーのSさんを平戸に呼び


「オランダ商館」という昔の建物を復元したとても趣のある場所で


コンサートを開催したのだ


久々に懐かしいメンバーに会えるという思いから僕も参加した


当初集客をかなり心配していたらしいが大盛況に終わった


高校生の頃にお世話になった喫茶店の大曲も今年で40年


マスターの村田さんも素敵に年を重ねられていた


コンサート後の打ち上げはこの大曲へ場所を移した


集まった同級生の中には「泉荘」によく出入りしていた他のメンバーもちらりほらり


しばらくすると1階のフロアーの椅子に


「泉荘」時代いつも戦闘モードだった神田君が座っていた


懐かしい神田君の顔を見ると前歯がほとんど無かった


約40年前と変わらずニヤニヤしている神田君はそばにいるみんなから


とにかく前歯を入れろと諭され、歯医者に行くことを約束させられていた


酒の量も増え、神田君がもう1件行こうと言い出し


昔から長く続くスナックへ行くことになった


平戸の夜は気持ちよく更けていく


神田君と千鳥足でスナックへ向かっていると


反対側からかなり酔っぱらった3人組が現れた


狭い道なのに真っすぐこっちへ向かってくる


神田君の横顔をちらっと見るともうすでに目が輝いている


僕はその3人組がぶつかってくるギリギリのところで


神田君の身体を除けさせ歩みを早めた


後ろから甲高い声が聞こえてきた


かなり久々の緊張感を振りほどき速足で神田君を抱くようにスナックへ向かう


数年前に病気をしたらしい神田君の身体は思いのほか瘦せていてか細い



スナックでは約40年ぶりにも拘わらずママも覚えてくれていて大歓迎してくれる


お店はほぼ満席でとても繁盛していた


気がついた時には壁の時計は2時を回っていて


ソファーには伊藤君も佐藤君もいる


酔っぱらたった伊藤君が僕に向かって指をさし


お前は蒲田までの定期券を買って「泉荘」へ通ってきよったな~と言われる


全く記憶がない


そうまでして当時の俺は「泉荘」へ行きたかったのだ


やっとお開きになり


深夜までやっているラーメン屋さんでラーメンを食べ


締めのビールをまた飲みほし


宿に戻って寝たのは3時を過ぎていた



約40年ぶりの朝方までの平戸の夜


約40年前も同じようなはしご酒にそして締めにラーメンた記憶がよみがえる


時間が逆行したような不思議な感覚におそわれる


桟橋の海を見ると淡い光がゆらゆらと揺れている


「泉荘」時代の思い出がフラッシュバックするように映像として頭の中に流れてくる


もうあの頃は二度と戻ってこない


腹の底から笑い転げていたあの頃はもう帰ってはこない


ふと見上げると18歳の時に目にした景色とまるで同じようにお城が空に浮かんでいた



お読みいただきありがとうございました。

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