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わが青春の泉荘  作者: 田久青
20/22

合宿免許

東京の最も南のエリアに大田区がある

大田区の中で最も大きな街が蒲田だ

新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった

江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい

現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。

JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた

年季の入った木造モルタルの2階建

ひび割れ模様の広がった外壁

歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下

風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間

そのアパートの名前は「泉荘」

1981年の夏


イギリスではチャールズ皇太子がダイアナ妃と結婚した夏


そろそろ車の免許でも取っておきたいなと思っていた矢先


滅多に行かない大学へ向かう駅で1枚のチラシを見つけた


「格安・簡単・合宿であなたも免許が取れる」


手に取ってよく見ると


「茨城の海水浴場近くにある教習所で楽しく免許取得が可能」


と書かれていた


夏の海岸通りを片手ハンドルでオープンカーを走らせ


助手席に座った女性の長い髪が風になびいている


もう頭の中は妄想が膨らんでいる


アルバイトで貯めていた少しのお金と


毎月の田舎からの仕送りをかき集めて早速申し込んだ


楽しい妄想からの決断と行動が若い時は早かった


茨城の勝田という町まで電車を乗り継ぎ


事前にもらったパンフレットに記載された場所へ向かった


駅からはトウモロコシ畑がずっと続き


しばらく歩くとプレハブだが比較的新しい目的のアパートを見つけた


部屋の番号を確かめ中に入るとすでに数人集まっていた


部屋の中はこぎれいに整理されて


二段ベッドが各部屋に2セットづつ合計4個置かれていて


全員で8名がその部屋の定員のようだ


集まっていた人達はそれぞれが少し緊張した感じで立っている


しばらくすると合宿免許ツアーを主催する会社の担当者が現れた


送迎バスの時間帯や合宿での決まり事やルールなど約30分くらい説明を聞く


事前に詳しいパンフレットはもらっていたので特に質問もなく終了


担当者が帰った後その日は教習は無く


残されたメンバーでまずは自己紹介をしようということになった


その中で最年長の30歳くらいの細身で


やけにとろんとした目をしたおじさん江藤さんが自然と仕切る形になった


初めに自己紹介した江藤さんは神田でお兄さんと喫茶店を経営しているらしい


その後それぞれ、順番に自己紹介していく


甲高い声が特徴のどう見ても暴走族風な男性矢崎氏


矢崎氏は矢沢永吉の熱烈なファンらしくYAZAWAの刺繍の入った


タオルをいつも首に巻いていた


話し方も矢沢栄吉に少し似ていた


東京理科大学に通っていて友達同士で参加したという


いかにも理系の真面目そうな遠山くんと加藤くん


二人とも太めの黒縁眼鏡をかけて


TシャツをGパンの中に入れ分厚いベルトをしていた


18歳の割に中学生みたいな童顔のサーファー千葉くん


彼はその後みんなから「少年」というあだ名で呼ばれるようになった


鹿児島出身でまったく物おじしない25歳くらいの福留さん


星飛雄馬の大リーグボール3号の投球フォームの物まねが抜群にうまかった


背が高くて色白の大学生須山くん


そして僕の合計8名


年長の江藤さんが


初めて集まったメンバーだから


自分らでもルールを簡単に作っておこうという提案をしてきた


主催の会社から説明のあったルールは基本的に守ること


あとは、各自年功序列で対応すること


そして何かトラブルや困ったことがあれば江藤さんにまず相談すること


各自、異存もなく江藤さんの言うことに従うことにした


「年功序列」というのはとても分かりやすく


初めて集まった知らない者同士の中でとても効果的な約束事だった


基本的に合宿は快適だった


送迎バスに乗って自動車教習所へ行き


その日の授業が終わると送迎バスで


阿字ヶ浦という海水浴場まで運んでもらい


夕方まで海水浴場で遊んだ後


送迎バスでプレハブのアパートまで送ってもらう


毎日がその繰り返しだった


ただ10日を過ぎる頃、早くも持ってきていた少ないお金が底をついてきた


近所のトウモロコシ畑で作業しているおばちゃんに


満面の笑みで近寄って仲良くなり


トウモロコシを格安で分けてもらえることになった


バケツ一杯のトウモロコシをアパートに持ち帰り


湯がいた後コンロであぶり


お醤油を垂らして食べると空腹をごまかすことができた


お金のない他の合宿メンバーも喜んでトウモロコシに群がった


合宿の最後の方になると


何となく体がトウモロコシで黄ばんでいるような気になった


アパートの部屋はトウモロコシの匂いが充満して少し気持ち悪かった


時間を持て余してた僕たちは


それぞれと段々と気心が知れるようになり


何人かでたまに麻雀をするようになった


最年長の江藤さん、暴走族の矢崎さん、鹿児島出身の福留さん


そして僕が主なメンバー


合宿の卒業検定を3日後に控え


僕のお財布はほぼ空っぽになっていた時


麻雀でもしようかということになり4人で卓を囲んだ


最後の半荘の時僕の点数はマイナス


少なからずお金も賭けていたので


だんだん緊張してくる


合宿残りの生活費、東京へ帰る交通費、麻雀の負けの精算


顔は青ざめ、背中には変な汗をかき始める


オーラス最後の麻雀が始まる


おおよそ8巡目に少しだけ良い牌をツモりはじめ


15巡目くらいの時に


7ピンと9ソウの待ちでツモれば四暗刻の手ができあがる


7ピンはみんなの手牌の中で使われているケースが高い


9ソウは1個捨てられていたが端牌だから使われてない場合


もう1個は牌山の中に残っている可能性もある


僕はリーチをかけずツモり牌に集中する


対面の江藤さんがリーチをかける


終盤、矢崎さんも追っかけリーチ


心臓がバクバクしてくる


ツモって、そして考えるふりをして捨て牌する右手が汗ばんでる


あと2巡で終わりそうな時だった


対面の山に手を伸ばしツモった牌を盲牌すると


右手の親指にあの9ソウのざらっとした感触が伝わる


四暗刻をツモった


合宿後半の費用が手に入り、無事に卒業検定も終わり東京へ帰ることができた


あれから約40年経つが


未だにあの時の右親指の9ソウの感触が残っている


その後40年間で訪れた幾度の逆境の時も崖っぷちの時も


この時の9そうの盲牌の感覚で乗り越えられたような気がする



後日、合宿免許友達紹介キャンペーンというのがあり


泉荘仲間の千葉の大学に通うコワオモテの安藤君を紹介して


安藤君も合宿免許に行ったそうだ


安藤君の同部屋になった人らは大変だったろうなと想像しつつ


紹介キャンペーンのお礼でもらった金一封は


あっという間に泉荘の宴会代に消えていた


お読みいただきありがとうございました。

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