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わが青春の泉荘  作者: 田久青
2/22

焼肉屋オープン

東京の最も南のエリアに大田区がある

大田区の中で最も大きな街が蒲田だ

新編武蔵風土記によると、かつて蒲田は梅の木村と呼ばれ、梅の名所だった

江戸時代には歌川広重が蒲田の梅を描いていて、蒲田梅屋敷と呼ばれたらしい

現在でも蒲田の属する大田区の「区の花」は梅である。

JR蒲田駅より東急池上線の蓮沼駅の方が近い場所にそのアパートは建っていた

年季の入った木造モルタルの2階建て

ひび割れ模様の広がった外壁

歩くとギシギシときしんだ音がする渡り廊下

風呂なし共同トイレで部屋は6畳一間 そのアパートの名前は「泉荘」

顔を覆い、耳を塞ぎ、鼻をつまみたくなる


あのおぞましい事件が起きたのは


雨の続く梅雨時だったが


その日は雨は上がり


空には灰色の雲が勢いよく流れていた、そんな日だった


伊藤君とだらだらと本など読んでいた時


佐藤君がアルバイトからニコニコと笑顔で帰ってきた


佐藤君は一枚のチラシを僕らに差し出した


「今日、ここに行かんや?」


差し出したチラシを見ると


蒲田駅近くに今日オープンする焼肉屋のチラシだった


そこには


「オープン記念!このチラシ持参で食べ放題飲み放題980円!」


と書いてあった


毎日のあごかけごはんに少し飽きていた僕らも目を輝かせ


「やすか~!行こや行こや!」


と3人で焼肉屋に行くことになった


焼肉屋の入り口にはちょっとした駐車場スペースがあり


開店記念の大きな花輪が5台も飾ってあった


入り口では黒い制服に白いエプロンをした


愛想の良いお姉さんが笑顔で僕らを迎えてくれた


佐藤君がふざけて頭をかきながら会釈をしている


店内はほぼ満席だったが一つだけ空いていた席に案内してもらった


3人ともにやけた顔を抑えきれない


まず生ビールを3杯注文すると


乾杯して一気に飲みほし


バイキング形式の焼き肉が並んだケースへお皿を抱えて突進する


常日頃から唯一の贅沢は吉野家の牛丼だった僕らは


次から次へとお肉を頬張り


次から次へとビールのおかわりをし続けた


「いやあ、もう食えふあぇん!」


口の中に入れた肉を噛みながら佐藤君が言った


同じように伊藤君も僕もかなりのオーバーペースで


お肉とビールを胃の中に流し込んでいたので


「いやあ~食うひや食うひゃ、そろそろ帰ろうひぁ!」


かなり飲んだビールのせいで呂律が回っていない


3人ともふらついた足取りでお会計を済ませると


伊藤君がちょっと変な足取りで小走りに表へ出た


伊藤君が突然一番端っこに飾られていた花輪の前で立ち止まり


腰を曲げると一気に今まで胃の中に流し込んでいたものを


口から全て外に放り出したのだ


その様子を見て突然僕の胃の中も決壊が始まった


涙目で後ろを振り返ると僕らにつられた佐藤君までも


胃の中の決壊が始まっている


もう見るに堪えない景色に目が回る


全て決壊し終わった伊藤君が突然駆け出す


伊藤君を追っかけるように僕も駆け出す


佐藤君も後ろから駆けてくる


ふらついた足でしばらく走った後


3人で車通りの少ない路地裏でへたり込んだ


3人とも気まずい空気の中でただへらへらと笑うしかなかった


立ち上がって3人で泉荘へ帰る途中佐藤君が言った


「ねえ!お腹のすかん?」


「確かにすいた」


「食ったもん全部出してしもうたけんね!」


僕らは佐藤君の提案で、さっきの焼肉屋から


わざわざ遠回りして蒲田駅の東口にある吉野家へ行って牛丼を注文した


僕らは会話もなく真剣に最後のご飯粒まで惜しむように完食した


泉荘に戻ると


伊藤君が無言で汚れた靴を台所で黙々と洗っていた


追伸

約40年の時を超え、

あの時の焼肉屋さんには見るに堪えない大変なご迷惑をおかけしたことを心より深く陳謝いたします。

さわやかな開店記念の日に本当に申し訳ございませんでした。


お読みいただきありがとうございました。

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