悪役令嬢様、鼻フックによるメディア参加がブームらしいですよ!
この物語は個人的推論であり持論・作中で登場する人物等への誹謗中傷は禁止・拙作を読んで発生するあらゆる責任は負いかねます・などわかりきった諸々の注意事項。
また、強制性交等罪および強制わいせつを推奨するものではありません。加えて、当該のカテゴリ・ジャンル・技法、男女の立場を貶める意図もありません。
それらの行為を相手の意思に反して行えば、大半は犯罪であることを念頭においてください。
夕刻も過ぎた頃、悪役令嬢ことマリーは呼び出された。
呼び出したのは、侍女のロッテンマイアだ。
ご主人であるマリーを呼び出すとは無礼千万。少し躾が必要だろう。
ご丁寧に、書き置きに奇妙な器具まで備え付けて。
ゴムに金属製のフックがつながっていて、首輪へと続いている代物だ。
「お似合いでございますよ、お嬢様」
ふざけた器具を付けさせておいて、よく言う。
恭しくブルネットのセミロングヘアーを垂れてはいるが、愚弄しているのは明白だ。
「これは、なんですの……マイ?」
警戒と怒りを顕に、マイと呼ぶ娘へ声を掛けた。
場所は屋敷の一階、広間になった部分である。
「鼻フックでございます、お嬢様。市井ではこれが人気でして」
悪びれもせず、ミニスカメイド衣装のロッテンマイアがほざく。
「そんなこと分かっていますわ。いえ、人気云々は嘘ですわよね?」
「本日、それについて説明させていただこうかと、お呼びした次第です」
幾度となくマリーに睨まれても、動じる様子がないロッテンマイアもなかなか。
しかし、言うに事欠いて不愉快極まりない器具を実践解説させようとしているのだ。
「それで、この鼻フックとやらがどう人気なの?」
直ぐにでも鼻フックを投げ捨てて、ロッテンマイアに仕置をしても良かった。
それでも、短絡的に反応したのでは主人としての沽券に関わる。いかなる痴れ言を弄するのかも見ておこうと思った。
ため息を一つ吐き、視線で話すことを許可する。
「では、僭越ながら。まずは、鼻フックというものがどういった代物なのか説明させていただきましょう。
行為としては“鼻責め”というカテゴリになります。表に姿を見せたののが1990年代、お笑い系のバラエティで小道具として使われています。
ここにおいては、単なる罰ゲーム的な肉体に苦痛を与えるためのものであり、顔ストッキングに見る変顔の延長だと思って良いでしょう」
「それって、既にメディア進出しているじゃありませんのッ? 私がやる意味が?」
「あのような低俗なお笑いでメディアへ露出しようなどと、まさに笑止!」
他のジャンルにおいては低俗でないとでも言うのだろうか。
「1980年代にはポルノジャンルよりSMプレイの1カテゴリとして裏の世に出ることとなりました。
一応、きたん社様発行の『奇譚クラブ』がその先駆けであるらしいのですが確認できる資料がありませんね。
無い物をおねだりしても仕方ないので、ある物をあるようにねじ込むしかありません」
「1947年以後からのSM専門雑誌とは、また業の深いことですのね……。無駄に歴史があるから困りますわ」
「お嬢様の鼻を醜く引っ張り上げている器具が、その歴史の中で培われていると思うと感慨深いのではございませんか?」
そんなわけがない。
歴史と尊さは別である。マリーの家が浅かろうと、国を支えているという事実は変わらない。
「話したいことはそれだけですの? そろそろ恥ずかしいので、この器具を外しなさいな」
「おっと、そう焦らないでくださいませ。せっかく、お嬢様が珍しい出し物を考えていると、人払いしておいたのですから」
「人気がないのはその所為でしたのね。手の混んだことをッ。それで、そこまでして説明したいこととはなんですの?」
「せっかちはよろしくありませんよ。今言った通り、変顔に類するカテゴリの良し悪しには珍しいこと――“希少性の原理”が関わってきます」
さっきから、のらりくらりと躱してくる。
今度は、小難しいことを並べて煙に巻こうという腹なのだろう。
「“希少性の原理”と言いますと、心理学用語ですわね。珍しいものを得られた時に人は高い喜びを感じられる、でしたか?」
「えぇ、美少女たるお嬢様が変顔をしているという希少性。その上で、屈服させているという状態への法悦とでも申しましょうか」
「……そう言われると、気持ちの良いものではありませんわね」
誤魔化されるまいと思っていながら、癇に障るセリフでついつい縫い留められてしまった。
こういったところでの言葉選びには感心させられる。
しかし、ここまで言われて引けるほどマリーも人間はできていない。
「まさか、その程度の結論で終わりではないですわよね?」
「ご聡明なお嬢様でしたらそうおっしゃると思いまして、他のアプローチも考えております。では、少し手を加えさせていただきますね」
そう言うと、ロッテンマイアはマリーの身体に縄を掛け始める。
「ちょっと! おやめなさい!」
どこでこのような捕縛術を身に着けたのか、抵抗する間もなく胸部を巻かれる。
イブニングドレスという薄手の衣装に縄という、背徳的な格好に顔を赤らめざるを得ない。
衛兵がいなかったことには安堵する。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいませ。これも必要性があってのことでございます」
こんな格好になんの正当性があるのか。
睨んでも、言葉を持っても止められそうにないので、諦める。減給くらいは覚悟しておいて貰うつもりだ。
「お嬢様、一つ伺いますが。アダルトなメディアに出てくる、責めを受ける側の人物が全て美形と呼べるか否か」
「は? えーと……詳しくはわかりませんけれど、パッケージに騙されたという声も聞きますので。答えは、否ですわ」
「Exactly」
知識に乏しいことへの質問に戸惑いつつも、なんとか取り繕って見せた。
「では、そこに“希少性の原理”は働かないはずでございましょう? もちろん、本当に女性の変顔や鼻の造形に欲情するお方がいることは否定できません」
「むぅ……確かに、ですわね。その言い方ですと、変顔や希少性に悦んでいない方は別のことに情欲を掻き立てられていると?」
「はい。人の頭は、このような場合にある動きをしているのです」
さすがに一口では説明できず、ロッテンマイアはボードを持ち出してきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
認知バイアス:人が見たいものしか見なくなる原理。
・認知的不協和
矛盾する二つないしは複数の事象を認知をした場合、それらにより不協和が生じてストレス状態となる。
解決策として、以下の方法がある。
(1).事実が自分の考えた通りになるよう努力する。
(2).事実を受けとめ、考えを改める。
(3).たいした問題ではないと、事実を軽視する。
(4).責任転嫁して、信じたい側の事象を補強する。
ただし、今回は事象に対する思考を終わらせてしまう(2)は考えない。
・アンカリング効果
基準となる一部や特定の情報を重視させる作用。
・確証バイアス
人は都合の良い思い込みする。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふむ、ふむ……。これ、もしかして、鼻フック自体が当て馬ってことですの?」
「さすがお嬢様、ご慧眼でございますね。説明させていただきますと、これらが同時に起こっているのがミソです。
鼻フックにより人の顔を構成する主要なパーツである鼻が歪むことで、アンカリング効果が発生します。
鼻というパーツを重点に見て置きながら、他の魅力的な部位を認識しているという状態です。
すると、人は確証バイアスにより『鼻フックに欲情している』と思い込みます。けれど、人はそこまで馬鹿ではありません。
本当に自分は鼻フックなんかに欲情しているのかと、認知的不協和が働くため事態の解決を図ります」
そこまで説明を聞いて、マリーは察した。
どうして胸を強調するように縛り付けたのかも。
「まさか、(2)番に至るまでループを続けますのッ?」
「ジャックポット! 仮に、私が民の皆さんに『お嬢様は、本当は優しい方ですよ』と説明して、信じていただけるくらいの可能性かもしれませんが」
大仰な仕草で拍手喝采して見せるロッテンマイア。
「グッ……今、重税を課しているのは将来の保険ですわ。例え、悪役令嬢を呼ばれようとも……」
各地の領主に命じて国庫を蓄えているのも、天災などの飢餓を乗り越えるためだった。
他人にどう思われようとも、マリーの覚悟は揺るがない。
「素晴らしいお覚悟でございます。微力ながら、お嬢様の荷を下ろすお手伝いをさせていただきますね」
ロッテンマイアがそう言うと、部屋の明かりを消しては点け、消しては点ける。
「何を? えッ!?」
不可解な行動を訪う間に、足音が屋敷の入り口に殺到し扉が押し開けられる。数人の市民達がなだれ込んできた。
身体の自由が利けば、その場しのぎの武器だけでも有象無象の暴徒を鎮圧するくらい訳はない。はずだった。
「貴方達! 何をして……出ていきなさい! 衛へ、ッ……!」
けれど今は、なんとも滑稽でみっともない姿をさせられていることだろう。
驚いているマリーを、ロッテンマイアが引き倒す。
助けを呼ぶ時間も、それが届くことも無いと、その時になって理解した。
「マイ……貴女……。分かってくれていると……」
「えぇ、お気持ちは存知ております。しかし、フィニアス・テイラー・バーナムの言葉を借りるなら、『民衆は自分の信じたい事実のみを信じようとする』のでございます」
数少ない理解者だと思っていたロッテンマイアに、裏切られたなどと思いたくはなかった。
慈しむように見つめる柔和な顔に、マリーは逆らう意味を失った。
「這いつくばって、豚のように鳴きながら請うてください。ねぇ、お嬢様」
「ッ……。ブ、ブヒィィィッ!」
ロッテンマイアの顔が愉悦に歪んだ。
キャラクター設定とか色々、少しもったいなくも感じた。
ないとは思うけど、人気が出たりしたらシリーズ化とか考えよう(爆死フラグ)