第四話:『詐欺師』のウィリー
「さあさあこの場は僕に任せて、みんないったん落ち着こうじゃあないか」
突如乱入してきた男により場はいったん収まった。とはいえ何とも言えない緊張感が続いているのはかわりない。
「英雄様だ……」
エイミーがそうつぶやく。見ればダイモンも騎士も従者も皆固まっている。
英雄。ユウは目の前の人物を見る。細く色白で白髪の青年。ともすればはかなげにも見えそうなその容姿はしかしふてぶてしい口元や青く輝く目によってむしろ腕白な少年を連想させるほどだった。同時に柔らかな物腰と落ち着いた声色は年老いた隠者のようにも感じさせる。
「お待ちください」
話し始めようとした青年にロランが割り込む。
「なにかな」
青年が問い返すとロランは咳ばらいをして姿勢を正すと先ほどの態度を取り戻す。
「これは我が国の問題であり、我が国の規則によって裁決をおこなわなければなりません。いくらかの四英雄、英雄賢者といえどこの国ではこの国の規則を守っていただきたい!」
「ユリアの頼みで弟子である彼とともにここにおもむいたんだ。理由は君と同じさ」
堂々と告げたロランに対ししかしすぐに青年が割って入った。
それを聞くとロランは驚いたように固まってしまい、ダイモンとエイミーも驚いたような顔でエイミーを見ていた。
そういうユウも状況が呑み込めない。自分が弟子とはどういうことか。憶えがないが記憶がないため絶対違うとも言えない。
「国宝ユリア様の命であろうともこれは賢王より続くユークリアの……」
「キミも頭が固いね。彼の素性はわかっただろう。この国の正式な客人だ。詳しくはユリアに聞いておくれよ」
青年の言葉にロランは黙り込む。
ロランはぐっと口を結ぶと高らかに告げる。
「ユークリア騎士団としてこの件は保留とし、都に戻り次第事情を改めさせてもらう。その折には貴殿らにも出頭していただく!」
「また、万が一を考えて、この場に私の従者を一人監視として残していく」
「では、ユークリアの加護があらんことを」
そういうとロランは回れ右をしてそのまま歩いて行った。
ユウはホッと一息つく。この異質な場所で、武装した兵に捕まる。一時は死ぬかもとすら思ったユウだったが、どうやらこの男に助けられたらしい。
「やれやれ、まだまだお固いねえ。」
そういうと青年はこちらに向き直り両手を広げながらユウに話しかける。
「初めまして。僕はウィリー。世間じゃ詐欺師なんて呼ばれてる、現役の英雄の一人だ」
詐欺師。なるほど似合っているかもしれないとユウは思った。とはいえ今のユウにとっては先ほどの騎士よりもこういう手合いの方が都合がいいかもしれない。
「ユウだ。佐倉勇。正直分からないことだらけなんだ。いろいろ聞かせてくれるとありがたい」
ユウがそういうとウィリーはにっこりと笑って答えた。
「そのために来たんだ」
「いい加減話を進めないといけないだろうからね」
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騎士が立ち去って少し。ウィリーとユウは二人で向かい合っていた。話の邪魔になるだろうとエイミーやダイモン、従者を外に出すとゆったりと語りだした。
「さて、お待ちかねの時間だ。まず何を聞きたい?」
ウィリーは椅子に腰かけエイミーが入れてくれたハーブティーを飲みながら質問をしてくる。
ユウには効きたいことは山ほどあるが、慎重に行こうと決めていた。
「まず、あんたは何を知っている?どうして俺を助けた」
「はっきり言おう。君のことは何も知らない」
「え?」
「僕が知っているのは今日この村にある人物が現れる事。その人物が大きな運命を抱えていることだ」
「それが俺……なのか?」
「たぶんね」
ウィリーは適当に答える。どうやら深く答える気はないらしい。
「俺が昨日何してたかわかるか?」
「なんだいそれ。僕は別に占い師ではないんだけれど……ああそうか。それも分からないわけだキミは」
ウィリーはわざとらしく肩をすくめると困ったものだねえ。とジェスチャーまじりに答える。
少しイラっとしながらユウは質問を続ける。
「まず基本的なところから聞こう。ここはどこだ?」
「リンドの村。エイミーという少女の家らしいね?祖母と二人暮らしだそうだ」
リンドの村というのはさきほどエイミーからも聞いている。ユウはもっと根本的なことから知りたいのだ。
「ユークリア。それがこの国の名前だ。ここはその東部にあるね。ユークリアは七王国のひとつでハクメイの東部、皇の国よりかなり東に存在する。」
察したのかウィリーはさらに詳しく説明してくれる。しかし案の定意味を持たない答えだった。
そんなユウの様子を見るとウィリーはおいおいとおーあーなリアクションをして首を振る。
「まいったなあ。ほんとに何も知らないということらしい。こちらから聞くが君は今までどこにいたんだね?」
ウィリーはらちが明かないと逆に質問をしてきた。
「日本だ。聞いたことあるか?」
「ない。なるほど異邦人キタレリ、とはまさしく。君はここではないどこからか来たらしい」
ウィリーは一人で納得したようにうんうんとうなずく。
「やっぱりここは、何と言うかいわゆる……異世界、なのか」
「異、世界。なるほど分かりやすい。僕もそう思うよ。ここは君のいた世界じゃない」
異世界。やっぱりではあったが同時に謎は深まるばかりだ。これがただの海外ならば単純な誘拐で済む。
しかし異世界ではそうはいかない。なにか大きな力が働かないと起こりえない。いやそもそも異世界などフィクションでしかしらない。
「そうだ言葉……あんたらは何語をしゃべってる?なんで俺と話せる?」
ユウはここで根本的な疑問が浮かぶ。なぜ当たり前のように会話ができるのか。
「……質問の意味が分からない。何、語?もなにもキミも僕も人間の言葉をしゃべっているけどねえ」
ウィリーはピンと来てないらしく首をかしげる。
「国ごとに違う言葉を話してないのか?俺の言葉もあんたらの言葉に聞こえる?」
「なるほどおもしろいねえ。君の世界では人はそれほど多様性に満ちているのか。言葉が違うとは」
ウィリーはユウの答えに感心したように声を上げる。ユウの答えが気に入ったらしく、しばらくうなずいていたが、ユウの視線に気づきすぐに答えを返す。
「キミの言葉は僕にはこの世界の言葉に聞こえているよ」
「文字はあるか?書いてみてほしい」
となれば次は当然これ。文字はどうなっているのか。まさか異世界語が日本語でしたという可能性もある。
「うんじゃあこれ」
ウィリーは応じると懐から紙を取り出して見せる。
「見たことない記号だけど……意味が、分かる?契約書って書いてるのか?」
それは日本語とは違う、記号の羅列に見えてが、しかしユウには意味が分かった。
「驚いた、読めるんだね。となると君のそれはやはり竜なのかな」
「竜?」
「無自覚かな?君の中に大きな力を感じるね。一応聞いておくけど異世界の人って皆竜なわけじゃないよね?」
竜。覚えがない。ファンタジーじゃあるまいし……ってのも今はおかしな言い方かもしれないが。
ユウの顔を見てまたウィリーは何か察したようにうなずくと質問に答える。
「キミのそれは恐らく竜の加護だろう。文字や言語の理解。きみなら神性文字も読めるかもね」
「竜に加護をもらった記憶なんてないんだが」
ユウには竜に遭遇した記憶などない。しかしそれこそが解決の糸口になるかもしれない。期待を込めてウィリーを見るがウィリーはこちらを見ないまま答える。
「ふむふむ。もしかしたら君の記憶や何故ここにいるかといった部分は竜が握っているのかもねえ」
そう言うとウィリーは立ち上がる。そしてニコニコと笑いながらこう告げる。
「どうやらひとまず僕の役割は終わりらしい」
「ま、待ってくれ、まだ何もわかってないじゃ……」
「英雄の弟子として、君はしばらくここに滞在できる。この世界のことはゆっくりと知っていけばいいさ」
役目は終わったとウィリーはいう。しかしユウの方は疑問が増えただけだった。こんな異世界に放り出されてこれからどう生きていけばいいのか。何の説明もないままに。
「俺はこれからどうしたらいいんだ」
「それは僕の知るところではないな。キミが決める事さ。これからゆっくり考えるといい」
オーダーなどない。説明などない。すべては自分自身が悩み、考え決めることだ。
「一つ助言を。出会いを大切にしたまへ。特にここ数日での出会いは君の運命に大きくかかわる。……彼らとは長い付き合いになるだろう」
その足で歩き、多くの人と出会い、進んでいく。自分とは何か。何をなすのか。
答えを求めて。
「ああそれから。ここからずっと北西のほうに竜の国と呼ばれる場所が存在する。伝説だがそこでは竜と対話する方法があるらしい。君自身のことを探りたければそこを目指してみるのもいい」
選択肢は無数にあるのだろう。恐らくユウにもウィリーにもこの状況を望んだ誰かにも分からないほど。
「よき旅を、異世界からの来訪者よ。その決断がより良きモノであるように」
そう言って詐欺師と呼ばれる英雄は、ユウに多くの疑問を残し立ち去ってしまった。