第一話:目覚め
痛い。
目が覚めて最初に思ったことはそれだった。
全身が痛い。体中すべてが均等に叩きのめされたかのような痛み。
日本在住男子高校生佐倉勇が目覚めて最初に思ったことはそれだった。
「何が……」
必死に記憶を呼び覚ます。しかし寝起きだからだろうか。いまいち頭がちゃんと回らない。
動くに動けずボーっと倒れこんだまま、そこで違和感に気が付いた。
ベッドが広い。普段眠るのに使ってるベッドではなく両手を広げてもあまるようなサイズだった。ついでに言うと寝心地もよくない。
自分の部屋にこんな広いベッドを置くようなスペースはないはずだ、と佐倉勇―ユウが考えていると先ほど伸ばした手が何かやわらかいものに触れた。
「なんだ……」
触れたほうに目をやってみるとそこには……
「女の子?」
女の子が眠っていた。
「はぁ!?」
痛みも忘れて飛び起きる。
どういうことだ?なぜ自分は女の子と寝てるんだ?先ほどよりも必死に記憶を呼びおこそうとするが、覚えがない。
否、そもそも記憶が不明瞭だ。寝起きだろうと少し考えれば昨日何食べたとか、寝る前なにしたかなど思い出す事は出来るはずだ。しかしそれができない。昨日どこにいたか。何をしたか。何曜日だったか。それらすべてが全く出てこない。
焦ったままヒントを探すようにあたりを見渡す。
と、そこでようやく気付く。
「自宅じゃない」
ユウの自宅は都内のマンションで、特に飾り気のない白い壁とちょっとしたものが置いてあるだけの部屋だ。一室を与えられた高校生の部屋にしてはシンプルさが売りだったが、今目の目の光景はそれよりさらにシンプルだった。
木造なんだろうか。壁は木で装飾も何もない。大きな窓が一つあるがそれだけだ。窓にはガラスもなく雨戸、というより蓋程度の板があり、今はそれがつっかえ棒のようなもので開かれている。窓の外はのどかな緑であり、平和的な印象を受ける。
正面には扉が一つあるだけ。床は藁……なんだろうか。
総評して貧しい小屋、とでも呼ぶべきだろうか。
「んん……」
あたりを見回したところで、隣から寝息が聞こえた。先ほど眠っていた少女だろうか。起こしてしまったか?と若干慌てるユウだったが特に起きる様子はなく、またくーくーと静かな寝息を立て始めた。
「この子もなんなんだ……?」
目の前の少女を見る。年齢は中学生ぐらいだろうか。白……いや淡い金色か。長い髪の毛にユウは美しい織物や写真で見た動物の毛並みを連想したがそのどれよりも美かった。長いまつげからのぞかせる目は今も眠りに閉ざしている。雪のように白く柔らかそうな肌。
とりあえず日本人じゃないだろう。
当然ユウの知り合いにこのような女の子はいない。
「綺麗だな……」
思わず口走っていた。
ユウは特別髪の毛フェチだとかそういうわけではないが、しかし見惚れてしまう。
そっと触れてみる。
柔らかい。
いい匂いもする。
平静な顔をしているが触るのがやめられない。こんな手触りのものが他にあるだろうか。
頭の上から、そっと手をのせてみる。手で溶かすように柔らかに滑らせてみる。長い髪に手を埋もれさせるように滑り込ませ―――――――
「あの、何をしているのかな……?」
心臓が跳ねた。
気付くと正面のドア、先ほどしまっていたそこから茶色い髪をおさげにした少女がぴょこっと顔をのぞかせていた。優しそうな、穏やかそうなその顔は、しかし今は困惑しているようだった。
「これは違うんだ」
出来る限り紳士的に。落ち着いた声色で。
しかし目の前の少女の顔はこちらが顔を向けた瞬間ビクッと体を引いてしまう。
焦りが出てしまったか。これでは逆効果。
かなり警戒されているらしい。しかしドアをしっかりと握り、こちらを真剣に見る姿に、なんとなく小動物を連想する。
そんなことを考えている場合ではない。いまだここがどこかもわからない以上、警戒されるのはよくないだろう。
時間がゆっくりと流れる。
彼女の頬を伝う汗や吐息すら耳元で聞こえるかのような緊張感。
そこに―――――
「んんっ」
沈黙が破られる。隣で眠っていた少女が目を覚ましたらしい。
少しぼーっとしながらこちらを見ている。
そして――――
「もうすこし、ねる」
そう言ってこちらに倒れこむと、そのまままた眠り始めてしまった。
なんとも緊張感がない姿に、ユウは力が抜けてしまう。
「フフッ」
正面の扉を見れば、少女が笑っていた。
その姿を見て完全に力が抜けた。
心臓が落ち着き始める。何を緊張していたのだろうか。窓の外の牧歌的な風景に目の前にはおっとりとした少女。ユウは今度こそ落ち着いた声でゆっくりと話す。
「俺の名前は佐倉勇、ユウと呼んでくれ。」
「私の名前はエイミー。ここはリンドの村ですよ」
こうしてユウの新しい一日が始まった。