月の獣
ひとまず、ここにいてもしょうがない。痛みに耐えながら歩きだす。
「とは言ってもどっちに行ったらいいんだ……」
周りはどこを向いても同じような景色だ。四方遠くには山が見える。山に囲まれてない前方に森が見える。森の先は見えない。
「まあ森の方に行くしかないか」
森に行くにはメリットもデメリットもある。メリットとしては森に行けば人に会える可能性がある。なぜなら森には資源があるからだ。燃料、建材、食料。それらの恩恵にあずかるため、森に人がいる可能性はある。デメリットとしては、獣の存在だ。自然深いところに立ち入れば、危険な生物に遭遇する可能性もあるというのは現代でもあることだ。ましてここは人工物すらない。生態系のことも考えれば何らかの危険生物はいて当然だろう。見晴らしの悪い森で遭遇すれば命の危険もある。
とは言え佐倉勇―――ユウの考えは少し違った。
「なにせ森以外には何もない、何か起こるとしたら森だろう」
あたりは見晴らしがよく故に何もないことは一目瞭然。果てもなく歩く気力も体力もない。森は先が見えない分まだ希望がある、と言うわけだ。つまりメリットもデメリットも同じという考え方。
考えながらずいぶん後ろ向きな理由だと勇は苦笑する。しかしそれも仕方のない話だ。いまだにここがどこなのかも分からないのだから、歩き出しただけでもましだろうと考えるしかなかった。
あるいは、自分がもう少し大物であったなら逆にあそこで寝そべっていたかもそれないけど。そこまで勇はふと視線を上げる。
「なんだ……?」
一瞬影が通った。天気は快晴であり、先ほど見たときは雲一つなかった。慌てて目で追う。
それは―――
「ドラゴン……!?」
鳥よりもはるかに巨大なそれはゆっくりと旋回している。さっきの影はあれが上空を通過したのだろうか。
ユウは以前読んだ本の内容を思い出す。発達した後ろ足。前足はなく、翼になっている。
ワイバーンだ……!
慌てて身を隠そうとして気付く、否思い出す。ここには隠れるような場所は無い。
旋回してるそれはあたりを様子を探る様にに飛んでいる。
探してる。餌か、あるいはテリトリーに入った外敵か。どのみち該当するのは――――
「キュオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
想像していたよりも甲高い悲鳴のような咆哮。
目があった。
――――いや狙いを定められた。
「ッッ!?まずい……!」
慌てて走り出す。しかし間に合うはずもない。森まではまだ遠い。
万事休す。そう覚悟した瞬間……
「オオオォォォン――――……」
遠吠え。それが深く胸にずっしりと響く。
瞬間、信じがたいことが起こる。先ほどまで快晴の白昼が一転、あたりは深い夜になっていた。
同時にワイバーンが停止する。警戒するようににらむ先、ユウが同じように視線を向けると、そこには
「金色の―――狼……?」
遥か森に立っていながらはっきりとした存在感。輝く金の毛並み。あらゆる者の目を奪うであろう気高さ。
ワイバーンはそのまま旋回し退いていく。余りの事態に動けずにいると黄金の獣はゆっくりとこちらに体を向け―――
「っ?!」
目の前に金の獣がいた。先ほどまで数キロは先にいたはずだ。一瞬で間合いを詰められたのか。
じっ……と見られている。
――――視線が外せない。よくよく見れば狼というより大きな犬とでも言ったほうがふさわしいゆったりとした雰囲気があった。輝く毛並みは黄金ではなく白金とでも言おうか。やわらかそうな毛並みに思わず手を伸ばす。
「ゥゥゥゥゥ……」
小さくうなるが特に襲ってくる様子はない。ただ興味深げにこちらを見ている。不思議な感覚にさらに触ろうとして……
「っ!?」
びくっとして慌てて手を放してしまう。獣に動きがあった。
―――臭いをかいでいる?
獣はゆっくりと顔を近づけるとユウの臭いをかぎはじめた。
突然のことに硬直して見守るしかない。
獣はしばらくすると顔を上げこちらを一瞥して立ち去っていった。
獣が立ち去るとあたりは何事もなかったかのように、元の穏やかな青空に戻っていた