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セイント・ブルー  作者: 千年寝太郎
第一章 魔法師たち
3/10

1-3 魔物と魔族

 引き続き世界観説明となります。

 半ば強制的に押し付けられた手紙を届ける為、ソニア達は隣町を目指した。徒歩おおよそ二日程度の場所であり、そこまで遠くないその町に―――、


「おい、方向が違うぞ。目的地はあっちだ」

「あれ?」


地図を凝視しながら歩いていたソニアが、はてな、と首を傾げた。その方向には深い森が広がっている。

「東ってこっちでしょ?」

「何を根拠に言っている?」

「だって森がこっちにあるじゃない。地図の上でも、ほら。隣町に行くには、森を通らなきゃいけないって書いてあるじゃん?」

「阿呆。森なんてそこかしこに沢山あるわ。というか貴様はその目の前にある標識すら視界に入らないほど目が悪いのか」

「あれ?」


 ソニアは首を再び傾げて地図から目を離す。顔を上げた先には、一つの標識。ジェスが指さした方向、右へ矢印が向いた標識にはソルト町。左、つまりソニアが行こうとしていた方向への標識には危険、立ち入り禁止、という文字が書かれていた。


「何時の間にこんな標識が!」

 あんまりなソニアのボケに、ジェスは声を荒げた。

「馬鹿みたいなボケをやっているんじゃない!地図見る前に周囲を見渡せ、前を見ろ!だから迷うんだ!」

「だって東でしょ!」

「太陽は東から昇って西に沈む!現在は午後三時、太陽は西に向かって傾いている時間帯だ!空を見ればすぐに分かるだろう、あっちが西ならばこっちが東!なぜそんな常識すら身につけていない!」

「むむ!もしやジェスは魔法を使って町の方向を把握しているな?」

「してねえよ!」


 がっちりとソニアのこめかみを掴み上げるジェス。割と指が沈みこんできて、地味に痛い。

「この頭は飾りか、飾りなのか?」

「まるで人を馬鹿みたいに言わないでくれる?」

「ならば馬鹿みたいな発言をするんじゃない」


 ぱ、とソニアから手を離してジェスは正しい方向へ向かって歩き出す。

「ああ、ちょっと待ってよ!」

 ソニアは慌ててその後を追って早足になる。そもそも、歩幅が大分違う。ソニアは身長が小さめであり、さらに自慢できるほど足も長くない。対して、ジェスのプロポーションは完璧である。まるで誰か人形師が一から十まで設計し尽くしたのではないか、と思う程、理想的なバランスで体ができている。

 普通にジェスが歩いていても、ソニアにとってはついて行くのがやっとの速さだ。

 どんどんと、背中が遠なっていってしまう。


「ちょっと、待ってってば!」

 声は必死に掛けたが、止まる気配はない。

 意地悪しているのか、それとも素で気付いていないのか。

 どちらにせよ、なんと気が利かない男なのだろうか。


 おおよそ二十メートルほど離れたところで、ジェスはふと足を止めて、ため息を吐きながら振り返った。

「遅い」

「君が早いんだよ……もう、待つとかそういう気遣いもできないのかなあ」

 ソニアが文句を飛ばせば、ジェスは眉間に皺を寄せながら答えた。

「馬鹿を言うな。何故貴様の歩幅にオレが合さなけりゃならん。太陽が沈むまでに野宿の場所も探さなければならないしな。のたのたしている暇は無いぞ」

「意地悪」

「普通だ……と」


 ジェスはすっと身体を沈ませ、素早く剣を引き抜き、振りむき際に襲いかかって来たそれを斬り捨てた。それは、若干大きな魔物―――ウルフであった。通常の狼よりも牙が鋭く、凶暴であるため、一応魔物に分類されている獣とも区別がつかない生物であるが、それがいつの間にか近づいていたことに、ソニアは全く気付かなかった。


「なんで分かったの……?」

 どさりと道端に倒れるウルフの姿を見つめながら、ソニアは呆然と呟いた。どうやら既に絶命しているらしく、傷口からウルフの姿は消滅していく。

「音と気配。後、ここら辺はウルフが多いことで昔から有名だからな。そうでなくとも、旅をしているのならば、常に魔物を警戒するのは当たり前だろう」

「そっかー、凄いね」

 素直な感想を述べれば、ジェスは少し目を丸くした。が、すぐに表情をすぐに戻した。


「夜になればウルフの活動は活発になる。その前に魔物が嫌う匂いを発する花が生える場所を見つけなければいかん。そういう意味でも急げ」

「へー、魔物が嫌いな臭いを持つ花なんてあるんだ」

「……」

 きょとんとした様子で話を聞いていたソニアを見て、ジェスがいよいよ怪訝そうに眉根を寄せる。

「なぜ知らないんだ。旅に出るならば、絶対に持っていなければならない知識だぞ」

「だって家を飛び出してきちゃったし。もう家出同然っていうか。用意なんてする暇が無かったというか」

「よく今まで生き残れたな……」


 こめかみを指で抓みながら、ジェスはぼやいた。信じられない、とでも言いたげだが、ソニアにはその理由が今一納得いかない。

「だって、魔物と出くわさなかったもん、一週間」

「んな馬鹿なことがあるものか。いや、不味そうな臭いであればあるいは……」

「あたしはそんなに臭くないよ」

 自分の臭いを嗅ぎながら、ソニアはむっすりといじける。


「や。そういう意味ではなく、魔物が好むのは人間の魂そのものだ。肉体を喰らうのは、魂の臭いが肉に沁みついているからにすぎん。そうだな、魂をメインディッシュ、肉を調味料と考えればいい」

「やめてよ、人が食べられる所を想像しちゃうじゃんか!」

「実際今この時にも世界のどこかで人間は魔物に食われている」


 あっさりと、ぞっとする一言をジェスは口にした。ソニアの顔からはさあっと血の気が引いたが、ジェスは構わずに続けた。

「自覚しろよ。貴様は一週間、運が良かったに過ぎん。もしかしたら魔物が嫌う魂の色をしているのかもしれん。だが、人間でさえ空腹の局地であったならば、腹に納まるものを何でも口にするだろう。それと同様に、生命の危機に瀕した魔物は、どんなに不味そうな臭いをしていても人間の魂を喰らって回復を図ろうとする……」


 ジェスの説教じみた言葉がそこで途絶えた。僅かに身体に緊張が走り、森の方をじっと睨んでいる。

「どうしたのさ……?」

 おそるおそると尋ねたソニアは、ジェスが睨んでいる森へと視線を動かす。


 ばきぼき、と木々の小枝が折れる音。ずしりとした重みのある足音。それらの音情報だけでも、十分にこちらに何が近づいて来ているか想像に易く、泣きたくなった。

 現れたのは、巨大な狼の姿をした魔物であった。ただ、通常のウルフとは異なり、明らかに二足立ちである。その足は筋骨隆々としており、ついでに腕も挌闘選手みたいにむきむきだ。あんなもの、ソニアの知っているどの狼にも分類されない。


「わあお」

 ソニアは思わず感嘆の声を上げた。ここまで強そうな魔物は初めて見たからだ。

「どうすればいいのかな?」

「どうすればいいと思う?」

 逆に問い返されて、ソニアは苦笑いを浮かべながらぐっと握り拳を握って答えた。

「逃げるという選択肢しかしか思いつかない」

「懸命な判断だ」


 言いながら、ジェスはソニアを脇に抱えた。

「え、ちょっと、本当に逃げるの?」

「そうだが」

「君の事だから、てっきりさっさと倒しちゃうものだとばかり思っていたのだけれど……」

「相手が一体だったらな」

「はい?」


 ジェスが周囲を見るように、と視線で促してくるので、ソニアは空のような色をした瞳をくるりと動かした。周辺から、続々と筋肉狼の魔物が顔を出していた。その数は、見えているだけでも数十はいるだろう。


「分かったか?少なくとも貴様というお荷物を抱えた状態で戦うには、あまりにも骨が折れる」

「あい」

 ソニアは素直に認めた。直後、体に僅かな重圧がのしかかるのを感じる。ジェスの足元に魔力が集中しているのが見える。

「一気に抜け出す。口を閉じていろよ。―――“デフテロレプト”」


 ジェスの体から淡い青色の魔力が噴き出る。それは微粒子として足の辺りに集中し、凝縮。そして、一気に拡散した。ジェスの跳躍は、一歩が常時の百歩に相当するほどの距離となる。まさしく、飛ぶように街道を一気に駆け抜ける。

 それでも魔物たちは諦めていないらしく、背後から次々に追って来る。全員が口から涎を垂らし、牙を見せつけるかのように剥きだしている姿が、いやに恐ろしかった。


 魔物というものは、世界のどこにでもいるもので、ソニアも勿論見たことがある。しかしながら、ここまでしつこく命を狙われたのは初めてだった。故に、自然の残酷な狂気に恐怖を覚えてしまった。

 思わず、ジェスの服の裾をぎゅっと握りしめた。


「―――見えた」


 不意に声が振って来て、仰げば僅かに懐かしい香りが鼻を通り抜けた。それは、爽やかで優しい、脳がすっと冴えわたる香りだった。

街道の脇にやや広い敷地が見えた。青い花が咲く敷地だ。そこから香っているようだ。ちらと後ろを見れば、いつの間にか、背後の魔物が増えている。


「じぇ、じぇす、早く早く!」

「やかましい」


 恐怖からきた言葉を、僅か一言で一蹴。ジェスは大きく一歩を踏み出して、直線的に香る敷地に滑り込んだ。彼が踏んだ足元の草花から、一際沢山の香りが舞いあがり、辺りに散っていく。

 その香りを嗅いだ魔物たちは一瞬怯んで、それでなのか、足がゆっくりと止まって行った。何度かくんくん、と鳴きながら、互いに何かコミュニケーションを取っている様子だった。どうやらジェスが言っていた、魔物の嫌う臭いを発する薬草はここら辺一帯に生えているらしい。無暗に追って来る様子は無く、やがて諦めたのか、その場を立ち去って行った。

 完全に魔物たちの気配が過ぎ去って、地面に降ろされたソニアはその場にへたり込んだ。足に全く力が入らない。立てそうにもない。


「なんだ。腰でも抜けたか」

「う、うん……。怖かった……」

「そうか」


 ジェスは特に興味はなさそうに、ぼりぼりと頭を掻いた。

「まあ、半日も経てば完全に奴らも居なくなるだろう。このテンプルムフィールドで一泊して、明日の朝に出立するぞ」

「テンプルムフィールドって何?」

 屑を見るような目で見られた。縮こまりながらソニアは必死に訴えかける。

「だ、だって知らないんだもん!仕方がないじゃん、寧ろ今知っておかなくちゃ、また説明をお願いしちゃうよ!」

「余程平和な所に暮らしていたんだな。……テンプルムフィールドというのは、この魔物避けの魔力を持つ青い花、テンプルムが咲く場所のことだ。まあ、そのまんまの名前なんだが。魔物はこの花が放つ香りと魔力が大の苦手で、昔の旅人はこの花をいたるところに植えて、安全な敷地を作っていった。それがテンプルムフィールド。魔物不可侵地帯、安全地域ってやつだ」

「ああ、さっき話していた花って、この花のことなんだ。……んでこの青い花はそんな効力を持っているの?」

 若干、ジェスがどもった。少し慎重に、且つ言葉を選びながら端的に答える。


「それは……そういう魔法式が組まれているからだ」

「魔法式って、魔法を使うときに呪文で組み立てられる魔力の術式……だっけ?一体どんな魔法式なの?それが使えればみんな、魔物にびくびくしながら旅をしなくてもいいのに!なんでそれをしないの?」

「本当に質問ばかりだな、たく……。この花の魔法の術式については、現代の人間は一切解き明かすことができん。なにせ神代の時代の代物だからな」

「神代の時代って、確か二千年くらい前だっけ?神様がいたっていう?」


 よく、母がおとぎ話で話してくれたことを、ソニアは思い出す。

 大昔、神様がこの世界に住んで、人間を統治していた。その頃は今よりもっと人間は魔法を使いこなしていたが、力を持つが故に神様の身勝手な統治が許せなくなった。そこに現れた賢者と共に、人間は神様と戦い、自由を手に入れる――というような概要の話だったか。


「けれどおとぎ話じゃ……?」

「勝手に思っていろ。とにもかくにも、現代の魔法師が一切解き明かせない代物だ。よって一切使えない。さらに言えば、地面から引っこ抜けば効力は消える。だから、自然に生えた花の恩恵にあやかるしか、現代の人間が魔物から完全に逃れるすべはないんだよ」

「ねえ、その魔法式ってどんなのなの?」

「魔法を使えん貴様が知ってどうする?」


 思い切り馬鹿にされたので、ソニアはむくれた。

 どうにもジェスは、ソニアを見下しているようで、いや、実際に魔法の実力などは彼に到底及ばないが、それでもとても腹に立つ。人を馬鹿にするジェスの性格もそうだが、何より魔法がうまく使えない自分にもっと腹が立つのだ。


 その夜。月明かりの下、静かな夕食を食べ終えて、ジェスが持参の寝袋に入り込んで眠りこけ始めたころ。

 ソニアは唯一しっかりと使いこなせる光の魔法を使って、手元を照らしながら、本を読んでいた。簡単な魔法入門書である。魔法を覚えるには、まずしっかりとした知識を身につけなければならない、というのが妖精ミシェーラの言葉であり、その言葉を実行するために、こっそりと母の書斎から持ってきたものである。


「えーと、まず旅で必要な魔法は……基本的な防御魔法?地味だなあ……。えっと、“スクートゥム”……。前方に魔力の盾を展開させる初歩的な魔法」


 説明書きの下には、普段では使わない文字が書かれていた。いわゆる魔法文字である。発音や読み方一つ一つは難しくなく、ソニアも知っている程度だ。しかしながら、その意味内容については、ソニアは一切知らない。それでも言葉の組み合わせによって規定の魔法を発動させることはできるのだが―――。

 式などという論理じみたものは、ソニアはとても苦手なのだ。


「あー……“エルミヒト・ルクシエンド・すくら……」


 うがあ、と頭を抱えながら、ソニアは悶絶した。

 覚えられない。さっぱり覚えられない。盾の魔法に行き着くまでの過程である魔法式を覚えられないのであれば、魔法は発動しない。一応魔法式の簡略化はあるが、それは魔法式を完全に覚え、且つ自在に変容する魔力を操れるようになった時だけだ。

 つまり、盾の魔法の概要一切を知らないソニアでは、魔法式の簡略化は使えない。


「どうしよう……。このままじゃ魔法の一つも使えない……。せめて魔法式さえ理解できればな……」

 ぶつくさと呟きながら、それでも簡易辞書を引いて、魔法文字の意味を熱心に調べて、本に書き込んでいく。

 やがて、光の魔法を使うだけの体力と魔力が尽きる頃、やっとソニアは就寝。

 辺りは夜の森らしく、静かな月明かりだけが照らし出されるのみとなった。


 が―――。

「やれやれ……」

 少し離れた場所で眠っていたジェスが、寝袋から起き上がった。

「勉強なんかしているものだから、すっかりと夜が更けちまったな。もう少し早く寝るものだとばかり思っていたが……」


 ちらとソニアを見れば、彼女は本に突っ伏して寝ていた。口の端から涎がたらりと流れ出しているのを見て、ジェスは顔を顰めた。

「本が駄目になる」

 呟いて、ソニアの顔からそっと本だけを救出した。ソニアは完全にうつ伏せになって息苦しくなったからか、苦しそうに呻いているが、ジェスは気にしない。


「全く、妙な拾いものをしたものだ」

 言いつつ、何気なくソニアが呼んでいた本を読み始め、


「む……?」


怪訝そうに眉根を寄せながら、その場に胡坐を掻いてさらに読み進める。読み進めながら、手を空中に彷徨わせると、わずかに次元が捻じれて、ぽとりと手のひらにインクとペンが落ちてくる。

「ここが違う……。ここも違う……」

 まるでどこぞの幽霊のような不気味な呟きを繰り返しながら、ジェスはペン先にインクをつけたのだった。



 翌朝。

 穏やかな朝の光が降り注ぐ、静かな森の街道を、小柄な少女と細身の少年が少し距離をとって歩いていた。

 ふわ、とソニアは欠伸をした。

 それとほぼ同時、ジェスもふわあ、と大きな欠伸をした。

「……ちょっと、きみは昨日、あたしよりも早く寝たでしょ?なんでそんなに眠そうなのさ?」

「しょうがないだろう……。これを読んでいたのだからな」


 言いつつ、ジェスは懐からソニアの魔法入門書を取り出した。悲鳴を上げながら、ソニアはそれをジェスからひったくり、傷がついていないか、念入りに確かめた。そして本を開いて、さらに悲鳴。

「ちょっと!何を本に文字を書き込んでいるのさ!ひどすぎない?常識あるの、きみ!」

「失敬な!……ところでその本、誰からもらった?」

「は、何をいきなり……。……一応、母さんの、だけれど」

「ふーん」


 また、大きく欠伸をするジェスは、尋ねたくせに全くそれに関する感想を口にしない。なんとも苛立たしい。自分勝手というか、自分勝手である。それ以外に言葉が見つからない。

「それよりも、本!ところどころ文章が読めなくなっているんだけどさ、弁償してよ弁償!」

 弁償、弁償、と連呼しながらジェスの周りを何度もぐるぐると回れば、彼の眉根は徐々に寄っていき、それに比例するように足早になっていく。

「て、ちょっと!ちょっと待ってよ!」


 昨日、バカでかい魔物が出た後だというのに、ソニアを置いていこうとするジェスに、憤りを感じながら必死にその後を追いかけた。

 しばらく道なりに歩いていき、ところどころで休憩を挟んだ。魔物の気配は一切なく、穏やかな道中だった。それが若干、ジェスにとっては違和感であったらしく、訝し気に周囲を見渡していたのだが、ソニアとしては非常にありがたいことこの上ない。なにせ、びくびくしながら歩かなくていいのは、とても気持ちがよい。


 やがて眼前に、大きな関所が見えてきた。見上げるほどの、巨大な石と鉄でできた、簡易ながらも丈夫そうな門だ。魔物や盗賊がうろつくこのご時世、町には必ず敵に攻め込まれないようにと城壁と関所が設けられ、そこを通らないと町には入れない、という仕組みとなっていた。

 町によっては入国にお金を払わなければならない、という話で、ソニアは旅に出て此の方、町を避けてきていた。自身が生まれた場所が村だったこともあり、城壁も関所も初めて見るし、町に入るのは無論、初めてである。


「なんだかドキドキするなあ!」


 足取り軽く、ソニアは関所へと向かう。

 関所付近には兵士が立っており、ソニアの姿を見止めて軽く一礼してきた。

「いらっしゃい、お嬢さん。入町申請は、この先で致しますよ。因みに我が町では基本、入町に際しての入国金などは取りませんので、ご安心を」

「はい、了解しました!」


 なんだ、お金は取らないのか。どうせならば、どのくらい取られるのか、自分のお金を払わなくて良い内に知っておきたかったのだが。


「ところで……」

 若干、表情を曇らせながら兵士が尋ねてくる。

「この町の付近で、魔物と遭遇しましたか?」

「え?えっと、一日ほど前に、二足立ちの狼の魔物とは遭遇しましたが……それ以降は遭遇していませんけれど」

「そうですか……」


「魔物がどうかしたのか?」

 やっと到着したジェスが、話に加わってきた。

「ああ、いえ。ここ一か月ほど、魔物がこの町の周辺からぱったりと姿を消しまして。どうしたものかなと、皆、悩んでいるのです」

「いいじゃん、魔物が出ないって。誰も襲われないのだから、平和でじゃん?」

 お気楽な考え方をしているソニアは、へらへらと笑いながら正直な感想を漏らせば、隣に立つジェスがどこまでも呆れた様子で、わざとらしくため息を吐いた。


「馬鹿をいえお前、魔物が出ないということは、この町の近くか或いはその中に、魔物が恐れる脅威が存在していることを意味しているんだぞ」

「ん?」

 意味が分からずソニアが首を傾げれば、これまたわざとらしいため息。

「これだから世間知らずは……」

「否定はしないよ。事実だから受け入れよう。と、いうことで分かり易い説明をお願いします!」


 このままジェスが言っている理由が分からずにため息を吐かれ続けるのは癪だった。それに勉強は苦手だが知識は貪欲に吸収しようとするタイプなので、ソニアは比較的事情を知っており、且つ割と分かり易い説明をしてくれるジェスに、詳しい説明を要求した。

 丁寧に頭まで下げて。


 ジェスは口元をひくつかせ、いかにも苛立った様子でこめかみを一瞬震わせたが、それでも眉間に皺を寄せるだけで怒りを留めたらしく、一度、大きなため息を吐き、


「ため息を吐くと幸せが逃げるんだって」

「やかましいだまれ」


ソニアの豆知識を冷たい声で切り捨てて、頭をがしがしと掻いた。

「あー……たく、どこから説明したら分かり易いか……。じゃあ、なあ……魔物と獣の違いは知っているか?」

「それは知っているよ。魔物は魔力を持っていて、獣は魔力を持っていない」

 堂々と自信満々に答えれば、

「半分外れだ。確実には魔力を生成する器官―――魔力炉を体内に持っているか持っていないか、だ。現代の人間ならば必ず、大きかれ小さかれ、使えるにしろ使えないにしろ、魔力炉は持っているものだろう?」

 胸のあたりを親指で軽く叩くジェスに、ソニアは軽く頷いた。


 人間の体内には、魔力炉と呼ばれる、魔力を生成する器官が存在している。豆粒ほどの小さなものだが、そこからは魔力が生み出され、血液と共に体中に魔力を巡らせている。人の魔力の大小は、魔力炉の良し悪しで決まると言ってもいい。

 尤も、魔力をどんなに大量に生成できても、魔法を使う才能がなければ所詮は宝の持ち腐れであり、平凡な人生を歩むしかなくなるのだが。


「魔物の中には魔力炉を持っていても、その魔力炉が機能していないものもいるからな。魔力炉が機能していなければ、魔力は生み出されない。だが、魔力炉を持っていればその時点で魔物であることは確定だ。そういう意味で、お前の答えは半分間違っているんだ」

「間違いの指摘なんてどうでもいいから、ささ、次々」

「……」

 ひたすら手っ取り早く答えを求めようとするソニアの姿勢に、ジェスは呆れた様子で黙って一拍置いた。


「……とはいえ、魔物も元はただの地上に生息する獣だった。体内に魔力炉も持っていなかった。そんな獣に魔力炉を埋め込んで、自分の僕として使ったのが―――魔族だ」

 ごくり、とソニアは息を呑んだ。そんな彼女に、

「勿論魔族は知っているよな?」

「知ってるよ!」

 思い切り馬鹿にしてきたジェスに怒りの声を上げて、ソニアは口早に魔族について語る。

「魔族は角や牙や尾が生えている、異形の姿をした人間とは別の姿の人たちのこと。えっと、昔は西方の奥の方でひっそりと暮らしていたけれど、二百年前に突然人間の世界を侵略してきて、人間と全面戦争になった相手で、最終的に魔族の王様が勇者に討たれたって聞いたよ!」


「じゃあ、その王が討たれた後に、生き残った魔族はどうなったか知っているか?」

「え、ええと……、えと」

 質問されて、どう返していいのか分からなくなって、ソニアの視線は明後日の方向へ向いた。

「半分が自由気ままに生きるようになって、半分が人殺しになったんだよ」

 人殺し。顔色一つ変えずにジェスは言ったが、ソニアはぐっと息を呑んだ。声色は、自然と硬くなっていく。


「なんで……人を殺すように……?」

「そんなもの、人間を恨んでいるからに決まっているだろう」

 あっさりとやはり、顔色を変えずにジェスは言った。


「魔族にとって王というのは、心の拠り所であり、居場所だったんだ。人間で言えば、親も同然だ。その王を人間の身勝手な理由で殺した。敵の将を討てば、魔族もおとなしくなるだろう、なんて当時のお偉い方が考えたばっかりにな。魔族は人間より寿命が遥かに長いから、二百年前だって彼らからすればつい最近のことだ。恨みは薄れることなく、二百年経った現在も、魔族の半数は人間のことを恨み続けて、隙あらば殺そうと考えている」


 ぐう、とソニアはより一層息を詰めた。

 なんだかとてもヘビーな話になってきて、気持ちまでヘビーになってくる。

 そんなソニアの心境を察したのかどうなのかは定かでないが、ジェスはともかく、と話の舵を取り直した。

「そんなこんなで二百年前に魔力炉を埋め込まれて生み出された魔物は、魔族の一種となる。んで、元が獣だったからなのか、奴らは自分たちよりも強い魔族の居る所と、その傍に近寄らない習性を持っている」

「ふむふむ」

 頷いて次の話を待つソニアを、ジェスは言葉を止めてじっと見つめる。

「な、なに……?」

 自分の顔に何かついているのだろうか。妙に眉間に皺が寄っているのが気になるが。

「……お前、ここまで俺が話しておいて、まだ話の全貌が見えんのか」

「へ?」


 きょとんとして小首を傾げるソニア。ジェスが深いため息を吐けば、ずっと話を黙って聞いていた兵士が、代わりに話し出す。

「つまり、今現在、この地域の周辺に魔物が居ないということは、その魔物が恐れ近づかない―――魔族がこの近辺にいる、という最初の話に繋がるわけですよ」

「はへー、ああ、なるほど、そういうこと。そういうことね」

 やっと合点がいって、ソニアは手をぽんとついた。

 魔物がいない。それこそ由々しい事態だ。魔物よりも更に知能が高く、戦闘能力が高い魔族がここら辺にいることを意味するのだから―――。


「って、それってとてもまずいじゃん!」

「どうやら完全に理解したようだな」


 このソニアの反応を持って、ジェスの講義は終了した。


「ど、どどどどうするのさ、魔族なんて、普通じゃなかなか倒せない相手なんでしょ?町の人を避難させたほうがいいんじゃないの?」


「いいえ、人間を殺したがっている奴かもしれないので。人を避難させれば、追ってくるかもしれません。他の町に被害を広げてはいけない」

 否定したのは兵士あった。

「まあ、自由気ままに暮らしている魔族の可能性もあるが……そちらもそちらで、自分の使える魔力を使い放題、迷惑行為をはたらく困った魔族の可能性が大きい。どっちにしろ、魔族というのはそれだけで面倒な奴らに変わりない」

 ジェスは頭痛を覚えたかのように眉間に皺を寄せ、確認をとる。


「王国騎士に連絡はとってあるのか?奴らならば、ある程度の魔族とわたりあえるだろう」

「とってあります。あと三日ほどで到着するはずです」

「まあ、ならいいか。入るぞ」

「はっ⁉」


 あっさりと魔族がいるかもしれない町に入ろうとするジェスに、ソニアは驚きの声を上げた。

「は、じゃない。王国騎士がくれば大抵なんとかなるだろう。町に入ったところで、今のところ切羽詰まっている状況じゃないから、魔族が動いている可能性は非常に低い。ならば問題ない。なによりお前、手紙を届けるっていう仕事はどうした?」

「だ、だだ、だってぇ……」


 それでも低確率で魔族の企みに巻き込まれるかもしれないことには、変わりないはずだ。そう言おうとしたソニアに、ジェスは恐ろしい一言を告げた。


「言っておくが、食料の調達もしなければならないんだぞ。クロックネスの町ではそこまで補給できなかったからな」

「よし入ろう!」


 即答。


 ジェスの深いため息が、ソニアの耳にも届いた。


次回はキャラクターメインの話になるかと。

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