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セイント・ブルー  作者: 千年寝太郎
第一章 魔法師たち
1/10

1-1 遺跡にて巡り遭う

 そもそも、お金が無かった。


 この世界に於いて(もしかしたらどこの世界に於いても)お金というのは生活する上でとても大切なもので、しかしソニア・ストライカーはお金というものを溜めることがとても苦手とする少女だった。

 どのくらい苦手かと言えば、例えば母から貰ったお小遣いをたった一日で使いきるどころか、更に追加で近所の駄菓子屋で借金をしてしまう程度に、お金使いが荒かった。

 なので今、こうして旅をしているソニアの財布にお金というものは存在しない。端的に言えば、計画性なく使い過ぎたのだ。

 お金を稼ぐ方法は幾つかあった。どこかの露天商で働くとか、はたまた魔物が増えてきた今のご時世なので、魔物討伐の報奨としてのお金も頻繁に出回っている。

 しかし、ソニアの魔法師としての実力は下の下、実力を保証するライセンスを持っていないからそこまで高額なクエストを受注できなかった。

 結果、現在、財布の中はすっからかん。働き手を必要としている日雇いの店はない、受けられるクエストもない。つまり今日泊る家もないという絶望的な事実で途方に暮れていた頃に、とある噂を教えてくれる占い師がいた。


――この町から東にある遺跡に、財宝が眠っているらしいよ。行ってみるがいいさ。きっといい事があるよ。


 それは単に噂だった。確信も保障もない、占いでもあった。


 遺跡といえば古今東西、危険な魔物の巣窟だ。古代の魔法も多々トラップとして仕掛けられているそこは、正に死と隣り合わせの世界。潜りこむ人間は、よほどの実力者か馬鹿か、大きくその二つに分けられる。


(……財宝!)


 そして、ソニアは例外なく馬鹿の部類に当てはまる少女である。


 栗色の短髪にくりくりの空色の瞳。その容姿はいかにも子供くさく、小柄で華奢である。年齢は今年で十四になるのだが、未だ十歳前後の子供と間違われ、見知らぬ村を出歩けば、迷子かと声をかけられた。いくら魔法師と名乗った所でまだまだ魔法の技術は拙く、元気だけが取り柄の彼女が遺跡に潜ると宣言した時、周囲の大人たちは本気で心配された。


 だがお金という輝きにつられて、ソニアはあっさりと遺跡に潜り込み、そして今現在。

「迷った……」

 辛うじて使える灯りの魔法を使って、石畳の暗い通路で呆然と立ち尽くしていた。


 初めて入る遺跡。右も左も分からず、対策も分からない。それなのに好奇心だけが先行し、いつの間にか奥の奥までやって来ていて、最早後ろを振り向いてもただ広がる長い通路、いや、迷路。

 魔物とほとんど遭遇しなかったのが唯一の救いであろうか。


「困ったなあ……。どう帰っていいか分からないよ……。いや、けどその前にまだお宝を見つけていないし」

 ここまで来てまだ懲りない。諦めが悪いのは、ソニアの良い所であると同時に、悪い所でもあった。

「ま、いっか。なんとかなるでしょ」

 ちなみに危機感が常にさっぱりないのは、完全に悪い所である。


 来た道をそのまま戻るのはなんとも味気がない、という呆れた思考回路を理由に、ソニアは更に暗い通路を、目の前に浮かぶ光の塊――“ルクス”の魔法が照らし出す景色を頼りに、先に進んで行く。


「さあて、お宝、お宝。どこにあるのかなあ」

 金銀財宝ざっくざく。泳げるほどの財宝の中に埋もれてご満悦な自分。

 想像するだけで涎が出る。

「よしよし、ここまでは順調!このままお宝へ一直線だ!」

 そして、一歩踏み出して。


 床が、突如消え去った。


「ふえ?」

 間抜けた声が、ソニアの口から飛び出した。

 実はソニアの足元には魔力に反応して作動する超高度な魔法が設置されていたわけであるが、魔法師としてはひよっこのひよっこである彼女がそれを分かる筈も無く、よってワケが分からないまま、ソニアは空中に放り出されたことになる。


「え、ええ!?」


 素っ頓狂な声を上げる暇があったら、対応に急いだ方が良かった。ソニアの身体は重力に沿って下へ、下へ、とにかく地面につきあたるまで落ちて行く。

 勿論ソニアは少し魔法が使えるという以外では普通の人間である為、高い場所から落ちれば当然怪我、若しくは死亡することは確実である。

「うえ、ま、ままま、ちょっとタンマ!タンマタンマタンマあ!」

 叫んだ所で時間が止まるわけでもなく、落下速度は徐々に上がって行く。


 ――かと思いきや、突然ぼよんと柔らかなものが落下していた身体を優しく受け止め、程良く落下の勢いを殺してくれた。ソニアの十四歳にしては小柄な身体は二度、三度撥ねてから、ゆっくりと動きを止めて行った。

 ソニアは急いで身体の各所を触り、どこも怪我がないのを確認してから、

「た、助かったああ……」

安堵の息を漏らす。


 当然、少しくらいは死を覚悟したのであるが、どういうわけか柔らかなものが着地点に存在したため、命を拾った、というところだろうか。


 ソニアは柔らかなゴムボールのようなものから飛び下りた。かなりの大きさだ。おそらく、直径五メートルくらいはあるだろう。そのゴムボールの上には、ソニアが今しがた落ちてきた穴がぽっかりと空いている。

 まるで用意されていたかのように存在しているゴムボールのような何か。

「これ……なんだろう?」

 ソニアはじっくりとそれを眺めたが、やはりひよっこのソニアには答えが出ず。だからこそ、そこに何故、こうも都合良くクッションの役割を持つゴムボールがあるのか、という一番の謎を、

「まあ、この遺跡を作った人がきっと優しい人だったんだね!」

そんな簡単な言葉で片付けた。

 安直である。

「ん?」

 ふと、視界にきらきらと輝く何かが目に入った。つられて視線を動かせば、長い長い通路の先に、何か金色に光るものがあるではないか。

 ソニアは勿論、それがお宝であると思いこんだ。

 やはり、安直なのだ。

「お宝、お宝!」

 興奮しきった声で、ソニアは長い通路を真っ直ぐに走っていった。


 だからこそ、彼女は気付かない。

 自身の背後で、今しがた自身の命を助けてくれたゴムボールが、ごろりと寝返りを打つところを。それは、巨大な巨大な、弾力を持った身体を持つモンスターであったのだが――、無論、この時点で事実をソニアは知らない。

 ともかく彼女の頭の中はきらきらと輝く宝石でいっぱいで、他の事を考える余地など、小さな彼女の脳みそには無かった。


「ふわー、大きい……」

 無駄にある体力を使って走り続けて目の前に広がったのは、金と銀の綺麗な装飾で彩られた、精緻な紋様が刻まれた扉であった。大昔主流であった古代魔法文字がわんさと刻まれているが、それは当然読めず、ただ、綺麗だ、という感想ばかりを抱くしかソニアはできなかった。

 それにしても、随分と重そうな扉だ。

 小柄な女子一人が開くのは、少し無理難題そうだ。

「うーん……。筋力を強化する魔法……なんてあったっけ?どんな扉でも開ける魔法は……まだあたしじゃ使えないしな……」

 ソニアはうんうんと悩む。


 そもそも、ソニアは魔法学校さえ出ていない。魔法の知識など素人に毛が生えた程度である。悩んだところで、知っている若しくは使える魔法が少ないのだから、悩むだけ無駄というものだ。

「よし!とりあえず開けてみよう!」

 結局最も単純で、多種多様な扉の中でもおそらくメジャーであろう方法をソニアは選んだ。

 とりあえず、扉を押そうと表面に両の掌を置いた。


 途端。


 ソニアが触れた部位から青白い輝きが扉の紋様にまるで染みわたるかのように広がっていった。青白い輝きとは即ち、典型的な魔力の色である。どうやらソニアの魔力が、掌を通して扉へ流れ出しているらしい。金と銀だけであった扉に青という彩りが加えられていき、一つの文章が浮き上がる。

 やはり、古代魔法文字。

 無論、ソニアはそれを読めない。だからそれが忠告なのか、それとも歓迎なのか、判断できない。

 古代魔法は、遠い昔に途絶えた。現在は唱えることで発動する魔法は、昔は文字や魔法陣といったものでも発動していたという。しかしながら、その技術はおおよそ千年前に途絶え、現在ではごく一部の人間が魔法陣を扱える程度―――というのを、母の書庫で読んだ事がある。

 よって、ソニアが古代文字を読める筈も無く。


「これ……なんて書いてあるんだろう……?」


 ソニアが首を傾げている内に、扉は軋んだ音を立てながら、ゆっくりと開き始める。

 その先には、ただ広い空間が存在していた。まるでお城の舞踏会場のようだ。尤も、お城などソニアは見たことすらないのだが、絵本で出てくるそれに、よく似ていた。色こそ乏しく遺跡らしく湿っぽい臭いが漂っているが、建築技術はかなり高度であり、均一で計算し尽くされた柱や石畳、ドーム状の天井。壁際に取り付けられた階段から、他の部屋へも行けるらしい。小さな扉が沢山、二階のバルコニーにある。


「いいなあ……、素敵だ!」

 ソニアは感嘆の声を漏らしながら、ゆっくりと進み始める。

 緻密で幾何学的な紋様。多くの古代文字。

 そして、何よりソニアの興味をそそったのが、壇上にぽつりと置かれた、大きな金色の宝箱だった。

「うおっほ!」

 見つけた途端、ソニアは珍妙でおおよそ女性らしくない奇声を上げ、宝箱に一直線に駆け出した。

 あの中には何が入っているのだろう。遺跡の様式から見て、見たことのないティアラが妥当だろうか。それはどれほど美しいだろうか、どれほどの値段で売れるだろうか。


 ソニアは期待に胸を膨らませ、ついでに想像を発展させ、息を切らしながら宝箱の前に立った。まずは、周囲に人がいないことを確認する。人影はない。これでお宝は独り占めだ。更に呼吸を整えて、期待に膨らみ切った胸を諌める。

「……よし!」

 そして、ゆっくりと宝箱に手を伸ばし――。


「触れるな!」


 警告の声が、突如背後から聞こえてきた。

 ソニアはびびって、慌てて背後を見る。灯りの魔法の威力がそこまで強くない為、それが青年なのか中年なのかまでは判断できない。だが、声からして男だろう、人の影が走って来るのが見えた。

「あ、あわわわわ、あたしが先だからな!」

 ソニアは慌てて宝箱を開けようと手を伸ばす。ここで横取りをされるわけにはいかない。生活費は確保しなければならないのだから。そんな庶民的な思考が脳裏を過って、


「よせ、死ぬぞ!」

「え?」


その、飛んできた言葉に耳を疑った時には、宝箱に触れていた。

 宝箱の扉がひとりでに開いた。同時に飛び出て来たのは、巨大な魔法陣。それが宝箱を中心に赤黒く広がって行き、ソニアをまず、包み込んだ。

「うあ……」

 途端、息苦しさを感じてソニアはその場に膝をついた。

 魔法陣を輝かせる、赤黒い光――、それは俗に言う、闇魔法と呼ばれる危険な魔法の類の輝きだった。通常は青白く清らかな魔力の色は、悪質な魔法の組み方によってその色を禍々しく替えると、聞いたことがあった。

 しかしまさか、今ここで目にすることになるとは思いもしなかった。ましてや、その悪意ある魔法によって、自分の命が危険に晒されようとは――。


「う……」

 思えば確かに、先ほどよりも息苦しいような。命を何かによって蝕まれているような不快感に、ソニアは顔を顰めた。

 魔法陣は瞬時に広がって行き、背後にいた人影までをも巻き込んでしまい、そして。


 ばつん、と。


 突如、巨大なラップ音が辺りに響き渡ったかと思えば、足元の魔法陣が突如として解けた。それらは解け、帯状となってソニアの胸元に流れ込む。

「な、なななな、何、何?」

 慌てて服を引っ張って、自らの貧相な胸元を覗きこんだ。そこには、細かい古代魔法の文字によって作られた紋様が浮かび上がっている。

 やはり何がなんだかさっぱり分からないが、先ほどの息苦しさは無くなっているあたり、


「た、助かった?」

「助かってねえよ」

「うわきゃ!」


背後からかかった返答に、ソニアは素っ頓狂な声を上げて慌てて後退り、それからやっと声の主の顔を見た。


 思わず、息を呑んだ。

 驚くほど整った顔立ちの少年だった。年齢は十四歳であるソニアよりも少し上であろうか。暗闇の中でも映える銀の短髪に、切れ長の碧い瞳をしている。肌は暗がりでもよく分かる白で、まるで女性に滑らかだ。少し羨ましい。身長は高く、比較的華奢な印象を抱かせる。腰から剣をぶら下げており、防具の類は一切身につけている様子は無く、軽装だ。羽織ったマントの色をはじめとして、黒を基調とした服装をしている。正に美少年、というに相応しい。誰もがおそらく、ソニアと同じ感想を抱くだろう。


 少年は眉間に皺を寄せ、いかにも不機嫌そうにソニアを睨んでいる。

「たく……。貴様は慎重という言葉を知っているのか?」

 突然、言葉の意味を問われてきた。その口調の端々には皮肉と人を見下している気配があるので、顔が綺麗な割に性格は悪そうだ、とソニアは感想を抱きながら言い返す。

「し、知ってるさ、そのくらい」

「知っているならなんでいきなり遺跡の宝箱に手を伸ばす?大抵遺跡の宝には罠が仕掛けられているのが定石だろう」

 ぐうの音も出ない。すみません。この場合、正座をして反省の意を表すべきなのだろうか。

「全く、貴様の不注意のせいでオレまで巻き添えだ。勘弁してくれ」

 青年はぶつくさと文句を言いながら、服の袖を捲くった。そこにはソニアの胸元に浮かび上がったものと同じ、赤黒い文字が浮かび上がっていた。


「これ、は……?」

「あ?呪いだ、呪い。そんな事も分からないのか、お前。“ルクス”の魔法を使っているあたり、魔法師だとは思ったが……成程、ただのひよっこか」

 はん、と少年は鼻で笑う。この少年の行動を持って、ソニアの中で青年は『顔は良いが性格は悪い嫌味な奴』として第一印象が確定した。

 勿論ソニアは、自分の実力が無いということはよく知っているが、それをわざわざ人に指摘されると、逆に頭にくるというものだ。

「なにもそんな言い方は無いんじゃないかなあ。君、ちょっと失礼じゃない?」

「別に貴様の気持ちなどどうでもいい」

 青年はどこまでもクールに答えつつ、腕に刻まれた文字をじっと見つめている。と、小さく舌打ちをした。


「くそ……。かなり高度な呪いじゃねえか……。しかも二つも……こりゃ厄介だな……しかも」

 それから、ソニアの方へと視線を移す。

「な、なに……?」

 ソニアは身構える。びくつく彼女を見て、少年は深く長いため息を吐いた。

「な、なんなのさ!」

「ちょっと今後の事を考えると不安で仕方が無くてな。自然とため息が出ただけだ」

「どういう意味なのさ……?」

 呪いの内容などがさっぱり分からず、全く自分の身体に変調が無い為に、特に自分に呪いなどかかっていないのではないかと思い始めていたソニアは、一気に不安になる。


「……オレとお前に共通の呪いがかかっている」

「ふん?」

「その呪いというのがな、簡単に言えばどちらか片方が死ねば、もう片方も死ぬという“共有”の呪いだ」

「うん?」

 ソニアは少年の言った言葉の意味が一瞬で理解できず、首を傾げた。

「つまり、お前が死ねばオレが死ぬし、オレが死ねばお前が死ぬ、という事だ。いわゆる運命共同体、全くもってこの呪いを作った奴は良い趣味している」

 運命共同体。目の前の少年が死ねば、自分も死んでしまうという呪い。


「な、なななな、なにソレ!ヤダよ、そんなの!」

 さすがに能天気なソニアも悲鳴を上げた。

「オレだって御免被りたい話だ!というか寧ろ、オレにばかり弊害のある呪いだ!貴様の方がどう考えてもオレよりも先に死にそうだろう!」

「何を言っているのさ!君よりあたしの方が年下だから、あたしの方が長生きするでしょ!」

「そういう事を言っているんじゃない!モンスターなどに襲われて死ぬ確率が高そうなのは貴様だ、と言っている!」

「むう!それは確かに!」

 それはご尤もだ。ソニアは騒ぐのを止めたが、思考が一瞬冷静になったことで新たな疑問が頭に浮かび上がる。

「その言葉はつまり……君の方があたしより強いっていうこと?」

「当然だ。この遺跡に入った時、ほとんどモンスターが居なかった事、不思議に思わなかったか?」


「え?あたしの運が良いだけかな、と思ってさして気にしていなかったけど」


「……」

 少年は絶句した後、

「お前頭大丈夫か」

「勉強は苦手だけど、それ以外はごく普通に生活できる程度には大丈夫だと自覚しているよ」

失礼なことを言われたので、冷静に返してみた。

 少年は深いため息をつき、話を元に戻す。

「この遺跡のモンスターのほとんどを、オレが倒したからいなかったんだよ」

「え」

 ソニアは凍りついた。

 屋外にいるモンスターとはワケが違う。遺跡のモンスターは、基本的に人間という外敵に長期間襲われなかったが為に、独自の進化をしたものが多く、実力の高いものも多くいる。

 そんなモンスターのほとんどを、少年が倒したと豪語している。


「本当に?」

「この場で嘘を吐いてどうする」

「見栄とか張らなくてもいいんだよ?」

「なぜそんな可哀想な目でオレを見るんだ!」

 少年は怒るが、信じられないのも無理はないというものだ。そもそも、目の前の少年が一体何者であるのか、ソニアはまだ知らない。知らない以上は疑ってかかるべきなのだろうが、少年の言う言葉が本当ならば、今、自分には少年と運命を共にしなければならないという非常に厄介な呪いにかかっているという。

「いや、そもそも呪いの話自体、まだ信じていいのか分からないしな……」

「どこまでオレの話を信じたくないんだ、貴様は……」

 最早怒る気力も失せたのか、青年はため息交じりに言葉を吐き出した。それから自身の胸をとんとん、と叩く。

「ならばオレが死んでみればいいか?それで貴様が死んだら呪いは確かにかかっていた、という証拠になるが」

「ヤダよ。万が一にも本当だったら、あたし死んじゃうじゃん」

「そうだ。だからこの呪いは証明できない。それなのに貴様は嘘だ見栄だ信じられないだ言って……。呪いを見破れないのは、貴様の知識と才能不足だろう」


 もう何も言い返せない。

 少年の偉そうな口調はともかく、言うことすべてが正論だ。自身の死が他者に繋がるという呪い。それを証明するには、死んでみるしかないのだが、残念ながら人間の命は一つしか無い。証明しようにも、その後生きていることはできない。

 だからといって、ソニアに呪いを見破るなどという高度な能力は無く、他人の話を鵜呑みにするしかできない。

 この場の場合、呪いを信じられないのは全てソニアのせいだ。

 そしてこの場合、納得するしか道は無い。


「うー……。分かったよぅ……。呪いのことは、ひとまず信じることにするよ」

「そうか……」

 はあ、と少年は疲れたように息を吐いた。

「ならば、さっさと遺跡から出るぞ。一応ここは、魔法で作られた遺跡だ。長居していたら、何が起こるか分からないからな」

 うん。その言葉には素直に賛成できる。ソニアは頷いた。

「よし、じゃあ、まずは遺跡から出よう!……けど、その前に」


 くるりと踵を返し、ソニアは宝箱の方へと方向転換した。

「もう呪いとか……大丈夫だよね?」

 一応背後に確認すると、明らかに呆れた様子で半目になっている青年がいた。

「お前、がめついな」

「貧乏人は大変なんですぅ!で、どうなの、大丈夫なの?」

「まあ、もう大丈夫だ。気配がしない」

「よし!」

 ソニアはガッツポーズをとり、宝箱の蓋に手を掛けた。

 中には一体、どのような物が入っているのだろうか。ティアラか、それとも呪いによって保護されていたものなのだから、マジックアイテムの類か。

 わくわくと胸を躍らせながら、ソニアは若干重い蓋をゆっくりと開き――、


「空……ぽ」

呆然と呟いた。


 まさか空とは。呪いまで身に受けてまで手に入れた報酬が『空』だとは。もしかして、既に誰かが持ち去った後?それとも最初から入っていなかった?どちらにせよ、これはなんという呪いだろうか。不幸?いや、そんな事よりも―――。


「あたしの食費いいい!」


 涙しながらソニアはその場に膝をつき、床を何度も何度も叩いた。

「あたしの、あたしの大切な食費が……これじゃ今日も乗りきれない……。駄目だ、死んじゃう……」

 お宝が無かったという事実に脱力感を覚え、泣きながらソニアは冷たい地面に頬をつけた。床が瞳から流れ出た涙で濡れている。

 ああ、腹の音が鳴っている。空腹は覚えていたものの、これで収入が入らないと判明したため、心を満たしていた期待感の代わりに、一気に空腹感は倍増した。最早一歩も動けない。動きたくない。

 少年は目に見えた落胆ぶりを見せたソニアをじっと見つめること数十秒。


「…………奢ってやろうか、そのくらい……」

「ありがとう、ごちそうさま、元気が出たよ!」


 絞り出された言葉に、身体をがばりと起こして縋りつき、その手をぎゅっと握った。

「狙ってただろ」

「実はそうだったりする!」

 にこにこと笑みを浮かべ、ソニアは正直に答えた。

 こうして泣いて倒れていれば、大抵の人間は同情して声を掛けてくれるものだ。普段は滅多に使わない手であるが、そもそもこの目の前の少年の言う言葉が正しければ、互いは運命共同体。ソニアが死んだら少年も死んでしまう、という困った状態である。

 例え冷徹な性格をしていても、さすがにソニアにご飯を奢らざる得ない状態に青年は陥っているはずだった。それを見越して、とりあえず泣き寝入りをしてみたのだが――存外、上手くいくものである。


「たく……調子良い女だな」

 少年は小さく舌打ちをし、室内にある階段へと足を運ぶ。

「え、出口はあっちでしょ?」

 はて、先ほど入って来た巨大な扉が入口であり出口だと考えていたソニアは、自身が入って来た扉の方へと指をさす。

「は?扉って……オレが入って来たのはあっちだが……。そういえばお前、どうやってここまで来たんだ?」

 少年は二階にある小さな扉を指さしてから、目を細めてソニアを睨んだ。

 目つきが怖い。

「どうやってって、穴に落ちて、そこの扉に触れたら扉が勝手に開いて」

「なんて運の良い奴だ。いや、運だけが良い奴なのか?」

 少年は呆れ返っている。ソニアも同意して、何度も頷いた。

「ほんと、ほんと。穴に落ちた時はもう駄目だー、と思ったけど丁度いい位置に柔らかい物体があって、そこに着地してさ。命を拾ったよ」


 成程、と青年が納得しかけて、しかしはたと動きを止めて、たっぷりと間をおいてソニアを見た。整った顔の眉間に皺が刻まれている。

「……………待て。柔らかい物体って……穴の下にそんなわざわざ人を助けるような仕掛けがこの遺跡にあると思うのか?」

「けど、実際にあったよ?」

「偽の宝箱にわざわざ呪いまでかけてあるような遺跡に?」

 言われてみれば確かに。人を殺すために手の込んだ呪いまで仕掛けているこの遺跡に、穴から落ちた人間を助けるゴムボールという親切をわざわざ施す筈が無い。

「じゃあ、あたしが落ちたあのゴムボールって……うわ」


 突然、ソニアの首根を少年が掴んで自分の元に引き寄せてきた。首根が引き締まって変な声が出ると同時に、ちょっとイケメンの顔が近づいてどっきりした――のも束の間、背後を見ればそこには全長五メートルがあろうゴムボールが居た。

 いや、確実には巨大なスライム。どうやら先ほどソニアが着地したゴムボールはモンスターであったらしい。


「次から次へと、なんなんだ、今日は!」

 苛立ちを隠さず、少年は怒鳴りながら腰の剣を引き抜いた。一瞬、調子を確かめるように剣を振るい、それから小さく息を吐いて、背後に回したソニアへと視線を向ける。

「お前、攻撃系の魔法くらい使えるな?」

「もちろん!」

「よし、じゃあ、頼むぞ」

 何がどう頼むぞ、なのかは分からないが、それを尋ねるよりも早く少年がスライムに向かって剣を構え、駆け出した。


 ええい、ならばやるしかない。ソニアは手をスライムへとかざし、口の中で文言を唱える。

 魔法は、基本的には文言を唱えることで発動させる。特に初心者はこれを丁寧に行わないと、失敗率が高くなる。尤も、上級者になれば文言を唱えず簡略化し、瞬時に魔法を発動させることが可能なのであるが――、当然のようにソニアの実力ではそんな化け物じみたことはできない。

 体内で魔力が活性化していく。ソニアの脳内では炎のイメージが出来上がりつつあった。幼少期より、唯一得意であった炎の魔法。その初歩の初歩。


「“フランマ”!」


 炎がソニアの掌から飛び出した。それは僅かに火の粉の尾を引いて、真っ直ぐにスライムの方へと飛んで行き、そして。

 スライムに当たる途中で爆発して消え去った。

「あれ」

「……」

 少年の視線が冷たい。彼の碧い瞳は「使えない奴」という無言の意味が込められているのが、ひしひしと感じる。


「あ、あれ。ちょっと失敗。よくあること、よくあること。今度こそ!“フランマ”!」

 ソニアは炎の塊を飛ばした。今度こそ威力は十分だ。赤々と燃え上がった炎は、スライムへと向かって行き、そして――。

「うお!」

「あ、やば」

 少年の元へと急旋回した。間一髪、少年は身体を逸らして避けてくれて、本当に助かった。炎はそのまま真っ直ぐに落ち、床を僅かに焼いて消え去った。

「あはは……。今度こそ」

「もうお前はなにもやるな!そこにいろ!」


 三度目の正直にしようと構えるソニアに、少年は怒り頂点といった様子で怒鳴りつけてきた。頑張っているのにその言い方はなんだ、と言いたいところだが、あちらは一度炎を喰らいかけているので文句を言われても仕方が無い。

 しょぼしょぼとソニアは部屋の隅へと後退りする。その間にも相手のスライムは身体の形を変えていく。スライムのような不定形のモンスターによくある簡単な変身魔法である。まるで斧のような両腕を作り出し、それを青年に向かって振り下げた。

 ここまできて難だが、あの青年、スライムに剣が通用すると本気で思っているのだろうか。身体の柔らかいスライムに剣は通用しにくい。これはソニアですら知っている一般常識である。通用するとすれば、それは魔法がかかった剣だろうが、あの剣はどう見ても普通の細身の剣だ。

 少年は、剣を軽く握り直し、姿勢を低くする。


「“アクートゥス”」


 と、少年が呟いた。ほぼ同時に、剣が魔力を帯びて輝きだした。

 その変化を見て、ソニアは確信した。間違いない。今、少年が使ったのは魔法だ。彼も、魔法を使えるのか。

 淡い輝きを帯びた剣を手に、少年は駆け出した。よく見れば足元にも魔法を展開しているらしく、その動きは人間以上に機敏なものになっている。ひらり、ひらりとスライムが振り下ろしてくる斧の手をかわし、一凪ぎ、剣を振るった。


 剣戟が、飛んだ。光輝く凪いだ刃の形をした真空波がスライムに接触し、柔らかな身体を歪ませ、見事に切り裂いた。

 スライムの形が一瞬崩れた。それを少年は見逃さない。素早く剣を構え直し、更なる魔法の剣戟による追撃を加えた。巨大な一つなスライムが、みるみる内に切り刻まれ、八つほどにまで斬り分けられて、小さくなって地面に落ちる。

 もう、スライムに生きる力は残っていなかったのだろう。身体の端から光の粉と変化して、天へと昇って消えて行った。


 魔物の死に方は話には聞いていたが、本当に死体すら残らないとは。ソニアは少し寂しい思いに浸りつつ、魔物の死に方以上の驚きで声が出なかった。

 強い。結構強い。魔法こそ派手ではないが、それを工夫して、自分の剣の腕で補うという実力を少年は持っていた。

 確かにソニアよりも強い。戦闘能力も剣術も、魔法も。


「ほら、さっさと出るぞ」

 そして特に疲れた様子もなく、少年は剣を仕舞いながらソニアの元へとやってくる。

「う、うん……」

 先ほど、ソニアは少年がこの遺跡のモンスターのほとんどを倒した、という言葉を疑っていた。しかし、今目の前でその実力を見せつけられ、存外、それは嘘ではないかもしれないと、思い始めていた。


「あ、そういえば」

 ソニアは手をぽん、と打った。

「まだ自己紹介、してなかった!あたし、ソニア・ストライカーっていうんだ」

「……ストライカー……?」

 少年の眉がぴくりと動いた。聞き覚えのある名字だったのだろうか。

「で、君は?」

「は?」

 名前を尋ねられれば、いかにも嫌そうに少年が眉根を寄せる。

「名前、名前だよ!いつまでも君じゃあ、呼びにくいし不便だからね。勿論、名前くらい教えてくれるよね」

「一々、煩い奴だな」

 少年は小さく舌打ちをした。名前一つ名乗るのに、なぜここまで躊躇いと苛立ちを溜めているのだろうか、この青年は。案外、照れ屋なのかもしれない。

「……ジェスだ」

「名字は?」

 すると、ジェスと名乗った少年はすー、と視線を逸らした。

「そら、行くぞ、さっさと行くぞ。遺跡にモンスターが少ないといっても、奥底の何処からか湧いて来るのがモンスターだからな」

 見事に無視された。


 よほどの照れ屋、というよりも、何だかワケありのような様子だが、とりあえず金づるを逃がさない為に、ソニアはジェスの後を追って舞踏会場のような遺跡一室を後にした。


 物語の構想はまとまっていますが、

 殴り書き→改稿→放置→殴り書き→改稿→改稿

 を、繰り返している為、大変更新は遅いかと思います。


 それでも付き合ってくださる方、

 twitterで更新予告を行うので、よろしければ『千年寝太郎』で検索してください。

(専らSNS系には弱く、ここにどう載せればいいのか分からないですけれど)


 次回は魔法のうんちくとなる予定。

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