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雲の狭間にある光  作者: WAKA
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スティールバード

空を見上げた者たちがいた。

 淡い水色の世界に白雲が駆け、流れる大気は悠然としていて、その世界は地上で見るどの景色とも違っている。


空に憧れた者達は、見上げた先に興奮と感動と価値を見出した。

そんな人たちが集い、大空を舞う、ある催しが行われた。

世界大戦の終わりから実に百年近く経過。


当時の戦闘機は色あせない技術の結晶であり、それを現代に引き継ぐため、各国のレシプロ戦闘機が飛行技術を競いあった。


飛行機に魅了された人々は大いに沸いた。

 

 やがてスティールバードと呼ばれる競技に変わり、今なお多くの人々を魅了し続けている。



 スティールバード。それはレシプロ機を用いて大空を飛び、それぞれの飛行技術や機体性能を競い合う飛行格闘競技の総称である。


 各国のパイロットたちは空で最強となるべくエアファイトに参戦し、設計者たちはプライドをかけて国産の戦闘機を再び製造する。

 


 僕も空に憧れた者の一人だ。

パイロットである父さんが、ちょっとした気まぐれで僕をセスナ機に乗せてくれたのがきっかけだった。


 今も瞳を閉じれば風に乗った白雲が大気の上を駆けていたことを思い出す。

その世界は衝撃だった。世界は青い風で構成されていて、絡みついてくるそれを突き破り、さらに速度を上げた飛行機が空を引き裂いていく。

 空の世界は地上とは比べものにならなかった。速度も、吹きつける風も、何もかもが段違いだ。

 

 冷たい空気の香りも、見据える先にも青しかなかった。浮かぶ雲は僕を歓迎し、夏の日差しを受けて光る海面は、絶え間ない声援を送ってくれているように思える。地上にある全てを置き去りにして、世界に溶け込んでいる気がした。

澄み切った世界は、もやもやとぼやけていた僕の心を鷲掴みにした。


 この美しい空で誰よりも自由でありたい。速く、強く、輝いていたいと、そう思ったのだ。


 僕の目は大空に向いた。初めて飛行機に乗った日は、今の僕が生まれた日だ。


 2035年 7月


 この界隈には昼夜を問わず奇行に走る小学生がたびたび目撃されている。

 奇行であり愚行でもある少年の行動は勇名を馳せる勢いで多くの人々に知られるところとなり、一部の人からは孤高の男ではないかと神聖視されていたが、大多数の人々はしょうのない奴といった目で少年を見ていた。


 最初に少年が目撃されたのは図書館である。小学生が空中航法やら空中法規の分厚い書物をかき集め、机に運ぶ様は来館者の目を引いた。少年は読めもしない数十の本を傍らに積み上げ、机にかじりつきながら活字を脳内に取り込んでいった。

 専門書というのは意味不明な単語が散乱している。一つの単語の意味が分からず、それを調べれば更に二つの意味不明な単語にぶつかり、それを調べれば三つの難解な単語に行き当たる。こらえ性のない少年は本を読みながらウゴウゴと唸り始め、彼の心には筆舌に尽くしがたいムニャムニャが蓄積され始めた。やがて「難しくてわからん!」と駄々をこねるような怒声が響き渡り、積み上げた本は少年の理性とともにガラガラとジェンガのように崩れたのである。


 次に少年はとある公園で目撃される。なにを思ったか身の丈よりもある鉄棒に足をかけ、自ら逆さ吊りとなって逆さ腹筋を決行した。彼の友人が「それはやりすぎだ、悪いことは言わないからやめておけ」と至極まっとうな助言をしたが少年は意に介さず、「放っておいてくれ」と叫んだ。そこまで言うのなら、と奇行に走る少年を友人たちは放っておくことにした。放っておかれた少年は数時間の健闘の末、頭に上った血に血管を圧迫され、失神してそのまま落下して果てた。現場は一時騒然となり、大混乱の末、救急車が出動する大騒ぎとなった。


 この少年が惜しみなく熱情を注いだのは、一刻も早く空を飛ぶということのみである。


そのためならば腕の筋肉がちぎれるまで懸垂を繰り返すことも、口内どころか血が紫色に変色するまでブルーベリーを喰らうこともいとわなかった。


恐るべき少年の名は片桐蔵(かたぎりくら)(まさ)


他でもない僕である。


とにかく自分の力で空が飛びたくて仕方がなかった。

そこで目を付けたのがスティールバードという競技だ。

スティールバードの選手の規定年齢は十五歳以上から。現状、すぐにでも空を飛ぶにはこの競技に登録するしかなかった。


 選手になるための条件はパイロットとしての身体能力だ。視力や体力を鍛えておいて損はない。

 当時の僕は十一歳だったから、試験を受けられるまで、まだまだ先は長かった。空を飛ぶための道のりは果てしなく遠い。

 こんなふうに一歩ずつ進んでいたのでは、山の頂を見るのに何年かかるのか。憧れている場所に行けないことに僕は苦しんだ。日常に身の置き場がないもどかしさで、おかしくなりそうになったこともある。


 それでも、今は細枝のような足を動かし続けるしかないと理解していた。


 空を飛んだ日から、碧い世界への想いが消えることはなかった。


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