メーティスの暴走
飛行場に降り立った僕らは喝采を浴びた。
涼太と葵衣は破顔して喜んでくれた。ユキが顔の前で両手を振って断ったが、結局は葵衣が飛びついてしりもちをついていた。
一息ついて蛍火を調べると、驚くことに銃痕がほとんどなかった。機体に受けた衝撃を考えると、明らかに銃痕の数が合わない。僕とユキは顔を見合わせて首を傾げていた。
だが、第三者にとってこの結果は『メーティスに有人機が圧勝した』と映る。試合を見てくれていたコントロールセンターの人達、他校の生徒、防衛省無人航空開発部の人までも口々に賞賛を送ってくれる。
僕は柳を探した。何か言い返してやらねば、ときょろきょろしていると――
「蔵雅、乗せてくれて・・・・・・ありがとね」
突然、ユキが言った。
不意を突かれて僕はきょとんとする。
目が合うと、ユキはふっと笑って倒れた。
「ユキ? ユキ!」
慌てて手を伸ばし、彼女の体を抱き抱えた。
その肌があまりに冷たくなっていて、僕は青ざめた。
声を掛けても揺さぶっても、ユキは頭をぐったりと垂らしたままで反応がない。
辺りが騒がしくなる中、素早く駆け寄った涼太がユキの額に手を当てた。
「蔵雅、あまり動かすな。葵衣、救急車! 早く!」
「はいっ!」
おろおろしていた葵衣が涼太の声で体を硬くし、携帯電話を手にした。
「ユキちゃんて持病はあるのか?」
涼太が言う。
「わからない、こんなの初めてだ」
僕は首を振った。これまでユキの一番近くにいたのは僕だ。けど、こんな彼女は見たことがなかった。
「涼太、ユキを寝かせるから手伝って」
僕が言った瞬間、空をつんざくジェットエンジンが聞こえた。
つられて上を見ると、轟音と共に楔形の何かが僕達の頭上を飛び抜けて行った。後を追うようにして二機の戦闘機が飛び抜けて行く。
追われていた楔形のジェット機が彗星の如く光った。その光を浴びた二機の戦闘機は、羽をむしられた虫のようになって落ちていき、そのまま墜落して飛行場に二つの火柱が上がった。
その光景を見ていた人達は放心していたが、再び複数のジェット機が楔形を追っていくのを見てパニックになった。半狂乱になった人たちの群れは、黒々とした波に思えた。
「皆さん落ち着いて! あっちにシェルターがあるので慌てずに向かってください!」
コントロールセンターから走ってきた管制官が避難誘導をしていた。その目を恐怖で見たし、声には狂気めいたものが感じられた。その人は僕たちに気づくと、大手を振りながら駆け寄ってきた。
「君達も早く逃げて!」
「これはいったいなんですか、教えてください」
僕はユキの手を握りながら言った。様子を見て何事か察した管制官は僕を片手で制し、救急隊の手配をしてくれた。
「救急隊を滑走路へ速く!――私も深くは存じ上げません。ただ、実験中の戦闘機が急に暴走したのだと臨時ニュースで聞きました。電子機器を無効化する兵器が内蔵されているので、家電製品等の扱いには注意をするようにとのことでした」
「それって、楔形のジェット機ですか?」
「はい。この空域を目指していたらしく、現在は航空省が対応を行っていると。まもなく救急隊の車が来るので、あなた達はそれで避難してください。滑走路にある戦闘機は全て格納庫へ運ぶのでご安心を!」
僕は周囲を見回した。蛍火を含め、滑走路には点々と戦闘機が残されている。
先刻、墜落したジェット機の炎が飛び火して炎上している機もあるが、消防車の姿もサイレンもなかった。管制官が言っていた救急隊の車もなかなか姿を見せない。
「救急隊はまだですか!」
彼は焦りの色を濃くしながら通信インカムに語りかける。
「・・・・・・無傷の車が動かない? エンジンがやられた?」
管制官が言った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
蛍火が勝利を収め、着陸する数分前の出来事。
チューリング・テストで好成績を収め、その高度な知能から知識の神の名を持つメーティス。
数多のデータを元に思考し、行動は合理的かつ迅速。
メーティスの真価は学習能力の高さにある。
防衛省無人航空開発部の柳は試合開始前に言った。
『絶対に負けるな。敵機を撃ち落とし、無傷で帰還しろ』
絶対に負けるなという命令であったのにメーティスは敗北し、これまで二度も撃墜されているため無傷で帰還もできていない。
主が下した絶対の命令と結果が一致しない。
そして、任務は未だ解除されていない。
原因を調査し、速やかに命令を遂行しなければならないとメーティスは考えた。
マスタングに搭載されていたカメラの映像を回収、次いでターゲットの情報収集を開始。マスタングを撃墜した敵機が映っている飛行場内監視カメラにアクセス。同時に管理局の試合データにアクセス。
敵機、蛍火。
名称を軍部データベースと照合。一致なし。武装のみ確認。その他の正確な機体情報不明。
監視カメラ映像から機体情報を検索。一致なし。武装のみ確認。その他の正確な機体情報不明。
マスタングの試合データから戦闘力を分析。戦術を再構築。
パイロット名、片桐蔵雅。
飛行場内監視カメラ映像で容姿を確認。メーティスの持ちうるデータと照合を開始。
都市監視カメラ、駅構内監視カメラ、学校内防犯カメラの全映像と照合を開始。
葛城高校の防犯カメラデータに一致あり。
身長、骨格、顔認識、瞳の色をサーチ。一致。敵パイロットを片桐蔵雅と断定。
製造元不明機及び片桐蔵雅を脅威と認定。
任務遂行のため、戦術及び戦略を構築。
絶対の勝利を得るため、レシプロ機以外の戦闘機を選択。現状、メーティスで行動可能な戦闘機を検索。
五十キロ先にメーティス搭載機EF-22、イリスが訓練飛行中。
イリスとのドッキングを開始。
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ただ一つの命令のために多くを犠牲にするのは合理的ではない。
メーティスは本来ならばあり得ない判断をし、行動に移した。
これはもはやメーティスではない。イリスを乗っ取ったのはメーティスから生まれた何か、だ。




