生きている飛行機
午前二時。他の皆は帰宅したが、僕は一人で格納庫に残っていた。ほどほどにしときなさいよ、というユキの忠告もあったが、結局はこんな時間になってしまった。
蛍火のコックピットには見たこともない計器があった。年甲斐もなく与えられた玩具にはしゃぐ子供になってしまう。新たな機体や機器を見るとパイロットの血が昂ぶるというものだ。
コックピット内部は計器が多い分、適度な空間があり座りやすかった。重量増加を防止するため極端に狭い戦闘機もあるが、この機体はパイロットの疲労軽減をきちんと考慮して作られている。
一式戦闘機の射撃照準器は望遠鏡のように覗きこまなければならなかったが、蛍火は光像式照準器なので視野が狭まらずに済む。機体重量が増せば操縦桿も重くなるが、触った感じだと難なく動かせそうだ。おまけに双発エンジンの性能は申し分ない。早く飛ばして見たくてうずうずする。
こうしていると初めて戦闘機に乗った日を思い出す。あの時も早く操縦したい一心で、何時間も計器と睨めっこしていた。空へ思いを馳せる純粋な気持ちが湧き上がる。本当に久しぶりのことだった。
「飛ばしてやるぞ。お前は僕と一緒に誰よりも速く飛ぶんだ」
誰に言うでもなく独りごちる。
フオーン、と声が聞こえた。後席から聞こえた声に振り返ってみる。蛍火のコックピットは複座式だ。前席と後席が互いの背を合わせる様に設置され、レーダーや兵装の操作ができる後席は何かと計器が多い。その中で埋め込まれた水晶が青く発光していた。
また喋った。僕は思った。
「これもう、偶然じゃないよね」
ふと、蛍火のスピーカーから流れた女性の声を思い出す。
『蛍火は特別な機体です。その真価は操縦士との同調にあります。操縦士と蛍火がうまく同調できれば、天空の覇者となることが約束されることでしょう』
「お前ひょっとして、僕が言っていることがわかるの?」
応える様に蛍火が鳴く。
途端にガチャン、とキャノピーが閉まった。僕は何もしていない、ひとりでに閉まったのだ。
唖然としていると、蛍火に搭載されている三つのエンジンがどおん、と音を立てて大気を震わせた。両翼と腹部のエンジン音は凄まじいもので、耳を手で覆いたくなるほどだ。しかし、同時に胸が高鳴る。エンジンが回転する度、僕は空に一歩近づいていく。体を縛る鎖が一つずつ外れていくようだった。
「す、すごい! 生きてるんだ!」
僕は座席の上で飛び上がった。
「旧校舎の地震も、唸り声もお前だったんだろ? すごいな、こんな飛行機初めてだ!」
だが、鈍い爆発音の後にプスンと情けない音を立てて蛍火は静止してしまった。
開け放していた格納庫の扉から冷たい夜風が吹き抜け、遠くでさわさわと木の葉が擦れる音が聞こえてきた。
「――まだ無理だよ。焦らなくても僕が飛ばしてやるから」
再び蛍火がフオーンと鳴き、キャノピーが開いた。




