序章
数ある作品の中から、このページを開いていただきありがとうございます。
夏! レシプロ戦闘機! なんて書き始めたお話ですが、真冬に投稿となってしまいました。
お気に召しましたら、今後ともお付き合いくださいませ!
1945年 8月
紺碧の空があった。
春にはあった雑木林も国民学校もみな焼けて人も街もくすんだ色を帯びているが、空だけはどこまでも青く輝いていた。
照りつける太陽が押さえつける様に大地を炙る。空気は錆びついていて、微かに夕立前の匂いを漂わせていた。
夏の空の下、白衣を着た女性が風に吹かれて立っている。
「これからお前を埋めないといけないの」
白い手が深青色の鋼鉄をそっと撫でた。
彼女は森の中で咲く君影草のように、すっきりと優しい姿だった。しかし、その表情は暗鬱としていた。かつての艶やかだった微笑みは面影もなく、重く垂らした黒髪と共に感情まで覆ってしまっている。血筋の透けた耳たぶと頬が上気しているのは、中天の陽射しが強いことと、悔恨の念を孕んでいたためだ。
「私達は戦争に負けた・・・・・・でも、お前だけは渡したくない。いつかきっと出してあげるから、私が無理でも他の誰かが。きっと、きっと出してあげる、そしていつかあそこへ」
彼女の眼には涙が浮かんでいた。
「諦めないで。空を飛びたいときは叫びなさい」
様子を眺めていた軍服の男が舌打ちをして近づいてくる。
「早くしていただきたい。この場を米兵に見られたら元も子もない」
「はい、すみません」
黒い雨雲は狡猾な獣のように忍び寄っていた。唐突に辺りは暗くなり、ぱらぱらと雨が降り始めた。ここより遠い空の匂いが雨の中に混じっていた。
「ごめんね、蛍火」
彼女はゆっくりと飛行機に振れていた手を放した。
そう、きっとそれが全ての始まりだった。僕たちが蛍火と共に戦ったことを結びとするなら、始まりは昭和二十年の暑い夏の日だったのだろう。地下で孤独と戦い続けた飛行機が僕らと出会ったのは、これよりおよそ一世紀後の夏だった。