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まぁ、パーティ終了まではまだ少しあるし、その間に頭が冷えないようなら、実際に連れて行って、寂しがったら戻せばいいか。
そう判断した俺は、適当なところでアロイス様の場所を指し示し、危険物マリーを隔離させた後、今だ固まったままのフランツ神官の修復を試みた。
「義弟殿?」
俺の呼び掛けに、ぎぎぎぎと首を動かしたフランツ神官は、俺と目が合うや否や、ほぼ泣きながら縋りついてきた。
「ど、どうすればよろしいのでしょう? マリー様に、嫌われてしまったのでしょうか!?」
動揺のあまり、様付けに戻っている。というか、キャラが崩壊しすぎじゃないか? これでも俺は、約束の神子という、神の御言葉を唯一聞ける特別な立場の神官を、尊敬している一国民なんだが。
旅の最中も、冷静で的確な判断を下すお二方に、施政者というものはやはり違うのだな、と感心していたんだが。
「おちついてください。二週間触ったり、話しかけなければ許してもらえると言われているのですから」
「そ、そうですね。そうですよね。二週間……。にしゅう、かん……」
一旦落ち着いたようにみえたが、あまりの期間の長さに絶望したようだ。さもありなん。その前の二週間が天国だったとすれば、これからは地獄だろうからな。
「話しかけられないのは、パーティ終了後からです。流石に、今は無闇に触るのは控えた方がよろしいかと思いますが、マリー様に精一杯謝罪をして、今の内にお怒りをおさめていただけば、期間は短縮されるかもしれません」
俺の言葉に光明を見出したフランツ神官が、即座に駆け出そうとするのを必死にとどめ、注意を促す。
「今、マリーは、アロイス殿下と久しぶりに会ってお話中です。それを邪魔すれば、却って怒らせてしまいます。お二人の会話に割り込むことはなさらないように」
素直にこくこくと頷くフランツ神官。どうやら、少し落ち着いてくれたようだ。
「あぁ……、いっそ、パーティを終わらせなければ……。そう、皆をずっとここに閉じ込めてしまえば……」
前言撤回。落ち着いてない。流石にないとは思うが、神が今の願いを叶えて、パーティが一生終わらない事態にでもなってしまったら、大変だ。
俺は、なおも危険な独り言を呟くフランツ神官を連れ、マリーの元へと向かった。
結局、俺と、フランツ神官の危うさを瞬時に理解したアロイス様の必死の説得により、マリーの接触禁止令は三日にまで短縮されることとなる。
マリーは、その間、城とトルースト邸に泊まり、三日の後、フランツ神官に連れられて帰っていった。期日が来ると同時の迎えだった。
その関係は今でも変わらないようで、時々、マリーは城や我が家に来て、ひとしきりフランツ神官への愚痴を話す。そうして、暫く経った後、フランツ神官に連れ戻されるのだ。
おかげで、マリーによく似た二人の子供は、俺とアロイス様にとても懐いている。うちにはまだ子供がいないので、とても可愛い。その可愛さは妻が、時々おやつでおびき寄せて誘拐しそうになるほど。
言い忘れていた。マリーが結婚した後、俺もアロイス様も結婚した。どうやら、フランツ神官が神に祈ったらしい。マリーが「大好きな旅の仲間が幸せになれる伴侶を見つけて、皆でわいわい家族ぐるみの付き合いが出来たら楽しいよね」と言ったからだそうだ。
基本的に、約束の神子が存在している場合、神が約束の神子以外の神官へ言葉を届けるようなことはしない。そんなことをせずとも、直接話せる相手が側にいるのだから、まぁ当然ともいえる。
それが、いきなり、神からの天啓が各神殿へと舞い降り、英雄に相応しい相手を選んだ、との話が来たときには、てんやわんやの大騒ぎとなったものだ。よりによって、天上人たる神が、個人の仲人を買って出るとは。しかし、神の思し召しとあっては異を唱えることが出来るものなどいない。
我々の結婚は、最優先事項として進められ、互いに相手と会う暇すらないほどの勢いで決まっていった。
そうして、あっという間に決まり、実行に移された婚姻だったが、今では彼女以外、考えることも出来ないほどの順調っぷりをみせている。マリーへの求婚も、彼女と知り合った後なら無理だっただろう。
アロイス様も、今ではすっかり愛妻家だ。少しやきもち焼きな彼女のため、マリーは抱きつけなくなって残念そうだが、マリーの望み通り、三家族は皆仲がいい。
旅に出る前は思ってもみなかった。俺が、王族の一人と約束の神子なんていう、天上人と共に笑いあう生活になるなんて。自分では淡白な方だと思っていたのに、誰が一番、妻を愛しているかなんて話題に、自分が一番だと積極的に言い争う姿なんて。三人が互いに譲らず、やがてそれぞれの妻がやってくるまで、決着着かずに終わるほど白熱するなんて、予想だにしていなかった。
ひとつ不満があるとするなら、妻達に、誰が一番夫を愛しているかと問うと、あっさりとアロイス様の妻だ、という結論が出るところか。
マリーも妻も、そこまででもない、と譲ってしまうのだ。二人きりになると、私が一番愛してるわ、と言ってくれる照れ屋な妻は可愛いが、たまには皆の前で主張してほしいと思ってしまう。だがまぁ、その代わり、一番である証拠を毎回ねだることが出来ているので、それはそれで悪くないのだが。
そんな毎日がずっと続いていくかと思うと、思いもしなかった未来も悪くない。
前の二人は、マリーを本当に好きでしたが、騎士ケイリーだけは友情でした。神官や王子が、ケイリーまで求婚するとは見抜けなかったのも当然ですね。だって、恋心が存在しなかったんだもの。でも、恋してなくても結婚するって、まぁそれなりに結構あることだし。
そんなわけで、傍観者としては結構良いポジションにいたともいえますね。
因みに、ケイリーは、必要のあるときは長文だってきちんと喋ります。ただ単に、自分から積極的に話そうとしない、面倒くさがりなだけで。単語ぶつ切りでしか喋れない人は、無口じゃなくて、失語症ですよね。病院へ通ってのリハビリがお勧めです。
というわけで、4人の物語はここで終わりです。最初、第一王子視点も入れようかと思ったけれど、ない状態で結構収まりもいいと思うので、ここらでおさらば。お付き合いありがとうございました。




