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振られた相手も、選ばれた相手も、マリーも全てが不幸になる結婚。それは勘弁してほしい。俺は、この旅で出来た仲間を、気に入っているのだから。
それを防ぐにはどうすればいいか。考えた結果、出た結論が自分との結婚だったという訳だ。
俺は、今のところ慕わしく思う存在もいないし、我が一族の当主が彼女を気に入り、彼女も当主を気に入っているようなので、その孫に嫁いでくれば、彼女の生活は安泰だ。
それに、自惚れでなければ、俺自身のことも、それなりに気に入られていると思う。恋愛感情は互いにないが、兄妹のような関係は築いていたはずだ。
それなりに平穏で、安定した暮らしをしたいならくればいい、との思いからした求婚だったが、マリーが選んだのは、フランツ神官だった。
「温泉がなければ、ケイリーさんのおうちに行ったのに」と言っていたマリーだが、流石に、一生の問題を風呂で決めるはずもない。照れ隠し半分、選ばなかった俺への配慮半分といったところか。
フランツ神官の強すぎるように見える愛も、女性から見れば魅力的だったということなのかもしれない。
そうして、マリーがフランツ神官を選ぶと、フランツ神官は気が変わる隙もないほど素早く、マリーを屋敷に連れ帰った。あれは、攫ったといわれても文句の言えないレベルだった。マリーは、殆どの人と別れの挨拶を言うことすらなく新居へと向かったのだ。
とはいえ、新婚生活に入るかどうかは、女性であるマリーの意思で決定される。まさか、初日早々、新婚になることはないだろう、と、祝いの面会を望んだのだが、予想は外れ、初日から新婚生活に突入したとのこと。
あのマリーが。
一瞬意外に思った俺だったが、案外、マリーは早い段階からフランツ神官に想いを寄せていたのかもしれない。
そう思って思い返してみると、マリーはフランツ神官に頭を拭かせたり、首に触ったりと、スキンシップも多かった。マリーの世界ではそれが普通だと聞かされていたが、やはり何らかの親しみの発露だったのだろう。何だ、俺が気を揉む必要は全くなかったわけだ。
俺は、可愛い妹分の幸せを願いつつ、悲嘆に暮れるもう一人の旅仲間を慰めるため、鼻歌を歌いながら歩き出したのだった。
二人の新婚二週間後、皆を集めた大々的なパーティで、俺達は数少ない新婦側で出席した。主役の一人として大勢の相手と対することになり、少し疲れた様子のマリーに話しかける。
「マリー、結婚おめでとう」
俺の声に、ぱっと振り返ったマリーは、輝いた表情でこちらに腕を伸ばす。
「ケ、ケイリー! 会いたかったよぉ~。私、今からでもそっちの家でメイドして働きたい……」
ようやく見慣れた相手に会えて安心したのか、冗談まで飛び出す。思ったより元気そうでこちらもひと安心だ。
しかし、新婦が、兄貴分とはいえ、男に抱きつくのはまずいだろう。フランツ神官は嫉妬深いだろうし、事情を知らない周りから見れば、俺は敗れた求婚者なのだから。
すっと、マリーを引き離し、改めて向き合って言う。
「幸せになれ。うちは実家だから、いつでも帰ってくればいい」
そう。結婚はフランツ神官としたマリーだが、それが決まった瞬間、俺の家は、マリーを養女とすることにした。
名目は、貴族であるフランツ神官と身分的な釣り合いを取るため。実際は、救世主は身分にとらわれない唯一絶対な存在のため、必要ないが。一応、何かあったときの逃げ場となれるよう、提案したのだ。
マリーに提案したときは、まだ予定でしかなかったが、お爺様が一も二もなく賛成してくれたため、晴れてマリーの実家は、このトルースト家となった。戸籍上の兄妹となったのだ。
頭をぽんぽっと撫でてやると、ふにゃっとした顔になる。
「うぅ。帰りたい。帰りたいけど、いつ帰れるんだろ……うわっ!」
「なら、今度、一緒に参りましょうか。貴方の実家への挨拶は必要でしたし」
いつの間にかやってきていたフランツ神官が、後ろからマリーを引き寄せ、後頭部に口を寄せる。マリーからは見えないようにしているが、俺を睨む眼の鋭いこと鋭いこと。そんなに威嚇せずとも、マリーを奪ったりしないと言おうかとも思ったが、マリーが不幸になるようなら、奪い返す気なことを思い出し、沈黙する。
何も言わない俺をどう思ったのか、マリーを抱き寄せる力が強まり、マリーがぐぇっと潰れた。
「いつがいいですかね、マリー? 貴方が遠出できなくなる前に、一度時間を取らないとなりませんね」
言い方こそマリーに問いかける形だが、眼はこちらを睨みつけていて、意識は完全にマリーを狙うお邪魔虫への牽制である。その証拠に、苦しがっているマリーに気付いていない。
このまま続けても、俺自身は一向に構わなかったのだが、マリーの方に問題があった。
ぺたぺたとフランツ神官の手を叩くマリーの力が、段々と弱まってきているようなので、指を差す。
「はい? ……マ、マリー! すみません!」
ふぅ。流石に、新婚お披露目で新郎に窒息させられ新妻死亡、怒った王族と、新郎の約束の神子が死闘を繰り広げた、なんてのは洒落にならないし、ショックで新郎が世界を滅する魔となったりしても困る。それ以前にマリーが失われるのはもっと困る。せっかく出来た俺の妹だ。色々な意味で助かった。
「ふぅっ。死ぬかと思った……。フランツ、反省して」
「はい。すみません、マリー。どうすればよろしいですか? 何をすれば許していただけますか?」
マリーに睨まれたフランツ神官は、一気に萎れ、縋りつくような弱々しい声で謝る。言われたマリーは、少し考えて言った。
「二週間。パーティ終わってから二週間、私に触らず近寄らず話しかけないで」
「え!?」
「出来なきゃ離婚」
即座に言われた言葉に、固まるフランツ神官。真っ青な顔色に、流石に気の毒になる。
「二週間は長くないか、マリー?」
まぁまぁ、と口を挟んでみたが、怒りは収まらない。それどころか、こんな言葉まで飛び出す始末。
「長くない。ケイリー、いつでも帰っていいって言ったよね? 二週間、泊めて?」
確かに言った。俺の方は、勿論構わない。……構わないんだが、マリー。君は、横で石像と化した夫を本当に置いていけるのか? いっちゃなんだが、風が吹いただけでさらさらと崩れそうな勢いだぞ?
一応、新婚家庭崩壊の危機を見てしまった第三者の責任として、何とか宥めようとしてみたが、意固地になっているようだ。マリーの怒りは少しも収まる気配はなかった。




