無口な男 1
聞いてもらえるだろうか。無口と言われた俺の話を。
俺が彼女に求婚したのは、別に彼女に恋したからじゃない。勿論、結婚してもいいかと思う程度の情はあったが、それは妹を可愛がる兄のそれに近いんじゃないかと思う。
なら何故求婚したのかというと、なんといえばいいのか悩むが、まぁあれだ。彼女の逃げ場になれればと思ったんだ。
知っての通り、俺達は世界を救った英雄となった。特に、おまけとして付いていった俺達とは違い、彼女は、いなければ魔を倒すことは出来ないと言われた平和の立役者なわけだ。
誰もが崇め、あわよくば彼女を、と願うものも少なくない。何せ、彼女は異世界人。後見も何もないまっさらな状態の彼女を手に入れれば、その家はとてつもない恩恵を受けることが出来る。
事実、国に戻った我々の元には、物凄い数の縁談が舞い込んだ。だが、彼女に届いた求婚は三つ。アロイス様とフランツ神官、そして俺だ。
本当は、彼女と縁組を願う者は多かった。だが、そんな縁談を全て二人が叩き潰した。彼らは、王族、約束の神子という元々の力に加え、英雄であるという立場をフルに活用し、彼女へのアプローチを徹底排除した。
一応、建前としては、身分をもたない彼女の意思が尊重できるよう、家の利害が絡んだものは認めない、という形だったが、あれはライバルを増やしたくないという、二人の必死さだったと思う。
何せ、風呂が大好きで、風呂と結婚したいとまで言った彼女のために、アロイス様は宮殿の風呂場を拡張させてしまったし、フランツ神官なんて、神に祈って自宅にお湯が湧き出すようにしてもらっていた。彼女の世界ではそれを温泉といって、何よりも極上の風呂という位置づけらしいが、まさか個人のために祈り、それが聞き届けられるとは思わなかった。
まぁ、俺としても、幸せになってほしい彼女が、彼女自身を見ていない相手と添うことになるのは不本意なので、二人が他を排除していたことには異論はなかったのだが。
そこまでして愛されている彼女だが、ぱっと見、そんな二人の想いにいまいち気付いていない気がしたのだ。
ずっと旅を続けてきたのだから、それなりに慣れてはいるが、何というかこう、お役目のために一緒にいてくれてるだけ、とでも思っていそうな。好きは好きでも、お気に入りのおもちゃや小動物的な扱いで、男女のそれとは全く思われていないように見える。
何故というのも、マリーの俺たちに対する態度が、どんどん異性にはしないであろう態度に変わっていったからだ。
我々が旅を始めた当初、彼女は俺たちを警戒していたように思う。それは別に、俺たちが悪人だとか、人間的に信用できないというのではない。ただ単に、男に対して女が普通にする常識の範囲内での警戒というだけの話だ。
旅の最初、マリーに簡単な旅の説明をするためについてきていたマリエ嬢には遠慮なく触り、屈託なく話していたころのマリーは、男に抱きついてくるような真似はしなかったし、気軽に頭を撫でられるような雰囲気も持っていなかった。俺達の間には、男女としては当然の境界が存在していた。乗馬の際だって、最初はがちがちに緊張し、落ちぬようにしつつも、少しくらいは離れられないかと、こっそり試行錯誤していたのも知っている。
それが、どうだ。
確かに、乗馬で荷物のように遠慮なく支えたりしたのは我々だが、それは別に、俺達が彼女を女性としてみていない訳ではない。ただ単に、もっと優先すべき事項があっただけだ。落としたら死ぬという状況で、羞恥心の方を優先させられる訳がない、というだけのことだ。
それなのに、彼女はあっさりと、俺達にとって、彼女は異性として見る対象ではないと思い込んだようだ。
フランツ神官が女性が見たら気絶しかねないほど蕩ける顔をして、マリーの髪を梳いていても、照れるどころか、拭き方が気持ちいいと、身体を預けて転寝をする始末。アロイス様もことあるごとに馬の揺れに紛らせて、マリーの頭に口付けしていたが、マリーは全く気にしなかった。というより、あれは多分、気付いてすらいない。以前なら絶対に気付き、顔を真っ赤にさせて、馬から下りた瞬間に速攻で離れていただろうに。
かといって、俺達とマリーの仲が深まらなかったのかというと、そうではない。ただ単に、恋愛方面に進まなかっただけで、マリーは、俺達がいればくつろげる程度には俺達を信用してくれるようになった。それと同時に、少しずつ遠慮も減っていくこととなる。
俺も「お兄ちゃん」と呼ばれたことがあるが、アロイス様も「お兄様」、フランツ神官にいたっては、「マ、……パパー」と呼ばれていた。多分、ママと呼ぶのは流石に悪いと思って言い換えたのだろう。女性扱いは失礼だろうと言い直した努力は買うが、残念ながらあまり変わらない。恋する男達は、想い人から対象外扱いされて、その繊細な心にぐっさりと刃物が刺さっていたのが涙を誘ったものだ。
マリーは、ノリの悪い二人に不満そうな顔をしていたが、流石にそれは酷だろう。そこで、マリーが追い討ちをかけないよう俺が相手を買って出たところ、マリーが大層喜んだのは、不可抗力だ。他意はない。しかし、そのせいで二人に睨まれた。……まぁ気持ちは分からないでもないが、理不尽な気持ちが否めない。俺もまだまだ修行不足のようだ。
その後も、二人はそれなりに相手を牽制しつつ、あの手この手でマリーへのアプローチをしていたが、最優先の魔物退治を忘れる二人ではなかったせいか、マリーは全く気付かなかった。どうも、元の世界では、友達同士で気軽に「好きだ」「私も好きー」というやり取りをすることがあったらしく、婉曲な褒め言葉など「あ、そう? ありがと」で済まされる程度のものでしかないらしい。
最初は、使命が重くのしかかり、色恋にまで頭が回らないのかとも思っていたが、風呂にかける情熱を見ると、どうもそうではないと思える。ただ単に、二人(俺も含めて三人) に、異性を感じないだけだろう。使命以外の大半を占拠するほどの想いを抱えている二人と見事に対照的だ。何というか、あまりの不憫さに、涙を禁じえない。
正直、ここまで両者の想いに温度差があると、愛されているだけでは埋められない溝が存在すると思うのは気のせいではないだろう。むしろ、その重すぎる愛にマリーが潰され、結果、娶った相手も壊れそうだ。




