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その日は、どこかふわふわと浮ついた心持ちで仕事をしていた私に、その知らせはもたらされた。
「今、私を呼び出したということは、これからどうするかを決めた、ということかな?」
精一杯何でもない風を装って、尋ねる。実際には胸が破裂しそうなほど緊張していることなど、マリーに見せるわけにはいかない。
しかし、そんな努力は、次の言葉で無へ帰すこととなる。
「はい。色々と考えてみたんですけど、フランツさんのところが良いかなって」
その少しはにかむような顔が、どうしてだろう? 見るのが今は辛い。
「そう、か……。アインハルトがいい、か」
アインハルトなら仕方がない。そう晴れやかに思う自分と、選んでもらえなかったことに絶望する自分。
真っ直ぐ自分の想いを貫くアインハルトが、神以外の生涯を捧げられる相手を見つけられたことは嬉しい。その相手が、自分にとっても好ましいと思える人物であるならば、特に。
ましてや、その相手は、自分にも好意を示してくれているのだから、相手に遠慮して、アインハルトと疎遠になるという心配もないだろう。そのように理想的とも言える相手が、これからも付き合いの続くであろうアインハルトを支えてくれる事は、慮外の喜びのはずなのだ。
「振られてしまっては仕方がない。けれど、神官がマリーを不幸にするようならいつでも言うがいい。すぐに浚いに行くから」
私は、茶目っ気たっぷりに、笑ってみせた。恐らくそれは成功したのだろう。辛かったら、すぐに逃げ込むから、という軽口が返ってきたのだから。
私は、そう言われたことを口実に、王家のメダルを渡した。
「うわぁ、綺麗。でも、これって物凄く高いんじゃありません?」
あまり高価なものをもらう訳には、と躊躇うマリーの手の中に押し付け、それを使えば、王城へいつでも入れることを告げる。例え使われることがなくとも、形に残るものがマリーの手にある限り、私を忘れないのではないだろうか、という、醜い未練は隠して。
その時、ぽすんと軽い衝撃が、私の身体を襲った。
「うわぁ! フェルさん大好き!」
満面の笑みで抱きついてきたマリーだった。
「お休みもらったら、すぐに来ちゃいますからね!」
私の服をぎゅっとつかみ、反論は許さないとばかりに真っ直ぐ私の眼を見つめるマリー。たった今振った相手に無防備すぎるその姿。くらくらする。
いっそ、どこかへ閉じ込めてしまおうか。けれど、マリーが選んだのはアインハルトなのだから、それをしてしまえば、この笑顔は失われてしまうのだろう。
ならば私は、変わらず笑顔を向けてくれるマリーと、幸せになる幼馴染を祝福するのが一番なのだ。
「あぁ、待ってる」
マリーの後ろで彷徨わせていた手を背中に回し、笑って軽く抱きしめると、満足そうに頷くマリー。絶対に行きますからねー、と手を振り去っていく姿に、こちらもきちんとした笑顔が返せているといい、と思う。
願わくば、このやせ我慢がいつか、優しい思い出話とならんことを。共に旅した四人が、幸せに過ごすことを望もう。今はまだ少し、心の傷が痛むけれど。
そんな私達の感傷に配慮することなく、神託がもたらされたのは、マリーとアインハルトの蜜月が終わって暫くのこと。
此度の功労者であるケイリーと自分に、生涯の伴侶を、とのことだった。
まともに失恋を消化する暇すらなく、相手が決まってしまうとは……。だが、神自らの指名とあっては、断ることなどできるはずもない。私達は、相手に会うことすら出来ぬほど慌ただしく、婚姻の準備を進めることとなった。旅の仲間の慶事に、我が事のように喜ぶマリーを遠目に見ながら。
……神よ、私は何か悪いことをしてしまったのでしょうか?
約束の神子ではない私に、神がお答えくださることはなかった。
というわけで、不憫なフェルさんでした。
実は、フェルさんにもばっちりチャンスは有ったということを彼が知るのは、それなりに後のこと。その時、悔しがったか、今ではよい笑い話となったのかは……、未来のお話です。
さて、四人目は勿論、勇猛な騎士ケイリーです。それではまたー。




