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私の気持ちは、殿下にもケイリー殿にもばればれだったでしょう。殿下がマリー様に想いを抱いていることが、簡単に分かったように。けれどケイリー殿は、マリー様に対して、異性としての興味を抱いていないように見えました。マリー様を大切に思わないわけではないが、恋情とは異なるものなのだと。
それが間違いだと分かったのは、見事、魔を滅することが出来た後。城へ戻る最中、日に日に鬱々とした表情になっていくマリー様に、耐え切れず、強引に悩みを伺った後のこと。
マリー様は、暖かな家と自分の家族がほしいと望まれました。けれど、それは無理だと思い込んでいらっしゃったのです。
我々は、即座に望みを叶えると約束いたしました。
マリー様の望み。それを我々は、城に帰った後も、この世界へ留まってくださるという決意の証と捉えました。元々の世界にある暖かな家、本当に素敵な方たちばかりだと思える家族。それがどれだけマリー様にとって大事なものか、言葉少なに話すときの焦がれるような表情が雄弁に物語っています。それらを捨ててまで、こちらの世界にいてくださろうという何があったのかは分かりません。
けれど、私はその宣言に縋りました。マリー様は、伴侶を迎え、共に歩むことを望まれている。その伴侶に選ばれることが出来れば、どれほど幸せなことでしょう。
マリー様の望みを聞いた王は、早速マリー様の地位と住処を与えられました。そして、広くマリー様のお相手を募集しようとなさいましたが、それを阻止したのは我々でした。
「救世主は、心で結びついた関係を望んでいる。その地位につられ、力を利用しようとする輩との婚姻は、彼女の望むところではないかと」
「神は、彼女を愛し子と呼び、とても大切に思われております。そんな彼女が不幸になれば、神の御心が離れることも考えねばなりません」
「政略的な結婚は、彼女を不幸にするだけでしょう」
我々の説得に、王は頷かれ、彼女が顔と名前も一致しないような相手からの求婚を禁ずることを約してくださいました。
マリー様が旅立たれる前に話をしたのは、我々を除いてほんの少数。独身男性となり、名を名乗った者ともなると、数名しかおりませんでした。その数名も、遥か昔に少し話しをしただけの相手。マリー様は、一応覚えていらっしゃいましたが、印象は何も思いつかないようでした。
そのような相手に、マリー様を任せることは出来ません。マリー様の夫候補は、私か殿下の二択になるかと思われました。そんな時です。
「すまないが、私も参戦させてもらう」
ケイリー殿も、マリー様に対しての求婚を表明したのです。ただでさえ、殿下という強敵がいるというのに、更にもう一人。私は、絶望しました。
殿下は、人柄は素晴らしくとも、色々な柵のあるお方。身分というものになじみがなく、しきたりに興味の持てないマリー様にとって、殿下との婚姻は敷居が高いことでしょう。ならば、私を選んでくださるかもしれない、そんな細い糸のような可能性に縋っておりました。
しかし、ケイリー殿には、その様な枷がない。兄と呼び親しんでいるケイリー殿となら、マリー様は穏やかで幸せな家庭を築けると思うのではないでしょうか。
私は、暗澹たる気持ちを抱えたまま、神に会いに参りました。我々は、神にとって、仲間の創造物を壊した身。ご機嫌を害されていなければ良いが、と思っておりましたが、その心配は杞憂だったようです。
神は、にこやかな笑顔で迎えてくださいました。
「お疲れ様。良かったわね、勝てて」
「ありがとうございます。これも、偏にマリー様を遣わしてくださった神のおかげです」
「その割には、浮かない表情しているわね」
「そ、それは。申し訳ございません」
慌てて謝る私に、神は楽しそうに仰いました。
「いいのよ。気に入ったのでしょう? あの子のこと」
ね、良い子だったでしょう? と、我が事のように自慢なさった神は、お気に入り同士が仲良くなることを望んでおられたようです。
「はい。ですが……」
「気に入ったのなら、どうすればいいかを考えなさい。後ろ向きは駄目。あの子にいえないような手段も駄目。どうしたら自分といたいと思ってもらえるか考えなさい」
神のありがたいアドバイスに、私は必死に考えました。
マリー様が喜ぶこと。真っ先に浮かんだのは、やはり風呂のこと。そういえば、マリー様の世界には、地面から人体に効能のあるお湯が湧き出すことがあり、それは温泉と呼ばれるとか。特に、露天温泉は格別な気持ちになる、至高の風呂なんだとか。
「神よ。この国に、マリー様の言う温泉は存在しますか?」
もし、温泉が存在するならば、そこに居を構えれば、マリー様もそこに住みたいと思ってくれるかもしれない。そんな考えから発した質問に、神はあっさりと頷きました。
「えぇ、あるわよ。けれど遠くて、貴方、ここに通えないわ」
それは困ります。約束の神子が、神にお伺いを立てられぬ場所に移動しようなど、国民が許すわけがありません。
この案は使えないか、と肩を落とした私に、神はにんまりと笑って仰いました。
「ただし、貴方の庭に温泉を作ることならできるけどね」
「え!?」
「欲しい?」
楽しそうに仰る神に、私は考える前に頷いておりました。
「ふふっ。なら、作ってあげる。あの子がうっとりしちゃうような、極上のやつをね」
そうして神は、本当に我が家に温泉を作ってくださいました。いつでもこんこんと湧き上がる湯気。石で囲まれた窪み。とても不思議な光景でした。
「あの子が一番馴染みのある温泉にしたから、きっと一目で気に入ってくれるはずよ。頑張ってね」
そう言って、神殿へと戻っていく神を、心からの礼で見送り、マリー様に会いに行きました。




