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世界で一番  作者: 北西みなみ
敬虔な神官
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それから、心を入れ替え、誠心誠意お世話させていただきました。マリー様が望んでいることは何か、見知らぬ土地に一人きりの少女が、何を必要とするのか。改めて、マリー様を見ていると、今までは見えていなかったことが見えてまいりました。


例えば、マリー様は焼き魚を好んでおられること。何を食べても文句も言わず、反対にさほど喜ぶこともないマリー様。食には興味がないように見えて、焼き魚のときは、他の食事のときより、ほんの少しだけ席に着くのが早くなるのです。


殿下と相乗りされるときだけ、殊更身体を密着させるのは、殿下がいつも、マリー様と私達の相乗りに口を出されているからでしょう。


ケイリー殿は、周囲の心の機微に聡いようです。だからでしょう。何か困ったことがあると、ケイリー殿のことを最初に頼ることが多いのです。ケイリー殿は主に護衛として、私は主にマリー様のお世話係として同行しているというのに。遠慮がちに、ケイリー殿の耳に何か囁くのを見て、殿下と二人、言いようのない悔しさをかみ締めることもございました。


恐らく、ご両親から沢山の愛情を受けていたであろうマリー様は、頭を触られることがお好きで、誰かに撫でられると、ふにゃりと頬を緩ませられます。


今では、すっかり私の役目となった、お風呂上りの髪拭きの際など、無防備に寄りかかり、すっかりくつろいだ表情で、そのまま眠ってしまわれることもしばしば。


タオルを「ん」と突き出しながら、うとうととした眼で椅子に座るマリー様。私が拭き始めると、身体を私に預け、私のするがまま。時々、髪を強く引っ張ってしまっても「うー」と仰るのみで、謝るよりも続きを求められます。


終わった後、暫く離れず、立つ時ねだるように腕を伸ばされるのは、幼い頃、ご両親にそうやって甘えていらしたのでしょうか?


私が、親御様の代わりに、精一杯優しく抱き上げると、満足そうにお礼を述べられ、お部屋に戻っていかれます。


そういえば、マリー様の国では、眠る前に「おやすみなさい」という特有の言葉で挨拶をする習慣があるそうです。最初、私達に「さようなら」と言われた救世主様が、ぽかんと固まった後「私をどこに捨てていくつもりですか!?」と、袖にしがみつかれたものでした。誤解が解かれるまでの間、ずっと放していただけなかったことが、昨日のように思い出されます。


今ではすっかり、皆「おやすみなさーい」と言う癖がつき、段々と我々以外の間でも使われるようになってきているようです。「沢山の挨拶は、人と人とを結びつける」という、マリー様のお考えが、国に浸透していっているのでしょう。平和を愛するマリー様が、国人の心まで豊かにしてくださっているのです。


そういえば、何度か、異なる習慣、考え方の違いにより、互いの言動の意味を取り違えることがありました。


マリー様が突然、「ケイリー孫いるの!?」と叫ばれた時は、マリー様も、聞いていた我々も皆、顔に驚愕を貼り付けておりましたものです。


何故そんな勘違いをなさったのかというと、マリー様の世界では、家族構成を述べる時、自分を基準に話されるそうです。


我々は、特に考えることもなく当主を基準に説明いたしますので、ケイリー殿が家族構成で、自身のことを『(当主である祖父の)孫』と表現をしたものを、マリー様は『(ケイリー殿自身の)孫』と解釈なさったということでした。


因みに、マリー様の世界では、家族間の呼び名は基本的に、一番小さい存在を基準にするそうです。つまり、一番幼い子供を基準に、「姉・兄」「父・母」「祖父・祖母」と。家族間でも当主を基準とする我々が、気付かず自分達の常識で聞いていたなら、話が大分かみ合わなくなっていたことでしょう。


ある時、「フランツさんおんぶー」という言葉と共に、後ろから首に腕を回されたこともございました。我々の世界では、首に手をやるということは、立場が上の者が下の者に対して怒りを伝えていること、もしくは立場を弁えるように警告していることを示します。


何か、無礼をしてしまったのだろうか、何にお怒りなのか。私は、自ら頚動脈をマリー様の御手に当て、次の行動を待ちました。どんなことであろうと言い訳をするつもりはなく、あなたに命を捧げると態度で示したわけですが、マリー様は、不満そうに「おーんーぶーしーてー」と、肩をゆすり始めました。


マリー様の世界では、他者が首を触るという行為には、特に特別な意味はないとのこと。おんぶというのは、人を荷物のように背中に背負うことで、「負う」「負ぶう」からきている言葉なのだそうです。つまり、マリー様は「身の程を弁えろ」と仰ったのではなく「疲れたから負ぶって」と、甘えてくださっていただけのようです。


誤解がとけた時、そこはかとない安堵と喜びがにじみ出てまいりました。私も、少しはマリー様にとって気安い存在になれていたのです。


マリー様が私を頼ってくださる。それが無上の喜びであると気付いたとき、私は、自分の中にもう一つの気持ちがあることに気付きました。


それは、マリー様に私を一番に頼っていただきたい、私だけを頼りにしていただきたいという思い。マリー様の瞳に私が映っていることに喜びを感じ、マリー様が他を見ている時は、マリー様のお心を私から奪っている存在に焦がれんばかりに妬心があふれたものです。


ずっとマリー様と共にありたい。魔を滅した後も、マリー様をお守りしていきたい。その笑顔を私だけが見ていたい。願えるならば、その柔らかな肢体を抱きしめ、その唇を奪い、白く滑らかな肌に吸い付いてしまいたい。


お守りすべき尊きお方に、このような劣情を抱いてしまった自分に愕然としました。マリー様は、無防備に身を預けてくださるくらい、私を信頼くださっているというのに。


幸いにも、マリー様にはいつでも他の二人の眼が届いていますので、このような後ろ暗い思いは、夜一人、マリー様を思うときのみですんでおります。ですが、もし、マリー様と二人きりで部屋にいるような事態になりでもしたら。監視の目がない状態でも私は、マリー様に不埒な真似をしないと言い切れるのでしょうか?


それが自分で分からない今、マリー様に近付くのは必要最低限にしたほうが良いということは分かっています。けれど、そうすべきだと戒める心とは反対に、身体がマリー様の元へと向かってしまうのです。


マリー様は私が頭を拭くものとして認識しているのに、急に断るのは失礼だ、とか、共に馬に乗るのは、他の馬にばかり負担を掛けさせるべきではないからだ、とか。マリー様のために、急にマリー様から離れるべきでない、と、空々しい言い訳を盾に、マリー様に近付く私。


マリー様が、私にタオルを「はいっ」と差し出されるとき、受け取るまで上目遣いで見つめられることだとか、少しタオルを受け取るのを遅らせると、ひょっとして駄目? とばかりに、目尻が少し下がることだとか、「お願いします」と、ぺこんとお辞儀をされることとか、受け取ると、嬉しそうににこにこ笑われることだとか。その時ばかりは、二人がいようとも私だけを見てくださる。そんな胸がつまるような幸福を、手放すことなど出来ないのです。

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