糸
今日から隅田 秋良。今日から隅田 秋良。
中学校まで向かう道、秋良は心の中で何度も、隅田 秋良を繰り返していた。
簡単なことだ。苗字が変わっただけだ。どうってことないはずだ。中身は何も変わってやしない。
染谷だろうが、隅田だろうが、自分は自分。
中学校の校門の前、何やら騒がしそうだ。同じ制服を着た生徒たちは興味本位で群がっている。その群れの中心からは、ふざけんな!触るな!と、男の声が聞こえてきた。
秋良は横目で野次馬たちを見ながら、校内に入ろうとした時だった。野次馬たちが微かに悲鳴をあげて一斉に道を作るように余けた。中心に居たと思われる男がよろけながら秋良の前に現れた。
急に飛び出してきた男に、秋良は思わず足を止めた。後少し遅かったらぶつかっていた。軽くその男を睨んだ
男がだるそうに顔をあげた。目が合った。
「なに?」男が不思議そうに秋良に訊く。飛び出してきたのはそっちだろう。
「いや、通れなくて」それを聞くと男は、ああ、と微かに笑顔を作った。
「何年?お前誰?」
「1年。隅田 秋良」
1年?嬉しそうに聞き直してくる男は、俺も!そう続けた。
「矢野 哲 よろしくな。」
矢野哲と名乗った男は、銀色の明るい髪に耳中に光っているピアスが印象的だった。気が付けばもう野次馬たちは居なくなっていた。何をしていたのか尋ねると、喧嘩をしていたのだと哲は平気な顔で答えた
「どっかから引っ越してきたの?」哲に訊かれ気付いた。この中学の殆どが小学校から繰り上げて入学してきたのだと。だから哲は秋良に訊いたんだ。お前誰?と。
矢野哲は明るい男だった。いつまでも校門で質問責めを受けた。しかし、秋良は悪い気はしなかった。
誰一人知り合いがいない中学、早速友達ができた気分だった
「お、来た来た。遅ぇよお前ら」矢野哲は秋良の後ろに向かって大きく手を振った。振り向くと数人の男子生徒。皆、矢野哲のような派手な格好をしていて目立っていた。
誰それ?―誰かが秋良を見ながら矢野哲に訊いた。
「ああ、今日から仲間。隅田 秋良。」
秋良は矢野哲をジッと凝視した。ダメ?不安そうに訊いてくる矢野哲。その時やっとよく顔を見たが、矢野哲の顔はとても綺麗だった。
「いや、よろしく」
矢野哲は嬉しそうに秋良の肩を抱いた。矢野哲の仲間たちも各々に秋良に自己紹介をした。
もう心配事などなかった。矢野哲とは仲良くなれそうな気がした。矢野哲の何処か寂しそうな笑顔を隠すほどの明るさに、秋良は惹かれていった。