舞踏会のおかげでとりあえずの目的は定まったので、次の獲物を探すことにした。
前回のあらすじ、
クソガキ改め、ペテルラルク・ヴェナ・ルーティトリルディは股ゆるクソビッチだった。そんなわけで罵詈雑言を浴びせてやった。
「朝早くから失礼します、ミコト様」
このセリフだけだとアンがまたやってきたのかと思ってしまうが、ときたま我が屋敷にやってくるあの親衛隊さんである。
「久しぶり、今日はどうかしたか?」
もはや顔なじみなのでお茶を出して適当に雑談するくらいの仲でもある。
俺はタメ口を使われてもキレないからな。
「本日の用件は2つになります。まずはこちらを」
そう言って綺麗なフェルト地の箱を手渡される。
箱を開けてみると豪華絢爛な感じの楓の葉をモチーフにしていると思われる立派なペンダントっぽいアクセサリーであった。
「これは?」
「ミコト様の記章になります。基本的に持ち歩くことを推奨します」
これが俺の記章なのね。
ま、あんな風にいきなり提示を求められることもあるだろうからな。
「記章の件は分かった。それで、もう1つの方は?」
「なんでも先日の舞踏会のペテラルク様の件でかなりの数の貴族を敵に回してしまったようなのです」
「……はぁ、え?それだけ?」
次の言葉を待っていたが、どれだけ待っても次の言葉は来なかった。
「えぇ、それだけですよ?ペテルラルク様は性格は悪いですが、貴族様たちには好かれています」
股ゆるクソビッチは伊達じゃない!!ってか。
枕営業してるのかな?いや、営業ではないからなんて言うのかな?
あ、夜伽で良いのか、別に何でもいいけどね。
「特に問題はない。そんなことを言いに来るためにここに来たのか?仕事は大丈夫なのか?」
「ご心配なく、本日は休暇ですので」
おやま、休暇なのにわざわざ記章を届けに来てくれたのか。
「ミコト様には個人的に好いておりますので」
「告白?悪いが俺は男とそういう関係になるつもりはない」
ごめん、君がブサイクだからとかそういう話じゃなくてムリです。逆たま狙われても困るからここは選択肢を誤らないようにしないと。
「いえいえ、そういうつもりではありません。覚えておられますか?『魔法瓶』のことを。あれの性能は想像以上に素晴らしい。おそらく他の者達も同じような感想を抱いていることでしょう」
「あぁ、それね。うん、気に入ってもらえてるなら何よりだよ」
金取ってるし、顧客が満足してくれないと提供している意味がない。
これはある種の侵略活動なのだ。
「はい、愛用させてもらっています。では今日は失礼します」
「待ちたまえ、休暇なのにわざわざここまで来たのだ。食事くらいご馳走しようじゃないか。パティ、頼む」
記章のついでとはいえ、休みの日にこんなしょうもないことを伝えに来るために往復4時間くらいかけてもらっては心が痛い、現代社会なら電話やメールで全然手間がかからないから感覚が麻痺る。
「かしこまりました、ご主人様」
待機していたパティがキッチンで適当に軽食を調理する。
「お手数おかけします」
「何、大丈夫さ。ウチの残念な居候は夜な夜な隠れて食料庫の中身をつまみ食いしているから」
「……た、大変そうですね」
苦笑いされた。いやはや恥ずかしい。
出涸らしの息子が居る母親はこんな気分なのかね?
そうだ、出涸らしといえば。
「ルーティトリルディ嬢、いやペテルラルクと言い換えよう。彼女がアン・ウィルバインに『出涸らし』とか『公爵家の面汚し』とか『妹が苦労する』とか言っていたのだがその件について何か知ってるか?本人に訊くほど、私も下衆ではないのでね」
誰かさんが「ご主人様でも気遣いはできたのですね、驚愕でした」と言っているがスルーしておこう。俺にだってデリカシーくらいある。
うん、レーパートリーが少ないとか言ってごめんね、今の食事には十二分に満足してる。
「アン・ウィルバイン……あぁ、カオルーン公爵の嫡子のことですね。確か、カオルーン公爵には女王陛下も一目置くほどかなり優秀な次女の……名前は何でしたっけ?申し訳ありません、思い出せなくて」
「いや、気にしなくて良いよ。続けてくれたまえ」
「ありがとうございます。それでアン・ウィルバイン様は優秀な妹君と比較され公爵夫人、つまり彼女の実母であるジル様にあまり好かれておらず頻繁に伯母である陛下の元へお目付け役のエスカトス氏を連れて家出しておられました。実子の居ない陛下はジル様に代わり可愛がっていたと聞きます。しかし、そのせいでアン・ウィルバイン様が陛下のお気に入りとして贔屓されていると王族や貴族から疎まれていると噂で聞いたことがあります」
「その噂なら私も聞いたことがあります」
軽食を作り終え、テーブルに配膳しながらパティが話しに入ってくる。
「……パティ、どうしてお前はそういう大事なことを言い忘れるんだ?」
「ダナーから聞きました。人間には長期記憶と短期記憶の2種類があるそうで、おそらくこういう覚えてなくて良い記憶は短期記憶に分類されるのでしょう」
バカが知恵をつけると面倒だな。
確かにこれは事実なのだろうが、忘れたことへの言い訳としては最低ランクのものである。これを分かりやすく言うと『忘れていたのは単純に覚えてなかったからです』と開き直っているだけなのだ。
「汚名返上させてもらうと、ウィルバイン様の妹君の名前は確かアズ様でしたよ。フルネームまでは記憶していませんが」
アズ様?発音しにくくない?あずさ様を早口で言っている感じだな、アズ様とは言い難いから俺は心の中でアズにゃんと呼ぼう。
アズにゃん、にゃんにゃん♪
アズにゃん、にゃんにゃん♪
……なんだろうか?すでに大御所がやってる気がする。
「というか、よく知ってるな。アンのことは分からなかったくせに」
「『アン・ウィルバイン』と名乗られたからですよ。『アン・ウィルバイン・リステシア・ヴィス・カオルーン』と名乗っていただいたのなら流石の私でも気付けたでしょう」
お前のポンコツっぷりは理解してるから言い切るが、それは『カオルーン』と名乗ってもらったから気付くんだろ?
「それで、そのアズってのはそんなに有名なのか?」
「次期、国王候補の1人ですよ?おまけに言えば、ご主人様が敵に回したペテルラルク様もその1人です」
そういえばアンが敬意を払っていたし、あのクソババァも『だから私は素直にお前を評価できない』って言ってたし実力『は』あるのだろう。
この『は』は『だけは』の『は』である。
最初からこう言えば良かったな、無駄の極致!
じゃあ、そのアズにゃんとペテルラルクを陵辱して配下にでもすることを企てようかな?
「ご主人様、何かものすごく不穏なことを企んでいませんか?」
「気にするな、俺は俺に敵対する王族全員をボッコボコにすると決めたのだから」
「王族全員と敵対すれば爵位剥奪の可能性もありますが?」
「そうならない程度に頑張るさ。しばらくはそのアズってのとペテルラルク程度にするよ」
「『しばらくは』ですか……。私はもっと平和に暮らしたいものです……」
残念だったな、お前は俺に雇われた時点で普通の平和はもうない。
だが、その代わりに『普通じゃない』平和をプレゼントしようじゃないか。
フェっフェっフェっ。
「み、ミコト様?顔が凄いことになっていますよ?」
「これがご主人様の平常なのですよ」