お姫様のおかげで舞踏会に行くわけだが、予想通りに酷い舞踏会だった。前編
前回のあらすじ、
ミシェルに失望されてしまうが、汚名返上できた(っぽい)
「ミコト、なんでボクが今回もメイド服を着ているのかな?また酷い使われ方するの?」
メイド服を着た忍が文句を言っている。
着た後に文句を言うのが忍らしい。
(あれ?デジャヴ?)
今回『も』ってのは前回のカオルーン公爵とのポーカーのことを言っているのだろうか?
前回はこいつを放屁役として採用しただけだからな。
それにあの時は金がなかったからパティに仕事をやらせたくなかったし、ダナーも居なかったからし。
「安心しろ、今回お前には特に期待してない」
「本当に?また騙すつもりじゃ?」
「行きたくないなら行かなくても良いぞ?ミドリは留守番だからお前も留守番するか?」
「ニーニ!ぼく、もう1人で留守番できるよ!!」
ミドリがぷんすかと怒り出した。
ミドリはこの1年でかなり成長している、中身の話。
外見の方はあまり変わってない気がする。
「そうだなぁ、お前は1人で留守番できるよなぁ」
頭をなでると幸せそうな顔で蕩けている。
娘が居るお父さんってこんな気分なのだろうか?
変な男に抱かれるようになると思うと本当に悲しくなるな……。
その辺、忍のお父さんって幸せだ。
こいつはきっと死ぬまで処女だぞ?
「いや、そうじゃなくてさ……」
「行かなかったら舞踏会で出される豪華な料理も食べられないだろうけど?」
「よし!行こう!」
モチベーションが0からマックスまで上がったみたいである。
「ミドリちゃん、お留守番おねがいね」
「うん!」
笑顔でやり取りをする(一応)親子。
絵的にはどうみても親戚の姉と妹って感じなんだけどな。
「そもそもマスター、今回は何をしに行くつもりなのですか?」
疑問を抱いているダナーが質問してきた。
「偵察」
「その程度なら私でなくドローンでも大丈夫です」
「ドローン?」
何それ?忍者が消えるときの効果音?
「無人飛行機のことです。偵察程度ならそれで十分です」
あぁ、あれってそんな名前なのね。てっきりUFOかと思ってた。
「偵察がメインだが威嚇も目的だ」
「威嚇とは?」
「俺という存在を奴等に強く印象付ける」
「よく言っている意味が分からないのですが?」
「俺はカオルーン公爵をぶっ倒しただけじゃなく、誰も入れなかった北方の遺跡に入ることに成功し、その後に仕事で男爵になった。これだけで俺の異常性は理解できるだろう、これが理解できない人間は対策の必要がない雑魚か即座に篭絡しなければならないほど危険な奴の2種類だ。そしてその危険な奴を倒すための計画を練る。これが今回の目当てだ」
「なるほど、それならマスターは張れるだけの虚勢を張るべきですね」
ふむふむ、と首を縦に振って納得している。
「……で?ボクがメイドになる理由は?」
まだ不満があるようで再度忍が質問してきた。
「手下は多いほうが良いだろ?」
「そりゃそうかもだけどさ……」
何かを言いたそうだが無視しよう。
別に行きたくないならダナーに何とかしてもらえば良いさ。
ダナーなら超リアルな操り人形くらいできるだろ、きっと。
「ん?ご主人様、もしかして私も頭数に入っているのですか?」
今のやり取りを傍観していたパティが質問してくる。
こういう質問をするところが駄メイドのポンコツたる理由なのである。
「当たり前だろ、こういう時に仕事せずに何時するんだ?」
「……そりゃ、仕事ならやりますけど、事前に言ってもらいたいものです」
お前からの苦情など知らん。
少なくともお前は給料分の仕事はしてもらわなければな。
▽
というわけで王城での舞踏会にやってきた。なのだが。
「……クッソダリィ」
チューとストローでワインを飲む。
「マスター、ストローでアルコールを摂取すると血中アルコールが高まり酔うのが早くなりますよ」
「べっつに良いよ……」
結論だけ述べると、舞踏会は退屈の極みだった。
ハゲデブのオッサンが皮肉だらけに他人を小バカにし合う。
確かに牽制し合っているしギスギスはしている。
しかし、こんな変なオッサンは恐れる必要なんてない。
あのカオルーン公爵同様にとある辺境伯が俺を舐めるように視姦して声をかけてきたのでちょっと『気安く話しかけないでください、お望みならばその粗末なキノコを物理的な意味で採取してあげますよ(ハァート)』と威嚇したら誰も近づかなくなった。どうやら保身が大切な腰抜けばかりのようである。
「実際、ご主人様の実績は凶悪そのものですから。カオルーン公爵をポーカーで倒したという件で警戒がかなり高まり、逆に狩られないようにしているのかと」
「臆病者共め……」
「カオルーン公爵はあくまで『公爵』ですから。辺境伯や伯爵程度の貴族ではご主人様に逆らおうとは思わないのでしょう。素直に大公様だけを標的にすれば良いかと」
あ~あ、てっきりカオルーン公爵の時のようにバカな貴族が釣れると思ったんだけどなぁ……。
「御機嫌よう、ミコト様。来てくれたのですね」
いつもとは違うドレス姿のアンが登場。
「おいっす」
「せめて貴族らしい挨拶を……」
「どうでもいいよ」
自暴自棄である。忍をここに連れてくる必要なんてなかったな、さっきから料理を食べまくって他の貴族様たちからドン引きされている。俺もドン引きしているから城にあるあのベランダっぽいあそこ(バルコニー?)にもたれかかってちゅうちゅうとストローでワインを飲んでいる。
「この舞踏会はお気に召さなかったのですか?」
「あぁ、気に入らなかった」
「なぜ?」
「他の来客が醜いドブガエルみたいなオッサンばかりだからな」
「あぁ、確かに今は舞踏会と言うよりも立食パーティに近いですね」
アンが来客のオッサンたちを見渡して俺に共感した。
「というわけでミコト様、舞踏会らしく踊りませんか?」
「悪い、パスだ」
「え!?なんでですか!?」
いや、なんでってそりゃ……ねぇ?
「簡単ですよ、ウィルバインさん。ミコトは君と踊れないからさ、技術的な意味で。beじゃなくてcanの方ね」
妊婦みたいになってる腹を摩りながら忍がこっちにやって来た。
「はふぅ~、いやぁ、美味しかった♪美味しかった♪」
「良かったな、またデブっても知らんぞ?」
「大丈夫、明日からまた頑張るから」
そのセリフは頑張らない奴のセリフだ。
立った!立った!フラグが立った!
「はぁ、踊れないのですか?いや、踊ることが出来ないのですか?」
言い直してるけど大して変わってなくないか?
「ま、まぁな、そんなことする機会なんてなかったし」
「嘘乙!フォークダンスの時とかあったじゃん?」
「はて?うちの母校にそんな行事あったか?」
「記憶から抹消してやがる……」
忍が呆れ顔で失望している。
どうやら俺の灰色人生からそのイベントは完全になかったことになっているようだ。
「だ、大丈夫ですよ、水泳を教えていただいたお礼にわたくしが教えますよ。手取り足取り腰取り」
腰も!?いかがわしい匂いがぷんぷんしてくるぞ!!
「あぁら、こんな所に下品で下品で下品なカオルーン家の嫡子様が何やら下女に囲んで寂しく盛り上がった居るではありませんか?」
忍とアンといつものような雑談をしていると、なにやら腹立たしい口調でアンを嘲笑している小娘が居た。
女王同様のくすんだ金髪が特徴的な小娘で3人の長身の男を取り巻きにしている。
「これはこれはペテルラルク様、お久しぶりでございます。こちらのお方を紹介いたしますわ。この方は……」
「そんなことは聞いてませんわ。興味もありませんし」
何やら高慢ちきな奴だ。女王の前にこのクソガキを虐めてやろう。
だがその前にこのクソガキが何者なのかを知るべきである。
「アン、この人は?」
「ペテルラルク・ヴェナ・ルーティトリルディ様です。わたくしの母方の従妹、つまり陛下の姪であり、東方の一部を治めるルーティトリルディ大公の嫡子でもあります」
このクソガキも王族で、おまけに大公の嫡子でもあるってわけね。
虐め甲斐がある。
「しかし、相変わらず女を周りにおいているのですね?全く穢らわしい」
「その件に関してあなたに文句を言われる筋合いはありません」
「筋合い?公爵家の面汚し風情がよく言う。陛下に贔屓されてなかったら貴方みたいな出涸らしに価値なんてないことに気付いていないの?」
何様だ、こいつ?
お姫様ってか?
こういう自尊心が強いクズの自尊心ってぶっ壊したい。
「そのことについても……」
「そのこと?出涸らしが調子に乗るのですね。貴方みたいな出涸らしが長女だから妹さんが苦労しているのでは?」
「……あの子のことは関係ない」
「関係ない?本気でそう思っているのですか?強がっているだけでは?」
そろそろ本格的に胸糞悪くなってきたな。
調子に乗ってるクソガキに痛い目を合わせても良いだろう。
「グダグダとうるさいクソガキだな。その締りの悪い口に異物を捻じ込んでやろうか?」
「な!?下女風情がこのわたくしに無礼な発言をするのか!」
逆ギレ気味にクソガキがキレる。
そりゃ大公の嫡子様が下女なんかにいきなりこんなことを言われれば切れるだろうな。
「はぁ?下女?この俺がか?ハッハッハ、貴様こそ俺が何者なのか理解したほうが良いんじゃないか?」
俺はクソガキのセリフを嘲笑してやった。こういうのは得意である。
「ジェイソン、やれ」
顔を真っ赤にしたクソガキことルーティトリルディの取り巻きの1人がこっちにやってきて俺の胸倉を掴んできた。
「身の程を弁えろ。ペテルラルク様がルーティトリルディ大公の嫡子だと知っての狼藉か?」
ハンサムな顔で俺を脅迫しているのだが正直ノンケの俺にはこういうのは効かない、無意味を通り越して不愉快である。
「知っての狼藉だ、クソ野朗。だからこちらも同じことを言ってやる。『身の程を弁えろ、外朗。この俺を男爵と知っての狼藉か?』ダナー、殺れ」
「了解」
ダナーが俺を掴んでいた取り巻きの腕を俺から引き離して手首をぐにゃっと曲げた。
「ぐぁぁぁああ!!」
やかましい、今はこんなクズの声を聞いて悦に浸っている場合ではない。
「ダナー、加減しろ」
「しかしマスター、この男に対する粛清としてはこの程度は軽すぎます」
「少しは悟れ、こんなクズの悲鳴を俺にまだ聞かせるつもりか?気絶させろ」
「思慮が足らなくて申し訳ありません」
謝りながらジェイソンとか言う取り巻きの口を塞いで気絶させた。
胸倉を掴まれたせいでドレスに出来てしまった服のシワを整えてルーティトリルディへの発言を続ける。
「おい、クソガキ、なんのつもりだ?それとも今のが大公家の嫡子のやり方か?なら俺も我が従者に貴様を痛めつける様に命令するぞ?言っておくが、ダナーは貴様が想像する10倍は強い」
「あ、あなた!自分が何をやったのか分かっているのですか!!わたくしの伯母はあの……」
滑稽に狼狽している。
愉快愉快、こういう風に自尊心が崩れていく様というのは見ていて楽しい。
凌辱モノのergと同じかな?
「女王だろ?それがどうした?こっちはストルスフィア女王とカオルーン公爵にケンカを売ったんだ。ただの大公の娘に恐れおののく理由など存在しない」
「け、ケンカを売った?そのようなハッタリがわたくしに通用するとでも……」
どうやら信じていないらしい。仕方ない、ここは名前くらい名乗っておくか。
「自己紹介してやろう。俺の名は早川ミコト、爵位は男爵。あまり調子に乗るとルーティトリルディ大公にもケンカを売って潰すぞ?」
「だ、男爵!?」
驚天動地と言いたいような顔をしていた。
このクソガキもカオルーン公爵同様に愉快だな、加虐心をくすぐられる。
「その通りです、ペテルラルク様。こちらのお方は男爵様。貴方といえど、平常で接してよい相手ではありません。それを警告しておこうと思っていたのですが貴方はそれを無視されました」
「だ、男爵の地位が本当だというなら記章をお願いしたいものです」
アンのダメ押しの発言で信じたらしいが、記章とやらの提示を求めてくる。
しかし記章?なんだそれ?
「マスター、記章とは身分を証明するための紋章なことです」
エムブレムみたいなものか?でもそんなの持ってないからな。
ここで俺は自分が男爵と言う身分であることを証明する方法がないことに気付いた。
オーマイゴッド!(なんてこったい!)