いろいろありましたが、俺は元気に生きています。そして忍は元気に太っています。
「暇だ……」
言葉通り、俺、早川ミコトは非常に退屈だった……。
ここ、ストルスフィア王国の王城から馬で2時間近く進んだ先の森に建てられた屋敷に住んでいる。なぜそんな屋敷に住んでいるかは語ると長いので大略。そんな屋敷で年中夏休みのような生活を送っているため、非常に退屈なのである。
「ご主人様、またですか?いい加減『暇だ』『退屈』『ダルい』『チンコ欲しい』以外の語彙はないのですか?聞き飽きてきましたよ」
我が家のポンコツ駄メイド、パティが俺に文句を言ってくる。
金で雇っているのに俺に対しての扱いが酷い。
「俺、そんなに『チンコ欲しい』って言ってたか?」
「週5のペースで言っていますよ、半年前くらいから」
「そうか、週5で言ってたのか。もうちょっと頻度を減らすか」
「頻度の問題じゃないですよ」
しかし半年前からか……。
半年前、つまりその辺りから俺は毎日が退屈に感じてきたと言うことだろう。
俺は2014年の日本からこの異世界であるストルスフィア王国にやって来た。
1年前に。
そう、俺がこの異世界にやって来てもう1年も経ってしまったのだ。しかし、この10ヶ月ほど前から、特筆すべきイベントなどなく、毎日同じような日々を送っていた。
この1年で変わったことなど俺の自室の私物が全て帰ってきたことくらいである。
それまでは女王に尋問されたり、お化け屋敷を探索したり、ハゲデブエロ公爵と金と操を賭けてポーカーをしたり、北方の古代遺跡で常軌を逸している化物に出会ったり、女王に斬り殺されそうになったりと色々と退屈を感じる暇がないどころか、毎日忙しすぎて息が詰まるほどであった。
しかし、それ以後はもう何も変わらない、夏休みボケのまま数ヶ月という期間過ぎてしまい、毎日が暇で暇で仕方がないのである。
金の方も心配もしないで良い。男爵の地位というのは俺の想像以上のものらしく、俺と忍とパティの生活費としては十二分のものであった。
おまけに俺にはあのダナーがいる。生活費にも豪遊費にも十分すぎる。
しかし……つまらない、育成ゲームで最初から育成済みのような感じでつまらない、歯ごたえがない、達成感がない。
「マスター、ではどのようなことがやりたいのですか?」
我が家の使えすぎる方のメイド(人造人間)のダナーが俺に質問してくる。
このメイドはメイドと呼ぶと激昂するのであくまでも従者として扱わなければならない。
「ダナー、お前のせいなんだ。お前の手助けのせいで俺の人生がスーパーイージーモード過ぎて退屈なんだよ……」
「な!?わ、私はマスターのためにと……」
分かっている、お前のそれは厚意である。
だからこそ、正直迷惑なのである。
残酷なほどの無垢な善意というのは時に周りを傷付ける。
人間は太陽光、つまり紫外線によって様々な恩恵を受けることが出来ることが医学的に分かっているらしい。だが、紫外線の浴びすぎは老化を早めたりする。
そういうことだ。
薬は適量だからこそ良いのであって大量に摂取すれば死んでしまうこともある。
さて、ここでダナーの手助けがどれほどのモノか具体例を挙げてみよう。
8ヶ月前のある日。
『あぁ~、暇だ。テニスでもしたいなぁ~』
翌日。
『マスター、テニスがやりたいと仰っていたのでテニスコートを作成しておきました』
6ヶ月前のある日。
『あぁ~、退屈だ。プールで一泳ぎしたいなぁ~』
翌日。
『マスター、プールで泳ぎたいと仰っていたので50mプールを作成しておきました』
4ヶ月前のある日。
『あぁ~、暇だ。銃とか撃ってみたいなぁ~』
翌日。
『マスター、銃が撃ちたいと仰っていたので射撃場を作成しておきました』
というわけである。
『作成』と言う言い方でこの作業が彼女にとってどれだけ簡単なのかがよく分かる。
このようにしてテニスコートにプールに射撃場を作り、おまけに冷蔵庫や電子レンジ、ガスコンロにホットプレート、洗濯機に湯沸かし器などの便利機械を例のスーパー3Dプリンターで作り出してくれた。このおかげである程度の快適な生活が手に入る。
しかし、逆に便利すぎて現代日本みたいに生活習慣病にかかってもおかしくないような怠惰な生活になってきている。
最近のマンガとかはご都合主義が流行っている気がするがそれで人生楽しいのかね?
欲しい物が簡単に手に入るとなれば人は努力することを止め、愉悦を享受することにのみ力を入れる、のだが俺はその愉悦に飽きてしまっている。
この世界には娯楽が少ない、毎日違う内容のテレビ番組も放送されない、週刊雑誌も刊行されないし、マンガの単行本も発行されない、素人が書いたブログの記事やSNSの投稿も人気の動画サイトも存在しない。
そんな世界でどんな生活を送れというのだろうか?
俺がこんな異世界で女にさせられなかったら酒池肉林の限りを尽くそうと必死になれるのに。
「では、マスター。マスターは何がしたいのですか?」
せめてもの償いか、俺の退屈を紛らわせようと健気なダナーが俺に訊いてくる。
「それが無いから退屈なのだ……」
本当に退屈だ……。何か面白イベントが起こらないだろうか?
なんというか……こう……他人を嘲笑して愉快な気分に浸れるような何かが。
「ふわぁ……おはよぉ……なんか最近早起きが苦手になってきてる……」
最近、生活リズムが狂ってきたのか早寝早起きを止めてしまった忍が昼前になってやっと起きたようである。こいつが俺に『早寝早起きしないとダメだよ』と注意してきたことが懐かしい、というよりも憎らしい。
しかし……こいつ、なんか太ってない?
いや、太っただろ。間違いなく。
「忍、最近運動してるか?」
「いいや、まったく」
なんか、本格的にクズニートになりつつあるな……。
「……お前、太っただろ?」
「な、なんだってーーー!!!?」
え?そんなに驚くところなの?
「ダナー、あいつ、太ったよな?」
「その質問には回答できません、どれくらい前から数えてですか?先週からはほぼ変化がないと思われます」
「お前が最初に忍と出会ってから数えて」
「なら肯定です。およそ5kgの体重の増加を確認します」
「5kg!?嘘でしょ!?ボクはそんなにデブったの?あ、胸や背だよね?」
「否定、現実逃避しないことを勧めます」
「嘘だ!!」
勧められても無様に駄々をこねて現実逃避する忍。
「否定、虚偽ではなく真実です。」
「デタラメだ!ポンコツ!ポンコツ!」
ピキッとダナーの顔に怒りの色が現れる。
触れてはいけない逆鱗に触れてしまったようだ。
「少々不愉快な発言を確認。マスター、残酷な真実を受け入れざるをえない目に合わせたいのですが?」
やってやれ。
▽
数分後、ダナーが巨大な水槽を用意してきた。
「では忍お嬢様。こちらの水槽に入ってくれますか?」
「……?」
「忍様、最後に測った時の体重を自己申告してください」
「え?」
「この私をポンコツ呼ばわりしたのですから、さぞ高性能な計測器をしようして信頼できるだけの、納得できるだけの値が手に入ったのでしょう?」
あ、これはキレてるな……。
この口調は忍じゃなかったら半殺しにされてるくらいキレてるな……。
「ごにょごにょ……」
「なるほど、では今の予想体重は増減いくらほどですか?」
「い、いや……せいぜい2,3kg程度でしょ?」
「分かりました、では5.68kgの増加の場合はどうされますか?」
「!?」
あ、そういうことね。今の『なるほど』と言うのはダナーが測定した体重との差を求めたわけか。
「どうかなさいましたか?」
朗らかな笑顔ではにかむ。けれど、心は死刑執行人のような気分なのだろう。
「土下座してダイエットに励みます。それで勘弁してください」
「理解、ではこちらの水槽に入ってください」
既に勝ち誇っているようだ。
「良いけど……これって何?」
「極めて原始的な秤です。原始的である分、物理的に確実に測定物の重さを測定することが出来ます。原理は溢れた水の体積から重さを測定する簡単なものです。これには測定物に付着した水の分を測定できないという短所と溢れた大量の水を測定しにくいという短所があります」
アルキメデスの原理か。ここまで原始的な方法をとったのは忍に言い訳をしないようにするためなのだろう。
「ごくり……。誤差はどのくらいに?」
「少なくとも、忍お嬢様が私に土下座をすることに違和感を感じないで済むくらいの精度ですよ」
土下座は確定なのね。
いや、ダナーの能力を信頼すれば体重の増減くらいなんて事はないだろう。
人の体内に存在するかもしれない小型爆薬の存在にすら気付けるのだから(とは言え、俺はダナーが実際に爆薬に気付いたことを見たことはないが)
そぉーっと水槽に入り大量の水が溢れる。
女性の20歳の平均身長と体重は160cm弱で50kg強。
つまり痩せていたとしても殆どの女性は40kgはあるだろうさ。
となれば40kg分の水は出てもおかしくないわけ。
因みに40kgは12歳女子の平均体重である。
40kg以下の体重を言ってる女性はほぼ間違いなくサバ読んでいるので注意しましょう。
さて、忍が水槽に浸かり終え、水が溢れきったようだ。
何kgなのだろうか?と知ることはない、俺には女の体重を知るようなデリカシーの無いマネはしない。
そもそもなぜ女はサバを読むのだろうか?
自分の年や体重を詐欺るくせに男に騙されたらまるで親の仇のように非難する。
最初から真実を伝えれば良いのに、どうせバレるのになぜ自分を偽り他人に自分を信じさせようと思うのだろうか?都合の良い女になりたいのだろうか?
モテるための女の努力というのは身なりを気にすれば良いと思うが、プロフィールにまでこだわる必要はあるのだろうか?男だって女がサバ読んでること前提でプロフィールを見るのだからもう真実だけで十分のような?
「さて、忍お嬢様。この溢れた水から質量を求めてくれませんか?」
「いや、物理は苦手なので……」
「では、イカサマなしで溢れた量を報告します。忍お嬢様が申告した値よりも5.68kg大きい値でございます」
知ってた、知ってた。
こういう展開になるのは知ってたよ。
「ご、ごめんなさい。現実から逃げたいがためにダナーをポンコツ呼ばわりして」
忍が素直に土下座して謝った。
最初から現実を受け入れてダイエットに励もうとすればいいのに。




