幻燈(四)
■
「何やってんだ、バカっっっっ!」
宮崎の叫び。フラッシュ。そしてまたフラッシュ。大学生だろうか、興味本位で現場にカメラを焚きつける。鈴が鳴る。ちりんりん。
────危険信号。
そこはただの木ぎれを突き刺した場所だった。何百もの切れっ端が大地に突き刺さっている。その何本かが倒れ、土がえぐれている。------否、えぐれているのではなく、掘り起こした跡。
陽大はため息をつく。やれやれ、と思う。宮崎の反応は正しい。が、と思う。人を説得する時に激昂を持っては逆効果だ。そこらへんが愛しい、が。
「なんだ、お前らは」
ぎろっと睨む。当然の反応だ。陽大は温度計を出す。気温が下がっている。冷気。むしろ吐息というに等しい。鈴は鳴る。宮崎の鈴は警告を告げている。間違いない、ショータイムの予鈴だ。手遅れにならないうちに退散させないといけない。
ちりん。鈴の音。そしてかたかた、と何かが震える音。
水結はびくびく、体を震わす。当然の反応だ。一方の弥生は陽大とそういう所は似通っていて、現実を直視する力が強い。
「そのお墓には手を出さない方がいいですよ」
柔和に笑む。むしろ陽大が言うと、戦慄すら感じる。陽大が一歩近づく。宮崎も踏みしめる。鈴が鳴る。落ちた枯れ葉を踏みしめて。
「興味本位じゃ、触れちゃいけない領域だよ」
宮崎が言う。
「private bomba」
と陽大は言う。男達の顔色が変わった。web上で囁かれている株式会社private bomba。心霊現象への相談と解決に乗り出すという噂だけが広まっているが、そのホームページURLは誰も知らない。検索も出来ない。
彼らは訪問は好まない。侵入によって警告する。
大学生達にURLのメールが送られてきたのが昨日の事だ。警告、この事件の危険度、全てをファイルとして提供したのだが、彼らは新手のスパムメールとしかとらなかったらしい。
「こんなガキが?」
陽大は宮崎の感覚に全信頼を寄せている。宮崎の感覚を信じて、全サポートをすればいい。陽大と弥生の知能をもってすれば、可能だ。驕るわけでなく天才児と呼ばれた二人だ。株式投資し、インターネットベンチャーを立ち上げ、現在も成功街路を進み続けている。巨大企業「夏目」の支援があるという理由もあるが。
そこにジャーナリストとしての行動力を併せ持つ水結がいる。private bombaに不可能は無い。
「ガキかどうかはともかくとして、警告した。早く出た方がいい」
宮崎は頭を掻きながら淡々と言う。その間もりんりんと、頭痛を呼ぶように鈴は鳴り響く。
「その鈴を鳴らすの、やめろっ」
一人が呻いた。宮崎はポケットから鈴を出す。なおけたましく、鈴は鳴り響く。むしろ打ち鳴らす。淡く白い燐光を発しながら。
土の中から手が伸びた。上げる悲鳴。
「安土桃山時代、名も無い人々がここで朽ちました。ここは小さな国でした。当時の国名を【三木】と呼びます。この切れっ端は彼らの墓です。数にして三百。名も刻まれず供養もされず、送り出すこともないまま、そして歴史に刻まれることもないままも、死んでいったんです」
強い意志をもって水結は言う。
鈴の音じゃない、刀の鍔音。静かに引き抜く音。足音。それは近づいている。大学生達は歯をガチガチ言わせている。弥生は携帯端末を出す。周囲500メートルに熱感知がある。確実に近づいている、彼らは。陣形を整え、確実な勝利のための機を窺っていた。
領域を侵すモノには死をもって。当時の彼らには当たり前の話だったに違いない。今、その感覚が欠如しているだけの話だ。
「知ってました? 夏に神社が主催して行っている星祭りの儀式が、本当は彼らへの追悼だという話は?」
にっこりと笑って水結は言う。その手をしっかりと宮崎が握っている。一人一人だと弱い。でも繋がるだけでこんなに強い。弥生は陽大にむかって微笑んでみせた。陽大もにっこりと頷く。こんな時に、というのもある。だが、こんな時だから強くなる。宮崎は一人では絶対に行かない、そんな確証。
感覚は優れているが、宮崎と水結の絆はそれよりも強い。置いて宮崎が行けるわけが無い。水結も宮崎がいるだけでこんなに強い。
「星流しの発端です。でも、それ以後も大きな戦がある度に、この場所に墓は作られてきました。一番近いのは第二次世界大戦ですね。知ってました? 空爆で死んだ人達の墓も、ここなんですよ。この街は墓の上に在るんです」
何より真実。それは事実。史実は何より重い。
「引き返すなら、今だよ。彼らの怒りを収めるんだ」
と宮崎は言う。それはつまり、墓をなおせ、という事だ。鈴は鳴る。鳴り響く。打ち付ける。恐怖を煽る。足音が近づく。少年少女は何も恐れていない。それに比べて彼らは恐怖する。
彼らは見た。月明かりに反射する刃を。血が滴り落ちる。絶叫。一目散に逃げ出す
。宮崎は小さく息を吐いた。同じく息を吐く。風が吹く。彼らは安堵したらしい。
足音も鈴の音も止んだ。
荒らされた墓場かの伸びた骨を宮崎は握りしめる。哀れだ。未だ逝けない。彼らは主君を探して彷徨い続ける。紅葉の散る季節を徘徊し続ける。星流しは続く。彼らの哀悼と追悼を続ける為。それは終わらない安息を作る為でもある。
陽大は弥生の携帯端末のディスプレイを覗く。熱反応は消えていた。来る前に100メートル間隔で円状に配置した感熱センサーが功を奏した。試作実験としてはまずまずの出来だ。宮崎の役に立つものがまた出来た。
宮崎はぎゅっ、と水結を抱きしめた。いきなりの行動に水結は驚きを隠せない。鈴を使った跡の副作用のようなものだ。いつもの事だ、と陽大は最後の作業に取りかかる。弥生に目配せで合図する。墓をなおさないといけない。
弥生は微苦笑で応じた。
水結が思う以上に宮崎は遠くへ行きたくないと思っている。その鈴はそれほどまでに宮崎を不安定にさせる。当然だ、人間の成せる技じゃない。猫の祝福、それを受け入れるにはまだ早すぎるらしい。
そう宮崎の中学校時代の恩師は語った。
詳しい事は知らない。因果と因果が重なっている。陽大はそれに干渉はできない。宮崎と水結が見てきたものを陽大は知り得ない。ただ、今こうして親友達と直視する現実、それは何より大事だった。
「でも大君」
と弥生は二人きりの時にしか言わない名を呼ぶ。陽大は沈黙する。聞いているよ、というポーズだ。
「大君だって、人の事言えないんだよ。私の気持ち、とことん気付かなかったんだから」
「不謹慎」
と陽大はリュックサックに括り付けてあったスコップを弥生に渡して作業に没頭した振りをする。後始末はいつも陽大達の役目だ。陽大達は何も感じられない。ただ宮崎に導かれて、その感覚を信じて、見えないモノを信じる。
彼の恩師の保険医は陽大と弥生に、にっと笑って言った。あの無愛想な中の笑顔、今でも思い出す。
『何より真実。それは事実。史実は何より重い』
それに従って陽大は土を埋める。安息を、平穏を。鈴が鳴る。ちりん、りん。それに猫の声が重なった。
震える宮崎の体を水結はより強く抱きしめるのを尻目に。気付かないふりをして。こんな時だからこそ、素直になる二人だからなおいい。宮崎は水結の大切さを痛感している。間違いなく依存症だ。普段の宮崎からは想像もできないが。
土を埋め、しっかりと木を挿し、陽大は手を合わせる。弥生もそれに習う。
全ての人に安息を。平穏を。でも星流しは終わらない。これからも、名も残せず安息を許されない人々は増えていく。今たまたま平和なだけで、外の世界を見たら戦乱は腐るほど転がっている。
カメラマンの兄が彼女と一緒に戦場へ行くたびに兄弟達はドキドキしている。陽大もそういう意味では似たようなものかもしれない。宮崎と一緒にいる事を選んだ、という事は。
ちりん。死者に安息と平穏を。そして安眠を。猫の鳴き声。祝福とはこういう事か。猫も祈っているのか。
「大丈夫」
陽大は声に出した。振り向かず。水結が待っていてる言葉を陽大は微笑みながら、呟く。
「僕らは宮崎を一人で行かせない」
楽しげに猫達は鳴く。跡は静寂。紅葉が舞い散る。
「うん」
水結は呟く。いや、むしろ宮崎の耳元に囁く。
「私も香君を一人では行かせない」
「うん」
宮崎が小さく頷いていた。大人になっていくという事はつまりそういう事なのかもしれない。無邪気なままではいられない。恐怖は無い。ただ距離が広がるのが怖い。でも、そんな事は有り得ない。絶対に一人では行かせない。
風が吹く。紅葉が舞う。森の木々が言葉にならない言葉を囁く。陽大は真闇に浮かぶ月を見上げる。
「何より真実。それは事実。史実は何より重い」
呟く。その言葉が四人にとって何より重い。
短篇集のはずが4話に分けました(笑) ここまでお読み頂き有難うございます。今作品はDSさんとのコラボレーションとしてDSさん作品の「六会中学七不思議」の設定をオカザキなりに練って寄贈したものでした。なので、設定が七不思議より。これ以降は宮崎君の天真爛漫ぶりと氷結ちゃんの内気振りを活かした高校生ライフを数編アップできるかと思います。
なおDSさんのサイト「private bomba」では、七不思議よりの長編、「久しく我は孤独なり」という伝奇ファンタジーテイストの長編を掲載させて頂いております。夏休み、六会中学七不思議とともにもしお時間があれば……と宣伝してみる(笑)
DSさんのサイト「private bomba」
http://extra.private.coocan.jp




