幻燈(弐)
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「委員長、いる!?」
と声をかけられて夏目陽大はゆっくりと顔を上げた。隣で同じくパソコンで貸し出し利用者のチェックをしていた辻弥生も顔を上げる。小さなため息をついて陽大は苦笑を浮かべる。図書館に限りなく似合わない珍客、宮崎香。可愛い名前だが、利発で活発な眼差しが熱い。この高校の名物問題児である。彼強引に引っ張られてやってきた篠倉水結は目をぱちくりさせている。一度スイッチ|(興味)が視野に入るともう止まらない暴走機関車は今日も健在らしい。
「宮崎、ここは図書室だって何度も言ってるだろ」
「そんな事より、これ見てよ」
と水結を促す。水結はおどおどしながら、陽大にスクラップファイルを渡した。新聞の切り抜きがおさめられている。中にはインターネットからプリントアウトしてきたもの、と思われる記事もあった。
────斬首、正体不明の殺人鬼
────魔が潜む森
────集団自殺か? 多量の流血
────犬や猫、鳥さえも近寄らない。あの森には何が住んでいる?
記事としては似たようなものだ。星流しの森、と呼ばれているが正式名称は無い。神社の裏側に広がる鬱蒼とした森。星祭りの時期に解放されるが、それ以外は誰も入らない。暗黙のタブーがそこにあった。
星祭りは灯籠船に星石という神主が洗礼した石と、その人の想いを乗せてお盆に来る死者の哀悼の儀式だ。名もない小川────星屑の河原に無数の船が浮かぶ。燐光する発する星石の仕組みは分からないが、それはとても神秘的な光景だった。
陽大はじっと宮崎を見つめる。直感で何かを感じた、という顔をしている。
「宮崎、興味本位ならやめとけよ」
「え?」
意外な台詞に宮崎は目をきょとんとさせた。普段なら巻き込まれる形でありながらも、冷静にアドバイスをくれる陽大だが、今日ばかりは違う。水結もきょとんとしている。
「あそこは興味本位で近づくな」
「委員長?」
「その記事が事実だとしたら、ますます危険だよ?」
じっと記事に目を落とす。触れてはいけない禁忌がある。宮崎の感覚は常人とは違う。ある意味でこの世にいない存在と一番近い場所にいる男だ。かと言って死者の声がきこえたり、見えたりするシックスセンスがあるわけじゃない。ただ、彼の感覚は運動神経と並んで優れている。優れすぎている。
「あのね」
と黙々と作業していた弥生が顔を上げる。
「委員長のお父さんとお母さん中学三年の時に亡くなってるの。毎年、あそこの星流しで想いを託してるのよ、委員長は。だから、興味本位では私もしてほしくない」
考えながら言う。弥生も言葉を迷わせている。あの場所で星流しを体験した事のある人間にしか分からないのかもしれない。あの日だけは死者へ近づく事は許される。でも、それ以外であの場所に近づくのは「危険」以外の何物でも無い。宮崎ほどの感覚は無くても、星流しを体験したものは、それを肌で感じている。
「別に興味本位じゃないよ」
と宮崎は椅子を引っ張って、座る。ポケットから一枚の紙を取り出す。赤い字でただ一言「静寂を」とあった。
「どこで?」
「さぁ?」
と宮崎は首を振る。ちりん。鈴の音。いや、むしろ鍔の音にも聞こえる。猫の祝福。それは本当に祝福なんだろうか。彼の感覚は鋭くなりすぎる。
「また、だな」
と宮崎はやれやれ、とため息をつく。図書室の棚という棚に紙が貼り付けられた。血文字で「静寂を」と。「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「静寂を」「眠りを」無数に書架にその紙が張り出される。
宮崎はポケットから鈴を取り出す。その鈴を鳴らす。ちりん。死者のメッセージは消えた。その一瞬で。ただ、一枚ひらひらと、宮崎の手にもう一つのメッセージが落ちてくる。
『眠りを』
死者は宮崎を求めている。決定打だ。水結は不安そうにそんなな宮崎を見ていた。今にも泣きそうな顔でもある。陽大はにっこりと笑って、水結に安心を与えた。大丈夫、心配ない、と。宮崎を中学の時から知ってる水結はボソリと陽大に漏らした事があった。
────香君はどんどん距離が遠くなっていく。
その度に陽大は言う。宮崎が篠倉を置いていく理由が無い。あいつは君に依存症だ、と。少しからかいながら。それだけで水結は真っ赤になる。
だいたい、と陽大は表情で語った。僕は宮崎を一人にさせる気は無い。
「宮崎、後で仕事手伝えよ」
小さく笑んで言う。
「はいはい」
と宮崎も苦笑で応じた。弥生は仕方なさそうに苦笑を浮かべている。
続きます(笑)




