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遠距離

冬休みの吉崎×優理


遠距離


 優理は電話が鳴るのを待った。ずっとずっと、電話の前で待っていた。

 

 鳴らない鳴らない鳴らない────ため息。こんな事がもう三週間だ。優理が電話をかけると吉崎はまだ帰ってない。優理が電話を待つも、吉崎から電話は無い。大丈夫だよ、と電話越しや携帯のメールで元気そうなふりをするが、ちっとも元気じゃなかった。

 

 距離が遠い。


  高校一年の秋に関東から北海道に来た。入学してからの半年はそれこそ優理にとっては激動だった。入学してすぐ一目惚れだった。と言うよりも、一言話しただで、スイッチを入れられてしまった、という感じなのかもしれない。好きなものも、趣味も何もかも違うのに、まるで砂に染み渡る水のように、吉崎は優理を癒してくれる。何気ない会話、何気ない言葉。その一つ一つを優理は大切にしてきた。今でも吉崎が言ってくれた言葉の一つ一つを大切に心の中にしまっている。吉崎の憮然とした態度の中にある優しさは優理が一番知っている。だからなお、過剰に反応してしまう。


 冗談で吉崎は優理の事を、

 

 ───姉ちゃんみたいだな、お前は。


 と笑う。自分より背の小さい女の子に、そういう事言うかと優理は苦笑するけど、心の中は笑っていなかった。吉崎に背伸びして、同じ身長で同じ視線で同じ物を見たいと思っているのに、いつもそんな心ない言葉で泣きたくなる。

 

 吉崎はサッカー部のマネージャーの先輩に片思いをしていた。すらりとした長い髪、細い手、長い足。大きい胸。どれをとっても優理には勝ち目が無いと思う。でも、と呟き返す。負けない、絶対負けないから。小さな体の中にある決意は揺らがない。絶対に振り向かせてみせる。


 だからできるだけ、吉崎と一緒に行動する事に務めた。何かと理由を作っては、吉崎を買い物や行事の斑のパートナーに指名した。お気楽な顔で引き受ける吉崎を殴ってやりたいと思いながら。

 

 吉崎の親友の北村はそれを楽しげに見ていた。


 どうして北村君に分かる事がこの男には分からないのか。呆れる。それでも優理の努力は続く。


 休み時間、授業中、部活の後、いかにして吉崎と一緒の時間を作るかを────。


 電話が鳴った。優理はすかさず、受話器を取る。


「もしもし、島川さんですか?」


 明らかにどっかのおばあちゃんみたいな声。うちは、葛城! と心の中で悪態をつき、無言で受話器を下ろす。


「馬鹿、馬鹿、高志の馬鹿」


 吉崎の前では絶対見せない表情。もう涙が溢れてきた。どうして あの男はこうも鈍いんだろう。三週間も声を聞かなかったら、不安になるって普通は考えないのだろうか。優理は────私は────一日だって聞かないと不安なのに。私か浮気してもいいと思ってるんだ、あの男は! 馬鹿!!


 なんで、こんな鈍感が好きなんだろう、と思う。


 北海道に来たら、いつでもずっと吉崎の顔だけが頭に浮かぶ。優理に声をかけてくれる男の子も何人かいた。でも、吉崎の頭にくるくらいの無邪気な顔が瞼にちらつくのだ。浮気したら吉崎はもっと優理の事を見てくれるだろうか? でも心が傾いてないのは浮気とは言わないし、他の人が欲しいと思ってるわけでもない。


 欲しいのは、吉崎の笑顔だけだから。


 だから丁重にお断りするのが常だった。


 もう呪文のように馬鹿馬鹿と呟く。高志なんか嫌い、そう吐き捨てる。と、また電話が鳴る。受話器をおそるおそる取る。


「優理」


 聞きたい声がそこにあった。たくさん話したい事があったのに、優理は堰を切ったように、涙が溢れてきた。


「バカバカ」


「え?」


 困惑した声。この男は何も分かってない。何も私の事なんか気にかけてもいない。私がずっと聞きたかった声なのに。ずっとずっと、私だけを見て欲しい人なのに。


「優理?」


「知らない……高志なんか知らない! 大嫌い!」


「あのさ」


「聞きたくない!」


「おーい」


「うるさいってば!」


「少しは俺の話を────」


「聞きたくない!」


「聞けよ」


「イヤ! 高志は知らないんだ、私がどんな気持ちで高志の声を聞きたかったのか。ずっとずっと待ってたのに三週間も私を放っておいて」


「だってメールで『大丈夫』ってお前返してきたろ」


「馬鹿! それで私が浮気しちゃっても高志は別にいいんでしょ!」


 悔しい。悔しい。どうしていつも優理は最大限に一生懸命なのにこの男はこうなんだう。どうして自分だけ吉崎の事を想っているんだろう。不安で不安で仕方ないのに。


 吉崎はため息をついた。優理は考える。この男の一番はなんなんだろう。優理はただの「彼女」なのかもしれない。愛しいとか、大切とかじゃなくて、彼氏彼女を作る事がステータスのような。だとしたら、今まで優理が信じてきたものはなんなんだろう、って思う。だからなおさら、悔しくて涙が止まらない。


 好きなのに。好きなのに。こんなに、言葉で伝わらないくらいこの男が好きなのに。吉崎の前で泣き顔は見せないと決めていたのに、もう涙は止まらない。


「おーい」


 吉崎は困った声で、語りかける。


「私の事なんか好きじゃなかったんだよ…高志は」


 私はこんなに好きなのに。いつだって今だって、考えない時間は無いのに。それなのにそれなのに────。


「いいから、そんな事言ってないで、迎えにきてくれよ! 寒いんだよ!」


「高志は私の事なんか────え?」


 優理は目を点にして呆けた。吉崎の言葉の意味を考えるのに十秒。


「俺はお前の家、知らねーんだよ」


 カレンダーを見る。十二月二十三日。とっくに冬休み。もうすぐクリスマスだ。日付の事なんかすっかり忘れていたくらい、吉崎の声が聞きたかった。


「その為にバイトしてたんだから、労いの声をかけろ」


 だが吉崎の言葉に優理は返す前に受話器を置いて、家を飛び出した。コートを鷲掴みにして羽織りながら。もう考えるより先に、体が動いていた。寒い。耳が凍える。息が白い。ブーツが雪を踏みしめる。でも優理は全速力で駅まで走る。


 どうしてあの男はいつもこうなんだろう。


 諦めようと思った瞬間に。全部忘れてしまおうと思っていた時に、目の前で真顔で


「優理が俺、好きなんだ」


 と照れもせず言ってくれた吉崎。


「音楽はよく分からないけど、優理の弾くピアノは聞いてて気持ちいいな」


 と壁によりかかって聞き入る吉崎。その音色にあわせて、彼が眠りに引き込まれるのにそう時間がかからないのだが。吉崎の寝顔を見るのが、優理にとっての幸せの一つだ。そのを顔見

ながら、ピアノをゆっくりと止めて、吉崎の隣に座って、ぼーっと吉崎の事を考えて、そして一緒に眠りに落ちる。


「優理が応援してくれたから、勝てた」


 とサッカーの試合を笑顔で語る吉崎。スポーツは全般的に好きで、優理は下手ながらにバトミントンを一緒にやる。吉崎が手を抜くのに腹をたてながら。汗をかくのは楽しいと思うのは吉崎がいてくれたから。でも、例えば他の女の子と吉崎が笑ってバトミントンをするのを想像するのはとてもイヤで。だからなおさら、むきになる。吉崎は苦笑いしながら応酬してくれるのが、実は嬉しかったりする。


 馬鹿なんだ、本当に馬鹿。

 雪がちらつく。


 でも、体が熱い。嬉しさが体中を駆けめぐっている。めそめそする女の子はイヤだ、と思っていた。だから「会いたい」の言葉を出せなかった。会えないのなんか分かっていたから。夏に会ったばかりだから。高校生の財力なんかその程度だ。優理はそれで満足だった。満足だと言い聞かせていた。


 泣いたって世界は何も変わらない。


 ただ、自分の弱さが露見するだけだから。

 吉崎に弱い自分を見せたくないから。


 でも、でも、と口から声が漏れる。泣いてる自分がいる。駄々をこねて泣いてる子どものように感情がはじけそうなのが分かる。嬉しい、すごく嬉しい。ずっと会いたくて仕方の無かった人。そんな事、吉崎に一言も言ってあげるつもりなんかなかったのに、でもあふれ出る感情は止まらない。


 いいよね?


 優理は言葉にするよりも早く、そのまま抱きついた。抱きしめた。冷え切った体、頬、関東にいた感覚で冬の北海道にそのまま来た馬鹿な男。呆れた。自分に呆れた。駅前の雑踏の中、躊躇わず吉崎に抱きついてる自分に。でも、なぜだろう。誰もがみんな足も目も止めていない。ちらつく雪のおかげかもしれない。雪がくれた魔法、真冬の七夕。クリスマス目前の最大のプレゼント。


「優理?」


 拒否の声じゃなかった。吉崎も優理の小さな体をぎゅっと抱きしめてくれたから。安心している自分がいる。ずっとこの声を聞きたかったのに、高志の馬鹿。そう耳元に囁く。だめだ、変だ。今日の私はおかしい。


「ごめん」


 全てをこめた言葉。でも、そんな言葉じゃ許してあげない。優理はじっと吉崎を見る。吉崎もじっと優理を見る。吉崎はまるで子どもにするように優理の髪を優しく撫でた。


 ────欲しいのはそんなスキンシップじゃない。


 優理はまっすぐ、背伸びした。唇が唇へ届く。


 吉崎は目を点にする。


 優理は少し照れながら、ぎゅっと、吉崎を抱きしめた。

 遠くない距離を感じて。


 雪が舞う。粉雪。今夜は積もる。氷の結晶。その集合体。ひんやりと冷たく、重なり合わせた連結体。


 今にも離れて壊れそうな二人。距離に押し潰されそうな二人。何度も挫折しかけた二人。でも、高志が見せてくれる行動の一つ一つが、諦めかけた優理にいつも力をくれる。


 そして────諦められなくなる。

 そして距離を尚更遠く感じる。


 だけど、今は近くに感じたい。無謀で馬鹿で向こう見ずな行動が愛しいとさえ思う。こんな馬鹿を好きになった自分はもっと馬鹿なんだと思う。


「馬鹿」


「……人が苦労して来たのに、第一声はそれかよ?」


「じゃ、聞くけど、泊まる場所はどうするつもりだったの?」


 言葉につまる。何も考えていなかったらしい。やっぱり馬鹿だ。


「馬鹿」


「馬鹿馬鹿、言うなって! 宿くらいなんとかなるよ! 安いホテルで!」


「その金はあるの?」

「誰かをナンパしてラブホテルにでも泊まる」


「…………」


 冷たい視線に殺意が宿った事に吉崎が気付くまで、二秒弱。


「帰れ。高志なんか大嫌い!」


「いや、違う、違う! そういう事じゃなくて」


「どうして私じゃなくて、他の人なのよ」


「え?」


「そういう高志の無神経さが嫌い。どうして私に会ったときに私の事だけ考えてくれないの?」


「優理?」


「私の家に泊まればいいよ。お父さんは高志がお気に入りだからね」


 小さく微笑む。


「いや、でも悪いよ」


「悪くない。冗談でも、そんな事を言うほうがよっぽど悪い」


 優理は真剣に言う。吉崎は小さく息を漏らした。たいてい、吉崎は観念した時にこうやって息を漏らす。吉崎は優理に屈み込む。唇が唇へと届く。


「優理に直接、会って言いたかった事があったんだ」


 雪は不思議だと思う。冷たいのに、こうやって人の肌に触れていると、とても暖かいものへと変わっていく。冷たいからなおさら人の温度を実感させてくれるのかもしれない。


「優理」


 目と目を見て、言葉を一つ一つ吟味しながら。


「やっと会えた、会いたかった」


 どちらが先に抱きしめたのかは分からない。

 ただ、強く強く抱きしめた。


 雪は不思議だと思う。真夏の陽射しは吉崎の顔がよく見えたが、自分の気持ちを正直に伝えることはできなかった。雪がちらついて今は吉崎の表情がよく見えないが、それでも自分の気持ちを正直に伝える事ができる。遠慮も躊躇も無い。諦めもない。ただ目の前にいる人に言葉を伝えることが出来る。それが何より嬉しいと優理は思う。


「会いたかった」


 どちらが、どちらも、強く強く抱きしめてはお互いの体温を感じる。


 距離が遠かったのか、心が遠かったのか。


 分からないけど────今はどちらも近い。

      



会いたいをテーマに書いた一品。吉崎君と優理ちゃんはお気に入りなので、あっさり書けた記憶あり。

冬休みにはすこし早いですが、まぁアマアマな二人を満喫頂けたら。

吉崎×優理はもう1つストックがあるので、また後日。


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