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ストーブの灯り

陽一郎✕志乃 冬休みになって…


 冬の木枯らしは不思議と家の中でなら暖か感じる。みんなで寒さを凌ぐからだね、そう笑顔で言ってくれた父さんはもういない。その笑顔が霧が晴れるように溶けて────。


 風の音で陽一郎は目覚めた。皿洗いをした後、うつらうつらとしていたらしい。見ると自分の肩にもたれかかって志乃が小さな寝息をたてていた。頭がまだはっきりしない。時計に目を向けて────目が見開く。


 【0:00】


ピッタリに時計の針が打つ。ファンヒーターだけが赤い光をかすかに洩らしていた。


 あいつら。陽一郎は舌打ちして弟と妹の事を思い返す。奴らわざとだな。ため息をつく。しっかりと言うかちゃっかりと言うか長女の美樹あたりが志乃の両親に電話して外泊の許可をもらったに違いない。そして起こされず置き去りにされたような現状は全てを物語る。


 そこらへんは陽一郎と志乃の幼なじみ故だからこその両家の信頼関係と言ったところだが────もっとも陽一郎の両親は今年の夏にこの世を去った。突然の交通事故。表記するのはこんなにも簡単だ。


 今でも陽一郎は現実を飲み込めずにいる。次男の陽大は明らかに目の前の目標────高校入試に向けて動き出している。自分だって時間を食いつぶしている場合じゃない。刻一刻と過ぎ去る中、クラスメート達は進路の方向性を着実に決めていっている。そんな中、自分は未だに動き出せないでいる。弟妹達との生活を維持する為のアルバイトが忙しい。そう教師には言い訳している。それは本当だが真実では無い。


 ある意味では悲劇の境遇で同情を買おうとしているだけだ。自分でそれを嫌悪しているはずなのに、自然とそんな態度をとってしまう。なんとも情けない。


 ため息が自然と漏れた。


 暖かい息が志乃の耳元にあたる。


「…ん…ん……」


 志乃が体をよじる。何故か陽一郎を掴む手に力が入る。


「志乃?」


 声をかけるが彼女の意識は夢の中だ。ただ吐息だけが志乃の口から漏れてくる。


 陽一郎はすっと唇を重ねた。暖かい温もりが血の中を巡って芯の中から熱く。


 志乃が目を覚ましたら何て言うだろうか? きっと赤面して俯くのが関の山かもしれない。


 こういうのを寝込みを襲うと言うのかと唇の端で苦笑する。


 生きている。


 何度も唇を重ね合わせる度に思う事だ。良かった、生きてる。生きてる。息をして僕らは生きてる。ファンヒーターの灯りがゆらゆらと揺れている。生暖かい風が陽一郎の体を暖める。。でもそれ以上に志乃の温もりに癒されている自分がいる。


 唇を陽一郎はゆっくりと離した。志乃はどんな時も掴んだ手を離さない。ほんのちょっとの距離ですら離れるのを嫌がる。だけど、とも思う。志乃は確かに甘えん坊だ。幼い時から知る仲だからこそ。だからこそ、志乃の芯はそんなに弱くない事を知っている。


 ────だからこそ。志乃なりの自己防衛。陽一郎に弱さを見せるように突き付ける。無理しなくて良い。頑張らなくて良いと、いつもそうやって背中を押してくれる。


それは志乃だけでなく兄弟達もまた然り。


抱え込むと言う愚行を彼らは許さない。愛されていると自分でも思う。たがら、だから。自分の足で立ててないという焦燥感が夏目家の長兄として陽一郎を悩ませる。


ファンヒーターの朱色の灯りを目にしながら漫然と思う。


(俺は何をしたい?)



 空白なまでに自分の思考が空虚だ。無気力とも言う。


 進路か。今は亡き父は職業写真家を好まなかった。好きなものを仕事にしてしまうと、好きなものを好きとは決して言えなくなる日がある。


 かたや叔母にあたる夏目日向はその職業写真家だ。日向は言う。


『早くこちらまでおいで』


それは魅惑的な誘いだ。陽一郎自身、その道に進みたいとは思う。しかしその道で【ご飯】を食べていくかどうかはそれとは明らかに別問題だ。 可能であればそうしたいが、志乃と兄弟達とのこれからを考えると躊躇してしまう。

 

 別に本気で勉強したい何かがあって進学を希望していた訳でも無い。両親の残してくれた貯金や親戚のサポート、人の好意に逃げたく無い。陽大ならきっと勉強したいという意欲も強いだろう。あえて自分が大学に行くメリットも感じない。


 それはちょっと違うんじゃないか、と叔父の照なら言うかもしれない。自分の可能性を探る為に進学をするのも一つの手段だと。あの人ならきっとそう言う。


 志乃は英語を勉強したいとはっきりと言っている。昔から彼女は自分の国以外の人とコミュニケートしたいと思っていたから別段不思議でもない。陽一郎自身、志乃を応援してあげたいと思う。


 じゃあ、自分はどうしたい?

 

 陽一郎は漫然とストーブの火を見つめ続ける。陽一郎なら大丈夫だろう、とは志乃の父の弁。兄弟達の信頼、志乃の愛情、たくさんの人が投げかけてくれた優しさ。その全てを破壊したいと思う時がある。


 そして目を覚ますように背筋が凍り付く。


 分かってる。分かってる。人を失う事はゲームのリセットとは違う。引き返しようがない事実だけがそこにある。両親を失ったという現実は陽一郎に大きな楔を打ちこんでくれた。だから、だ。誰も失いたくないという思いと、何も変わらないで欲しいという感情が混在している。鬱蒼として、錯綜とした感情が、陽一郎の中を巡っていく。


ストーブの灯りが弱々しく燃える。


油を燃やし尽くせば、火は消える。いつか、いつかだ。陽一郎は志乃が捧げてくれた愛情全てを飲み干して、枯れ果てるんじゃないか、と。そんな事を思う時がある。それは焦燥感か。それとも単純な恐怖か。


それとも────分かってる。


陽一郎はただ単純に逃げようとしている。現実を直視する勇気が未だに無い。志乃を失うのがただ怖い。ただ、それだけの事なのも重々承知している。そして漫然と時間を食いつぶす。


と、志乃の体が揺れた。


「え?」


 と声を出す間もなく、志乃に陽一郎は押し倒された。


「志乃?」


「……陽ちゃん」


 憂ういを目の奥に浮かべている。陽一郎は志乃から目を離せず、その奥底をのぞき込んでいた。


「志乃?」


「陽ちゃんが遠くなったように感じた」


「…………」


 志乃は鋭い。そして聡い。どうしてこんなにも自分自身へ寄り添ってくれるんだろう。不思議な子だと思う。単純に幼なじみとして、ではなく。恋人として、でもなく。同じ道をこれからも歩いていこうとする、同志として。人間には絆という深い繋がりがある。そんな事を誰かが言っていた。誰だったろう?


 (楠さんだったかなぁ)


 あの人は妙に説教臭いのだが、妙に破天荒だ。夏目に与する人間はえてして、そんな輩が多い。


 思考がぐるぐると回っていく中、陽一郎は意を決するように、志乃の表情を見据える。


 表情が読み取れない。どことなく物悲しげで、それでいて何も語らない仮面のような表情。志乃は陽一郎の言葉を待ち続けている。陽一郎はどんな言葉を紡げばいいのか、次の声が出てこない。


「志乃……」


 声が乾いた。喉がカラカラだ。空気が乾燥しているから、それだけじゃない。それだけじゃないのは自分が重々承知している。かすれた声を絞り出そうとするが、うまく言葉に出来ない。


「……陽ちゃん」


 志乃が、何かを呟いた。その何かが聞き取れなかった。


「ゆる……」


「え?」


「許さないっ。勝手に一人で、どこかに行こうとしたら、許さないっ!!」


 嗚咽に近いのか、叫びなのか。陽一郎自身、分からなかった。ただ、自分の胸で感情を破裂させている志乃がいた。


「志乃?」


「勝手に一人で行ったら許さない。置いていったら、許さない。許さないら、許さないんだから」


 一人でどこかに行っているつもりはなかったが────と思って、気付く。志乃を一人、置いていったようなものか。陽一郎の思考は自虐的に、志乃から離れていった。志乃の事は考えていなかった。結局はそういう事になるんじゃないか。陽一郎は深くため息をつく。


「よ、陽ちゃん?」


 志乃が脅えた目をする。


「負けた。志乃には負けたよ」


 と小さく笑む。


「俺は一人で悩んでた」


 言ってしまえばいい。彼女は陽一郎一人だけで悩み抜く事を良しとしないのであれば、一緒に共有してもらえばいい。そう思うと、一気に体が楽になったような気がした。


「ん……」


 ファンヒーターの火のせいか、志乃の表情のせいか、頬が朱色に染まっていた。


「自分がつまらないものに思えてきた仕方がなかった」


「……うん」


 断片的に、ぽつりぽつりと陽一郎は自分の感情を漏らしていく。志乃それを、一つ一つ受け止めていく。


「何をしたいのかなんて、俺にはよく分からない」


「……私だって、よく分からないよ」


「正直、俺はなにもできないと思う。自分のやりたい事に確実に前進している志乃が眩しい、って思った」


「それは陽ちゃんがいるから」


「へ?」


「陽ちゃんが居てくれるから。私は前に進める」


 志乃は陽一郎の胸にすがるように、再度抱きついてくる。


「私は陽ちゃんが居てくれるから、だから歩けると思える。陽ちゃんに依存しているのは、私だよ」


 その声はとても弱々しかった。どうして────どうしてなんだろう。こんなに自分達は、脆く弱い。しかし、時として誰よりも、強くなる時がある。


 それは陽一郎も同じだった。志乃が居てくれたから、陽一郎も前に進める。それは変わりようがない事実だ。それは分かっている、分かってはいるが相手に依存しているだけの現状があるのも事実で、相手に依存する事で自分を弱くしているという考えも浮かんでしまう。


 だけど、とも思う。今なら思える。それは自己嫌悪以外の何ものでもない。


 依存したっていいのだ。そこに何の問題も無い。むしろ────それは幸せな事なのだ。相手を必要としている、と。必要としている相手に出会えた、という意味でもあるのだから。信じられない、と思う時がある。本当にこんな自分が、傍にいて良いのか、と。陽一郎はそれで身を退くタイプであり、志乃はだからこそ不安で、陽一郎を離そうとしない。案外、と陽一郎は思う。二人は良いバランスなのかもしれない。


 二人だからこそ、お互いのバランスを取り合える。自分達はそんな存在なのか。


 陽一郎はきつくきつく、志乃を抱き締めた。志乃の体は、今にも壊れてしまいそうだ、なんて思う。その反面、志乃もきつく力強く陽一郎を抱き締めてくる。志乃の温もりをダイレクトに感じる。


 前に。前に俺達は進めるんだろうか?


 分からない。


 でも、前に進むしか無い。闇雲だ、今は。でも一人じゃないと、志乃は囁いてくれれている。だから何かに向き合える。ある意味では、自分達は傷を舐め合う子犬だ。それも自覚している。


 だが。

 だが、だ。逆に、傷をなめ合う子犬の方が、痛みを知り、強く立ち向かえる。だからこそ、陽一郎は強く抱き締める。


「志乃」


 言葉にはならなかった。ただ名前を呼んだ。志乃も陽一郎の名を呼んだが、破裂した感情は言葉にする事も許さなかった。


 ファンヒーターから漏れる灯りだけが、弱々しく二人の顔を照らす。弱々しい二人の、弱々しい心を照らしながら。弱々しい未来と、それでもなお寄り添う、小さな二人の強い意志を照らしながら。


 無駄に時間を食い潰すような行為。しかし今の二人には、何よりそれが必要だった。


  

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