ささやかで新しい日
陽大✕宮崎君でのお正月エピソード。&陽一郎兄さんです。
夏目陽大は朝から不機嫌だった。
新年早々、正月2日目にだ。
なんでと問われると、よく分からない。
その不機嫌さを消すことには成功してると思う。多分。
大学に行っていた長兄、夏目陽一郎が帰ってきた。それを待ち望んでいたのは陽大で、心底嬉しかったはずなのに。
なんなんだろう?
モヤモヤしてる感じだ。
陽一郎とは別の大学で、 同じく離れていた志乃も帰ってきた。陽大にとっては初恋の相手であり、ようやく二人と会えたはずなのに、訳がわからない。
(寒い……)
何で飛び出してきたのか、自分でも本当に訳がわからない。
初詣はもうすんでるから弥生に声をかけるのもはばかられる。昨日会ったのに今日もという訳にはいかないだろう。弥生の両親に気に入られている感触はあるのだが、たかが高校生、そこらへんの区切りはつけているつもりだ。
宮崎は今年は事情により本家には戻らないとの事だったが、なんて声をかける? 自分自身すら訳が分かってないというのに。
水結は宮崎を差し置いてあり得ない。親友の一番大切な存在については心得ている。揶揄の為に水結を扇動する事はあっても、自分からは無い。弥生の手前もある。男の子女の子の関係は微妙な匙加減で難しくなる。陽大は最大限に配慮している。だからこそ、兄は上手いなと思う。もっとも、兄が一番に想う志乃のことを考えると、必然的に努力が必要なのは想像に固くないが。
一番の問題は最初に戻るのだ。
それぞれには昨日も会っている。第一、陽大は自分の感情が何なのかわかってもない。結局、モヤモヤした感情のまま、無意識に神社に向けて、足が行く。
長い階段を下って行く一人が、振り返った。
「委員長?」
聞き覚えがある声。というよりは忘れるはずもない。ある意味では一番、会いたい存在であったかもしれない、宮崎香がそこにいた。ただいつもと違うのは宮司が纏う神職装束だった、という事だ。
「うん、やっぱり委員長はスゴイな」
ニコニコしながら宮崎は言った。ある意味で彷徨っているよりは遥かにマシだが、三ヶ日は休むと決めていたので、まさか労働に勤しむとは思いもしなかった。
宮崎が帰省しなかった理由は、家庭の事情もさることながら、ここでのアルバイトが原因らしい。神職の立ち振舞ができる高校生は、それは貴重だろうとは想像できる。
それはさておき、だ。
宮崎の隣で、陽大は同じく神職装束を身にまとって破魔矢を販売する事になってしまった。昨日は自分が参拝客だっただけに、少し戸惑いを覚えつつ、やはり家計の足しにはなるかと考えを新たにする。
ただ神職の規律も何もしらない自分がここに立っていていいのか? と疑問になるが宮崎はそれを笑みで霧消する。
「笑って、そこで立ってくれてたらいいさ。委員長は姿勢がいいし、余計なことを勝手にしない思慮がある。それでいて立ち振舞を堂々とできるもんな」
言われた通りにやってみる。心なしか参拝客の流れが増してきた気がした。少し忙しくなってきた。宮崎の顔を見ると、ビンゴと言っている。
「な、宮司さんも喜ぶと思うぞ?」
耳打ちする。女性の参拝客が
『あの子、なかなか格好いいんじゃない?』
『なんかご利益がありそう』
『巫女さんばかりじゃなくて、ああいう子を入れてくれたら毎年参拝しちゃうかも〜』
と囁いているのが耳に痛い。別に自分の顔は普通だと思うのだが、妙に回りが騒がしい時がある。これは若さの特権と勝手に思うことにした。
「これで時給を釣り上げられるな」
新年早々、宮崎は罰当たりな事を言っている。陽大はため息をついた。
『ため息つく姿もいいわぁ』
60代を超えたご婦人からもお声を頂くのは有難いやら複雑やら。陽大は思った。新年から煩悩を膨らませていたら年末には108どころで済まないのじゃないか、と。今年一年多幸であらんこと────を。を?
「破魔矢、ください」
と、にこやかに言った女の子に見覚えがあった。弥生とその背後に一歩下がって水結。まさかここでご対面とは思いもせず、宮崎にいたっては弥生に睨まれて顔を青くしている。弥生は間違いなく客引きパンダにした宮崎に細やかな抗議を送っているが、甘いな宮崎。こういうのは動揺した方が負けなんだぜ?
だから。
「1000円頂戴します」
破魔矢を差し出して。弥生は目を点にして、そして微笑をこぼすしかなかった。
休憩時間に神職装束を脱いで甘酒をすする。ダルマストーブがついていたとは言え、神社は冷えが強かっただけに体が暖まる。
「あ、あの辻さん……?」
「大君に手伝ってもらうのはいいけど、ちょっと感心しない」
いきなり釘をさす。
「あ、いや、あの」
「宮崎君、大君を集客に利用したでしょ? 確信的に」
「え、えっと、それは、だって!」
「挙句、ご婦人の方は大君に寄ってきたよね? ご利益とは正反対の餌を吊り下げて」
「だって! 巫女さん目当ての参拝客だっているじゃんか!」
「神職家系がそれを言ったらアウトなんじゃ」
陽大が苦笑いする。
「弥生と篠倉はなんで今日もお参りなの?」
さらに甘酒をすすって陽大は言う。
「あ、弥生ちゃんのお家で、破魔矢やお守りを買ってなかったみたいで、そのお付き合いで」
「大君誘いに行ったら、いないでしょ? 陽一郎さん心配してたよ?」
「それで私が誘われて」
水結が正直に言うのと同時に、攻めの弥生が守りの弥生となり、顔が真っ赤になった。
「違う! もともと誘うつもりだったの!」
「どうせなら香君がアルバイトしている所に行こうかって。香君、とても似あってたよ?」
救いの手を水結に差し伸べられて、安堵と照れ臭さと。宮崎と弥生は揃って忙しそうだ。
ま、でもこの3人といると安心するのは確か。なぜかほっとした。
「そうしたら委員長さんがあの状態だったから、弥生ちゃん血相変えちゃって」
「水結! 変えてないから!」
「え? でもそんなの聞いてないって、怒って────」
「怒ってない!」
「女性に囲まれてデレデレして、って」
「言ってない!」
まぁ、その会話が全て事実だったのは間違いないが、そろそろ弥生の機嫌もとっておかないと後々が面倒か。
「デレデレというか、微笑めと言われただけなんだけどね」
「確信的に見えた!」
「でも仏頂面もできないだろ?」
「そ、それは…」
正論で責める。後少しか。
「でも弥生に会えたのは良かった。昨日会ってるから、ちょっと躊躇ったんだよね」
これは本当。弥生の興奮が止まった。じっと陽大を見据えている。本当かどうかを確認している。陽大はさらに見据えて、弥生の瞳の奥を覗きこんだ。弥生は真っ直ぐになった。遠慮がなくなった、と言うべきか。それは彼女の真意であり、本音なのだ。
だから真正面から受け止める。陽大にできる事はそれだけだ。
それにこの3人に会えた事は本当に良かった。
だから、あえて話してみよう。
自分も真正面から言ってみよう。多分、この自分の中の何かを汲んで理解してくれている。この3人なら、きっと陽大には分からないモヤモヤの正体を見てくれているんじゃないか、そんな事を思って。
「アホか」
宮崎は甘酒を啜って言った。何故か女性陣2人も同じく頷いた。
「え? 何が?」
質問したのにアホ呼ばわりされて心外だが、彼らは陽大の中の弱さを直視して、その上で大丈夫と先に言ってくれている。だから陽大自身が安心している。
「委員長は陽一郎さんに甘えたいだけだろ」
と宮崎は言って最後の一口を飲み干した。
「早く帰ってやれ」
そう言って、宮崎は手を振った。仕事に戻る、とジェスチャーする。
「あ、なら俺も────」
「いいって。辻さんに睨まれる正月はもう勘弁」
と苦笑いして言った。
「宮崎君、水結が巫女さんになって、同じ立場でもそれ言える?」
「な! 今、水結は関係ないじゃん!」
「むしろ篠倉に巫女さんやってもらったら? 宮崎の隣にいてもらったら破魔矢の売れ行きいいんじゃないか? うん、それがいいと思うぞ」
「え?」
「え?」
固まったのは水結だった。陽大はやっと自分のペースが戻ってきた気がする。
「どうせなら篠倉も宮崎の隣がいいもんな?」
にこっと笑って陽大は言う。水結は真っ赤になって、二の句が告げない。攻勢を今度は弥生に向けた。
「まぁ、どうせなら弥生の巫女装束を見たい欲求もあるけど」
「ちょ、ちょっちょっと大君!」
今度は弥生が慌てる。
「ただ男性が寄ってくるのはちょっと癪だなぁ」
陽大は素直に、意図的に言う。少し笑みも含んで。
「だ、大君!」
「だから、止めた。弥生はちょっと散歩に付き合って?」
戦線を離脱。弥生と一緒の時間で、自分を取り戻したい。やっぱりこの3人は自分の未熟な部分を軌道修正して、補ってくれる。
「篠倉、後はよろしく」
にっと笑った自分の笑みは、今年最初で最大に悪魔的だったのは、自分でも自覚していた。
帰って、普通に「ただいま」が言えた。
兄に甘えたかったのか。正直、3人に言われて気恥ずかしかったが、納得した事もあった。
陽大の世界は陽一郎を中心に回っていた。自分自身、才覚が無いわけじゃないのは分る。才能に無自覚ならそれは、無知だ。ただもし自分に才能があるとしたら、そして少なからずある才能は兄の為に使いたい。それを思っていた。
長兄は、早く亡くなった両親の代わりに奔走してくれていたから。
自分が陽一郎を支える。それが意識の裏にあったの間違いない。
陽一郎が家を出て、でもある程度成長した下の弟や妹達とで、生活が維持できて。安定した中で、リズムができて。
でも飲み込んでいた感情も確かにあって。
弥生が握ってくれた手の暖かさを思い出しながら。
「お帰り、大兄」
晃と亜香里の声。美樹はお出かけ中なのは予想の範囲内。そして遅れて、
「陽大君、お帰りなさい」
優しい声が台所から聞こえてきた。ある程度陽大はおせちを作っておいたのだが、志乃にかかるとさらにお正月は豪盛になっていく。
「陽大」
と陽一郎が顔を出した。心配の顔と、安堵の顔と。兄にそんな表情をさせてしまったのが申し訳ないという想いが湧いてくる。
「兄さん」
「志乃ごめん、ちょっと陽大と将棋をさしてもいいか?」
「勿論。陽ちゃんはゆっくりしてきて。もう少しかかるし、晃君も亜香里ちゃんも後で手伝ってくれるって言ってくれてたし」
「うん」
満面の笑み。陽大は、大仕事をしている志乃に申し訳ないなと思った。志乃は宮崎達以上に、陽大のメンタルを理解している。やはりかなわない。
そして晃が軽く手を振った。しっかり話してきて、と。大兄がそれだと僕らも調子が狂うんだ、と暗に言っている。
(なさけないなぁ)
内心で苦笑しつつ。
「あ、晃」
なんか言っておかないと次男としての示しがつかないじゃないか。
「味見の時は僕も呼べよ」
自分で言って思ったが、最早負け惜しみ以外の何もでもなかったような気がした。
────悪かったな。
ぱち。駒を指す。
────え?
ぱちん。
────昨日、疲れきってたから。
ぱちん。
────無理も無いと思いますけど。町内も夏目も誰彼も押しかけてきたわけですから。
────まぁ、ね。無病息災で会えた、ってのが一番かもな。
────はい。
ぱち。
────弥生ちゃんとはどうなんだ?
────……え?
────お前の迷いがなくなったのは、何かしらがあってだろう? 弥生ちゃんの影響も少なからずあるんじゃないか?
────弥生だけじゃないですけどね。
────そうか。
ぱちん。
────兄さんは進路はどうするつもりですか?
────イヤな事を聞くな?
ぱち。
────後学の為に。
────聞いても参考になんかならないぞ?
ぱちん。
────最初から答えは決まっていた、って事かな。
陽大は顔を上げて陽一郎を見た。何一つ表情も呼吸も変えず、ただ将棋盤を凝視して次の手を考えている。
最初から。
陽大にとって「最初」は兄そものだった。自分は秀才ともてはやされるが、それも兄あってのことだ。だがそれは「夢」じゃない。「憧れ」だ。
兄が眩しく、兄のようでありたいとおもい、だから兄に自分以上に愛情を抱いていた志乃に初恋を抱いたのかもしれない。
だが愛情では、志乃以上に兄に貢献するのは不可なのは自分でも分かっている。
だったら────
────焦るなよ?
陽一郎はやはり将棋盤から目を離さずに呟いた。
────え?
────つまり、な。自分の足元にあるんだ、本当に大切な事は。
陽大は兄をじっと見る。自分にとって本当に一番大切なこと。兄の最初からは良く理解できる。兄は写真を撮るという行為で、幸せを繋いできた。自分自身を、というよりは他者にむけて。それが最初は一番近い志乃で、それが陽大達夏目兄弟であり、この街の親しい人や何気なくすれ違った人たちであり。ただそれを職業にする事には躊躇いを感じていたのを陽大は知っている。
その陽一郎が覚悟を決めた、という。
では自分はどうだ?
何ができる? 何を始められる? どうやったら兄に追いつける?
それが焦燥感なのは知っている。兄も焦るなと言った。だが、自分自身の空っぽさに嫌気がさしてくる。
ぱちん。
陽一郎が笑った。
────王手。
(あ。)
陽大は多分、かなり間の抜けた顔をしているのを実感する。
────だから焦るなって。お前は高校生だから、迷っていいし甘えていい。今、迷わなかったらいつ迷う? 弥生ちゃんにも宮崎君にも篠倉さんにももっと迷いを見せて頼ってみろ。あ、でもその割合は考えておけよ。弥生ちゃんは一番にしといた方がいいな。これは俺からの些細なアドバイスだが。
ニッとさらに笑う。
(……かなわない)
陽大は軽く息をつく。明日、弥生に少し話しをしてみようか。弱い自分を晒す事の難しさを痛感する。気負ったつもりはない。ただ振る舞う事が、自分にとっての習慣になっていたから。本心を晒す事がなかなか難しい。
でも分かってもいるのだ。あの三人は陽大の奥底の弱さに目を逸らさない。それは今日のことで分かってるじゃないか。だからもう少し勇気を出してみてもいいのかもしれない。
だから今日の所はもう一局。このまま負けっぱなしも癪だから。
もっとも兄は強いから、なかなか勝たせてもらえないのも定石となってしまっているが。
もう一局、もう一手。兄に迫ってみようと思う。
────おいで?
陽一郎はこれでもかというくらい満面の笑みで、陽大の挑戦に応えた。
ということで、明けましておめでとうございます。これは去年の1月に書いた一品でした。陽大高校生編はこれでとりあえず打ち止め。次回からは、夏休みオリジナルに戻ります。あわせて、コラボ元のDS様「private bomba」で連載されている六会中学七不思議もよろしくお願いします。
それでは良き一年となりますよう、頑張りましょう!




