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夏休みの地図

夏目陽一郎×朝倉志乃

「陽ちゃん何してるの?」


 がさこそと、物置きで探し物をしている陽ちゃんに私は声をかける。陽ちゃん、と私が夏目陽一郎の事を呼んで15年以上。今では二人も大学生になった。もう隣にいるだけで、彼の言いたいことが分かるのに、時々見せる、まるで子供のような仕草が私をどきどきさせる。例えば、今の一瞬のような。


「ん? 志乃か?」


 と陽ちゃんは顔を上げた。その顔が埃まみれで、私は苦笑を漏らす。


「陽ちゃん、こういうトコを掃除する時は、タオルとか頭に巻かないと。ほら、汚れちゃってるよ」


「あ、ああ」


 ときょとんとした顔をして、そして笑う。


「親父とお袋がなくなってから、ここ、そのままだったからだから。いい加減、整理しとかないと、と思ってさ

 陽ちゃんの両親が交通事故でなくなったのが、私達が高校二年生の時だから、あれから四年たったことになる。早いな、と思う。陽ちゃんはあの時、無我夢中で自分の二人の弟と二人の妹を守るのに必死だった。親戚達は陽ちゃん達兄弟全員を引き取ろうとはしなかったから。ばらばらになることを、長兄の陽ちゃんが拒んだから。そのおかげで、私は陽ちゃんの隣にいれる。ずるい、と私は思うけど。私は私なりに陽ちゃんを支えてきたつもりだから。


 実質、陽ちゃんがバイトをして生活費をたててきた。それは次男の陽大君も長女の美樹ちゃんもそうだけど。今では高校生になった三男の晃君もバイトして、標準家庭の収支になっている。陽ちゃんは兄弟達に、働く苦労はさせたくなかったようだけど。兄弟達────そして私からしてみたら、陽ちゃんに無理はしてほしくなかった。あの時の陽ちゃんは、自分が彼らの親代わりにならなくちゃ、という意識があって、絶対に無理をしていたから。無理のない表情を見せる陽ちゃんに、私は今、心から安堵している。子供のような顔で、私に笑ってくれる陽ちゃんを見ていると、何だかとても嬉しくなる。


 短い付き合いじゃないのに────今でも、そんな表情を見せられるとドキドキする。


 そんな事を思っていると、陽ちゃんが手をかけていたガラクタの山が雪崩よろしく、崩れてくる。私は小さな悲鳴をあげて、なぜか陽ちゃんに抱きついた。それで危険を回避できるわけでないのだが、それはどうでもよかった。一瞬、一瞬、陽ちゃんの温もりを感じれたら、それだけで良かったから。だから、私は陽ちゃんに抱きつきながら、少しだけ笑っていたと思う。そして陽ちゃんは私を庇うように、それらから守ってくれた。


「陽ちゃんの馬鹿」


 と頬を膨らませつつ、わざと陽ちゃんを睨む。埃まみれになりつつ、陽ちゃんは申し訳なさそうに、髪を掻いていた。そんな仕草が、私の知っている幼い頃の陽ちゃんを思い出させる。変わらないそういう姿を見れるのが嬉しくなる自分がいる。


「ご、ごめんな、志乃。ケガなかったか?」


 と心配そうに私を見てくれる。私は小さく笑った。


「うん、大丈夫だよ」


 と私はにっこりと笑って言う。と、その私の上をひらひらと一枚の紙が舞う。私はそれに手を伸ばした。埃が舞う。カビ臭いにおいが、鼻腔を刺激する。私はその紙を広げた。それはクレヨンで描かれた稚拙な地図だった。なつかしそうに、陽ちゃんも覗き込んだ。


「こんなトコにあったんだ」


 と陽ちゃんは漏らす。私もコクンと頷く。色とりどりの不思議な模様で記された地図は、まるで別世界の冒険地図のようだが、この地図の事を忘れるはずがない。これは、私と陽ちゃんの小学校四年生の頃の想い出なのだ。一見、意味なんか何もない落書きのようだが、これは私達の町の区分を描き出したものだ。神社、学校、河原、裏山、商店街、廃屋となった病院、全てが私達二人だけが通じる記号で描かれている。


 そもそもの始まりは、陽ちゃんのお父さんの一言だった。私達が夏休みの自由研究に困っていると、陽ちゃんのお父さんが優しく笑って


『陽一郎、ちょっと自分の町の事でも調べてみたらどうだ?』


 と一言、言った。この町は案外、不思議なことがたくさん詰まっているぞ、と意味深に笑んで。後は何も教えてくれない。陽ちゃんのお父さんはいつもそうだった。肝心なことは何一つ教えてくれない。自分で考えろ、と微笑一つで言ってのける。


 そんな陽ちゃんのお父さんももう同じ微笑を浮かべてはくれない。


 この記号の書いてある場所に日にちが書いてある。その日にその場所に行って、色々と調べたのだ。それを私と陽ちゃんは日付だけで、記した。それで充分だったから。多分、自分の部屋を探せば、あの時の自由研究のノートが出てくると思う。


 陽ちゃんは指先で示して、小さく笑う。


 私はコクンと頷いた。


 それは神社の裏を流れている小川だった。星屑乃河原と呼ばれ、「夏祭り」以外では閉鎖されている場所だ。と言っても、入る事は簡単にできるけど。あの時、二人で決めた自由研究の論題は『星流し』のルーツを探すことだった。


 星流しとは夏祭りのメインイベントで、灯籠船に『星石』と言われた石を乗せて、小川に流す。星石はその年によって、その人によって、大きさや色が違う。それはその人の願いですから、と神主さんは言う。たいてい町の大人は知っているけど、それは神主さん手製の硝子細工だ。でも、子供の時の私達は、それがとても神秘的な宝物に見えた。その日限り、貰って何分か後には灯籠船に乗り、水面に沈むから、なおさらなのかもしれない。


 本来は死者を哀悼する行事だ。


 お盆の時に帰還する霊魂が、星石を目印にするらしい。発祥は安土桃山時代後期に遡る。俗にいう戦国時代だ。大名達の戦いだけがクローズアップされているが、その陰では多量の民の死がある。私達はあの日、神主さんが案内してくれた、名も無い墓標を見て立ち尽くしていた。

 

 

 







 

 それはただの木片を突き刺しただけのものだった。


 神社の裏道を辿って行く。急勾配を登っていく。整備されたアスファルトじゃない。獣道という言葉が相応しい。私は陽ちゃんの手をしっかりと握った。陽ちゃんも私の手をしっかりと握り返してくれる。神主さんの足が早い。置いて行かれまいと、私も陽ちゃんも必死で追いかける。


 と神主さんの足が止まった。


「夏目君、朝倉さん、ここですよ」


 にっこりと笑んで言う。


 朽ちかけた木片が痔面に突き刺さっているその数、ゆうに千以上はある。当たりに雑草が生い茂って入るが、突き刺してあるその場所には草一つ生えていない。冷たい風が頬を撫でた。ここに来るまでに、すでに夕陽は沈みかけていた。私は息を飲む。


「ここは昔から、草が生えないのですよ」


 と神主さんは言った。


 陽ちゃんは食い入るように、その枯れ木の一つ一つを見ていた。これに似たような光景を、今までの散策で見てきた。商店街で見た、第二次世界大戦大の防空壕。それが噴水広場にあった碑文が記しているのを私達は知らなかった。


 学校は集団疎開の場所だった。


 廃屋となった病院では、兵士達が残虐の限りをつくした。病人は戦力にならないと、斬殺を繰り返した。


 河原はいつも戦場だった。


 そして神社には死者が眠っている。戦国時代から今まで、無為に死んだ人達の亡骸を埋めてきたのが、自分の家系なのだ、と神主さんは少し苦笑いして言う。本来なら寺の仕事とも言えるが、この小さな町には寺は無かった。そもそも神社も無かった、と神主さんは言う。


「え?」


 と陽ちゃんが聞く。


「この神社は何を祀っていると思いますか、夏目君」


「え…」


「この神社には神なんかいません」


「は?」


 でも神社は八百万星神奉納を掲げている。私がそう言おうとしたのを察して、神主さんはさらに笑う。


「八百万とは果てしないほどに、という事です。そして星神とは、星になった人々を神格化させた名。つまりこの神社は死人を祀っているという事ですよ」


「………………」


「この神社が、と言うよりは、この町がですね」


「それって……」


「朝倉さん、ここから言うのは私の推測です。『星流し』には確固たる発祥の文章は残されていません。ゆえに、私の言う事は推測でしかないのですが、星流しは名もなく死んで行った人々を、神として祀る儀式だったのかもしれませんね」


 陽ちゃんはじっと、墓標の群れを見つめていた。


 ここに眠る人は無念の死を遂げたのが大半だと、思う。神主さんの言いたい事は分かる。この町は死人がうめられた町なのだ。私達は何も知らずに、当たり前のように笑っていたけど、その地下では骸となった人々が眠っていたのだ。


 と、こつこつ、と足音がした。ビクンとして、振り返るが、誰もいない。


 夕陽はとっくに沈んでいた。


 空に淡く月と星が輝く。町の電気に比べたら、なんて弱い明かり。でも、それが私達を照らしてくれる光の全てだった。


 また、足音がする。コツコツ。少しずつ、近付いている。


「陽ちゃん!」


「うん……」


 陽ちゃんも息をのんでいた。隣を見ると、神主さんがいない。


 かちゃかちゃと、金属と金属がぶつかり合う音がする。


 脳裏に、戦国時代に死んで行った侍達のイメージが過る。苦しそうに悶える声が、私達の背筋を凍らせる。


 青白い光が、私達を囲むように舞う。


 陽ちゃんは私の前に立った。


 コツコツ、と足音。

 呻く声。悶える苦痛。足掻く叫び。光は乱舞する。


 でも、陽ちゃんはぐっと拳を握りしめて、動じていない。

 と、陽ちゃんは石を持てるだけ拾い上げた。


「どんな死に方をしていようが、僕には関係無い」


 はっきりと言う。怯えの色はどこにも感じられなかった。


「でも、志乃を怖がらせる〝人〟は許さない」


 ひゅ、と軽く石を投げる。


「わ、わ、陽一郎!」


 聞き覚えのある声がした。でも、陽ちゃんはその声を無視して、全力投球で石をひたすら投げ付ける。悲鳴が上がる。真っ先に茂みの中から飛び出してきたのは、神主さんと私のお父さん、そして陽ちゃんのお父さん、その他、商店街で顔なじみのお店屋さんのおじさん達が、必死の形相で逃げ出して行く。


 私は唖然として、その後ろ姿を見つめていた。


 でも、光は消えない。


 私達の回りを囲むように、乱舞を繰り返している。


「おかしいと思ったんだ」


 とその光を手のひらに乗せながら、陽ちゃんは苦笑した。


「父さんが自由研究のことを口出してくるなんて。どっちが罰当たりなんだよ、まったく」


「陽ちゃん、その光……」


「綺麗だね。初めて見たよ、蛍を」


「ほたる……」


 私も陽ちゃんにならって手を広げる。淡い光は、私の手の中で優しく踊っていた。


 蛍はまるで光の雨のように乱舞している。


 まるで星流しのように。

 祭りの日の灯籠船のように。


 私は陽ちゃの手を離さず、ただその光を見つめていた。


 優しい光が、私達に微笑むように踊り続けている。陽ちゃんを見上げると、私を見て笑っていた。だから、陽ちゃんにむけて私も笑った。大人達のイタズラも忘れて、私は陽ちゃんの顔だけに見とれていた。

 

 

 







 

 陽ちゃんは蛍に手を差し伸べる。


 あの日も陽ちゃんは同じ笑顔で笑っていたんだ、と思う。


 優しく、優しく、光る蛍を手で包み込んで、にっこりと笑う。私はそんな陽ちゃんを見て、幸せな気分になる。


 結局、物置きの掃除もそこそこ、私達はあの日の自由研究の回想に夢中になった。


 町内探索のルートを一つ一つ訪れてみる。


 そして最後に神社の裏の、墓標にたどり着いた。


 あの日と同じく寂しく、死者は眠りについている。物静かだが、無気味だとは思わなかった。


 陽ちゃんがいるから、というのはある。


 陽ちゃんがあの日と同じく、手を繋いでくれるから、というのもある。


 何より、ここは名も無い人が安息を過ごす、唯一の場所なのだ。陽ちゃんは小さい声でそう言う。だから私もそう思う。


 あの時と違うのはイタズラを計画した大人達が────陽ちゃんのお父さんもお母さんもいない、という現実だ。


「あ」


 と私は空を見上げる。陽ちゃんも空を見上げた。


 目の錯覚だったんだろうか?


 青い光の蛍と紅い光の蛍が、寄り添うように宙を舞い、そして忽然と姿を消した。


 文字どおり、いきなり光が消えた。私は目をパチクリさせる。


「陽ちゃん?」


「お節介」


 と陽ちゃんはクスクス笑った。私と同じ事を思っているらしい。


 青は陽ちゃんが。赤は私が、星流しの祭りで灯籠船に流した石だった。


 陽ちゃんの気持ちが、もしかしたら陽ちゃんのお父さんとお母さん届いたのかもしれない。


 青と赤の光は明滅する事はない。ただ、黄金色の灯があふれるばかりだった。


 それでも、陽ちゃんはじっと、光を見続けていた。


 私もじっと光を見続けていた。嘘でも思い込みでも目の錯覚でもいい。


 陽ちゃんは頑張っている。みんな頑張っている。それを陽ちゃんのお父さんとお母さんは見てくれているはずだから。だから私は目の前にいる事を信じて、二人に言葉を語りかけた。


「おじさん、おばさん、お帰りなさい。ずっとお墓の前で報告してきたけど、もう一度、言いますね。私、陽ちゃんと────」


 蛍が乱舞する。舞うように、降り注ぐ。光の雨。優しい。綺麗。抱かれているみたい。

 

 ────シッテイル。


 そんな声が聞こえた気がした。

 陽ちゃんは私のお腹に手を当てて、小さく微笑む。


 蛍より今は小さな命がいる事を、陽ちゃんの行為で再認識する。私も陽ちゃんに笑った。

 蛍は私達を取り囲むように、さらに舞い踊る。


 ────オメデトウ。


 赤と青の光が最後に灯って、そして蛍達は散り散りに消えて行く。

 私達はいつまでもいつまでも動かずに、その光景を見つめていた。

 

 

  

という事で、読んで頂いた皆様、夏休みはお久しぶりです。

完結済みの番外編というスタンスで、陽一郎・志乃と再会した皆様

オチの通り、結婚前に☓☓☓なわけで(笑)

まぁ今後も(ストックもあるのですが)

思いついたら更新しますので、よろしくお願いいたします。それでは!

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