これってアリですか?
若気の至り、ってやつでしょうか。
俺は昔とんでもないクソガキでした。ありとあらゆる悪戯の限りを尽した幼少時代、今の自分が過去の自分に出会ったら絶対ゲンコツの一つでもくれてやったことでしょう。
人の迷惑顧みず、全力でヤンチャでした。
総じて幼少時代というのは小さな生き物に大して残酷なもので。もちろん俺も例外ではありません。だってクソガキでしたから。
ほら、皆も多少は経験あるでしょ?虫の羽むしってみたり(あ、シャレじゃないから!)、ナメクジに塩かけてみたり。
あの日の俺は、超オーソドックスなパターン──蟻の巣穴に水を流し込むという悪戯をしました。
後に大変なことになるとも知らずに…………
まだまだ気温が不安定な5月。
GW明けの気だるさを抱えながら、学校帰りの俺は公園のベンチで一休みしていた。
ぬるい缶コーヒーを手で転がし、ため息をつく。
予備校行くのもめんどくせーな、サボっちゃおーかな なんて。
「よお、まさみっちゃん!辛気くせぇ顔してどーしたんだよ」
ふと横から威勢の良い声が響く。
「えーと、この声は……──セイジさん?」
「おう!いい加減顔覚えてくれよぉ〜!って無理か、ハハハ」
うん、無理ですゴメンなさい。
俺にはセイジさんの顔を覚えるどころか、姿を確認するのも一苦労なのだから。
無事姿を確認出来ても、今度は個人認識が出来ない。
だって
セイジさんは
蟻、だから。
アリと話をすることが出来るようになったのは幼稚園に上がる前、ようするに悪ガキ全開だった頃の事だった。
原因は前述した“蟻の巣穴に水を流し込むという悪戯”ってやつだったりする。
あの日俺が水攻めにした巣穴は、何やら徳の高いアリさんたちの住処……人でいうところの寺に値するようなもんだったのだろうか?……だったらしく、この心ない殺戮に対して報復を企てた。
──呪いという名の報復を。
『生命の尊さを知らぬ愚かな子童よ、我等はそなたに呪いをかけよう。
我等の声を聞き、その愚かな行動を悔い改めよ。
罪を償うその日まで、我等の声に耳を傾け生命の尊さを学べ』
画して一人の少年は、その日を境に生き物を無下にする遊びをしなくなった。
だって会話が出来る相手に、そんなこと出来る訳ないもんね。
さて。罪を償う為に蟻たちが提案したのが、一つの命につき百の善意を行う、という方法だった。
ようするに虫を一匹殺したら100回良いことをしなさい ってこと。
どんな小さな事でも良いから他人の役に立って、罪を浄化する……これが結構大変だったり。
100回の親切に関してはそんなに苦にはならないものの、問題は俺の罪が一向に減らない事──いや、むしろ増えてってるかもしれない事だ。
確かに昔のように好奇心だけで命を粗末にすることはなくなった。……けど、考えてみてほしい。
真夏の帝王ブラックG様が出たとき、人は見ぬふりを出来るだろうか?
モスキートの襲撃にあったときに、人は甘んじて血を吸われ続けるだろうか?
答えは否。
こうして俺は今日も、蟻と会話する生活を続けているのだった。
ああ、人間とはなんと罪深い生き物だろう……!!
と、まぁ前置きが長くなったが。
呪いとはいえこの生活になれてしまった今、アリたちとの交流は結構楽しかったりもする。
比較的よく行く公園なんかでは、セイジさんみたいな顔馴染み……もとい声馴染みも出来たりする訳で。
知り合いの蟻たちと雑談しつつ過ごす日々も悪くない。
「しっかし、一人で公園なんて寂しい人生だなぁー」
「まぁマサミチさんってモテなさそうなタイプですからね」
「なんとなく貧乏くさそうってゆーか」
「コッペパンみたいだよねー!」
「「「「(笑)」」」」
「うるせぇよ!」
……蟻に子馬鹿にされることも多いけど。
つーかコッペパンみたいってなんだ!?意味がわかんないから!
「ところでマサミチ君、なんか食べ物持ってない〜?」
ひとしきり人をネタに笑った後、一人の蟻が声を掛けてくる。
「なんだ、こぶ平。いたのか」
「もうー、こぶ平って呼ばないで下さいよー!シュトラウスですって!」
なんか立派な名前を名乗ってるが、どう聞いても林家こぶ平声です。いじられ様もこぶ平キャラだったりするから、いつもコイツの名前は覚えられないのだ。
「何?今日は食べ物不作なの?」
「ていうか、今日この公園で虫駆除作業やってましてね。結構危なっかしいんですよ」
やれやれ、虫の世界も色々大変だなぁ。
カバンを漁ってみたら、カロリーメイトが出てきたので、それを差し入れることに。
それを見てセイジさんが飛び上がった(気がした)。
「おお!まさみっちゃん太っ腹だねぇ!ポイント(善意)2倍にオマケしちゃうよ!」
「アンタは近所のドラッグストアかっつーの」
細かく砕いたカロリーメイトを地面に置くと、蟻たちはお礼を言いながら巣に運んでいく。
「みんなー、マサミチ様からの施しだぞー!」
「マサミチさまバンザーイ」
喜んで頂けるのは嬉しいが、お前らさっきはコッペパン呼ばわりしてたじゃん。
小さな虫たちも必死で生きている。
ただ生きる世界が違うだけで、こうして意思の疎通さえ出来れば友達にだってなりうるのだ。
「いやぁ、生きてるって素晴らしいなぁ」
せっせと食料を運ぶアリたちの姿を見て、俺はしみじみとつぶやいた。
「っと、肩に羽虫が」
プチッ。
「……あ。」
──本城雅道18歳、罪の浄化への道は まだまだ遠い。