4.りびーと
その日の夜。
シイカはユキノフの隣で、きらきら輝く星空を見上げていた。
(どうしてこんなことになったんだろう)
そう思って、何となく溜め息が出た。本当ならば今ごろ自分はこの巨大な怪物に喰われて、この世の人ではないはず。それなのに、今こうしてその怪物の横にいる。まだ夢を見ているような気分だった。
そんな彼女を全く気にする様子もなく、ユキノフはせっせと毛繕いをしていた。同じところを何度も舌で舐めて、綺麗にしている。さっき毛繕い中の彼に触ったら、牙を剥き出して唸られたのでそっとしておいている。この調子でいくと、すごく時間がかかるかも知れない。
小さく喉を鳴らしながら丁寧に毛をほぐしているユキノフに、シイカは話しかけてみた。
「ねぇユキノフ」
「……ぐるぐる」
「聞いてる?」
「…………」全然聞いてない。
シイカは諦めて、手近な木の下で横になった。寒い。冷たい風が当たって風邪をひきそうだ。
「……はっくしゅん」
シイカのくしゃみに、ユキノフがこちらを向いた。途中だった毛繕いをやめ、縮こまって震えるシイカのもとに歩いてくると彼女を抱くようにして丸くなった。暖かい毛の中に半分埋もれたようになる。彼の毛はふかふかして、家のベッドより気持ち良かった。シイカは真っ白くて長い毛を撫でた。
「ありがと」
そう言ったら、ユキノフが大きな紫の瞳でこっちを見てきた。本当に言葉を理解しているんじゃないかと思う。もしそうだったら、せめて返事的なものはしてほしい。
ユキノフは空を見上げ、大あくびをした。つられてシイカも欠伸をしたら眠気がやってきた。心地よい温もりの中で目を閉じる。
「……お休み」
『おやすみ』
誰かの声が聞こえたような気がしたけれど、それを意識する前にシイカは夢の中へ誘われていった。
『おきて、おきて』
「う〜〜ん……」
『おきて、あさだよ』
「う〜……誰?」
目を開けたシイカの上に、ドサドサと果物が落っこちてきた。
「うわわわわわっ!!」
『おきた?』
シイカは慌てて立ち上がった。眠気は完全に吹っ飛んでいる。
「起きたに決まってんでしょ!……てあれ?」シイカはおかしなことに気付いた。
「ユキノフ……君……喋れるの?」
『そう ゆきのふ、しゃべれる』
ユキノフは毛繕いをやめ、シイカに笑いかけるようにちょっとだけ口を開けてみせた。女子が見たら鼻血を出して倒れるに違いないと思わせる笑みだった。
『おまえ あさ おそいよ』
ユキノフの声はその顔にふさわしく、低めな少年の声だった。何だか無駄にカッコいいのは気のせいだろうか。そのくせ、喋り方は幼い。いろいろとギャップを感じさせた。「ねぇ、君話せるのに何で昨日話しかけてこなかったの?」ユキノフは、少し心外そうに言った。
『きのう、なんかいもはなしかけた なのに、へんじしてくれない』「え?話しかけてたの?全然わからなかったけど」シイカは首を傾げた。
「あ、でも私が寝る前におやすみって言ってくれた?」『うん』
「何で昨日は何も聞こえなかったのかな?」
『わからない でも、いまはしゃべれる だからいい』 ユキノフは後ろ脚(?)で首の後ろを掻いた。どこまでも動物だ。……というか動物だけど。
「結構いい加減ね」
『いいかげん?なにそれ』 ユキノフは首をちょこっと横に傾けた。
「いい加減っていうのはね、君みたいに細かいことを適当に済ませちゃうことだよ」 シイカは説明してあげた。
『ふぅん いいかげん、か いいかげん いいかげん』 ユキノフは何度も繰り返した。まるで、新しい言葉を覚えようとする子供と、ほとんど変わらないように見えた。可愛かったけど、変な癖がつくと困るのでシイカは彼に言った。
「あんまり繰り返すとリピート癖がついちゃうよ。やめときなって」
(りぴーと?なにそれ たべるの?)
言うんじゃなかった。シイカは自分の額をこつんと叩いた。
これから、いろんなことをこのデカブツさんに教えなければならないと思った。
ヤバい……疲れる……。
その前に、自分の電池が切れる気がした。