3.脱走常習犯と外交官
「はい、今日もは〜じま〜るよ〜〜」
渡された紙を見て、王子はうんざりした顔になった。
「ええ〜っ、またかよ―」
「そんなこと言わないの。次に同じこと言ったら国王に報告しようかな〜」
「……わかったよ。やるから」
王子はペンを取り、紙にさらさらと書き始めた。
「全くさぁ、誰のお陰で日頃の脱走がバレてないと思ってるんだ」
「はいはい、いつもありがとうねー外交官さん」
レシミル王国の外交官を務めるミクターチは大きく溜め息を吐いた。歳はもうすぐ40。とある理由により、目の前でだるそうに課題を解いているティファニー王子を国王から『かくまって』いる。何年も前からこうだから、いちいち敬語を使ったりしないし、向こうも気にしていない。さすがに国王の前では話は別だが。
「なぁミクト。なんで父さんはいちいち礼儀とか武術とか勉強とかに五月蝿いんだろうな。母さんも細かいことで色々言ってくるし。ウザいったらありゃしねぇよ」
紙に文字を書き込んでいきながら尋ねるティファニーに、ミクターチは優しく微笑んでみせた。
「それは我が子を思う親の気持ちってやつだよ。ティファニーもそのうち分かる」
「理解したくねぇなぁ……終わったぞ」
金髪の王子は紙をひらひらした。城では絶対に勉強しない彼のためにミクトが作っているものだ。
ティファニーから紙を受け取り、採点をする途中、ミクトが突然こんなことを言ってきた。
「ティファニー」
「あ?何?」
「ラルキニアの森に棲んでる怪物の話って知ってる?」
「はあ!?」
王子は彼に軽蔑の眼差しを向けた。
「知ってるも何もねぇだろ、そんな有名過ぎるおとぎ話……」
「実は本当にあるんだよ」
「は?……嘘だろ?」
疑いの目を向けるティファニーに、ミクトは指を振った。
「冗談じゃないよ。ちょっと前に森の村で話を聞いたんだ。数年前に森の怪物が村におりてきて人を喰うようになったから、村が定期的に森に生け贄を出すことにしてるらしい」
ティファニーは驚愕した。んな話、一度も聞いたことねぇぞ!
「嘘だろ!?なんで今まで知られてなかったんだよ!」
「向こうが隠してたんだ」
何故?と問うティファニーに、ミクトは「分からない」と首を振った。
「んでさ、君、この国の問題としてこれをほっとける?」
「ほっとける訳ねぇだろ!今すぐにでも森に行って、その怪物をぶち殺してやりたいぜ!ったく、なんで国に伝えなかったんだ?そんなことならすぐに片付けられるってのによ」
靴で床を蹴り、怒ったように言うティファニーに「そうだろ」とミクトは頷いた。
「じゃあさ、行って来たら?森に」
「え?」ティファニーは驚いて彼を見た。
「いいのかよ?その間父さん達は?多分行かせてくれねぇぞ」
ミクトはちょっと考え込む仕草をしてからにこっと笑った。
「平気。俺が何とか言っとくよ」
「でもそしたらお前がヤバいんじゃねぇの?」
「大丈夫。任せろ」
「おおっ!流石ミクト!頼りにしてるぜ!」
ティファニーは親指をぐっと立てた。
「んで、いつ出発すればいい?」
「今」即答だった。
「は?今?何で?」
ミクトは部屋のドアを指して言った。
「早くしないと王様達が捜しに来ちゃうからね。行くんなら今のうちだぞ」
ティファニーは少しうつむき、やがて顔を上げた。その目には、強い意志が宿っていた。
「ミクト、俺行ってくる。そんで、化け物を倒して帰ってくるよ」
ミクトは安心したような笑顔になって、少年の肩に手を置いた。
「頑張れよ。皆の為だからな」
ティファニーも、力強い笑顔を見せた。
これが全ての始まりだった。