第35話 ジュリアのお婆ちゃん
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コーン、コーン、コーン、コーン
入り口に下げられた木鐘を足元の木槌で叩くと、良く響くいい音がした。
・ ・ コッ、コッ、コッ、ガチャリ、ギィー……
「誰だい? こんな山ん中に物好きな、今日は来客の予定は無かったはずだよ!」
言動の年寄臭さとは打って変わって鈴を転がしたような声の後に玄関から出てきた女性の見た目は、まだ20代にも見える絶世の美女だった。
いきなりジュリアが抱きついて熱烈な挨拶を交わす。
「ただいま、おばあちゃん!」
「お帰りジュリア、あんたかい! まったくこの子は、帰ってくる時には連絡しなって何時も言ってるだろう。何にも用意できないじゃないか……」
「自分の家に帰るのに連絡するのっておかしくない? そうだのね、瑛……」
オイッ、そこで俺に振るなよ…。
「鉄砲玉みたいに跳びまわてて滅多に帰ってこない娘のセリフじゃないね。良くおいでくださいました、こんな辺鄙な場所で何のおもてなしも出来ませんがどうぞお入り下さい、皇帝陛下……」
さすがに俺のことは知ってるか……。
「先触れもなくお邪魔して申し訳ない」
俺たちは取り敢えず、奥のリビングに通されるのだった。
◆
「お初にお目にかかる。俺は帝政ルシファーの初代皇帝、ルシファーだ。よろしく頼む」
「はじめまして、ジュリアの祖母のサリーナ・エリザベスと申します。気軽にソフィーとお呼び下さい」
「おばあちゃんが敬語を使ってる……隕石がふっ」 パシッ!
「煩いよ!」
「痛~い…ぶつこと無いじゃない……手が早いんだから……」
「アハハハ、仲が良いんですね。今日は、込み入った話もありまして急で申し訳なかったのですがジュリアに案内を頼んだ次第です。普通にお喋り下さい、堅苦しいのは苦手ですので……」
ソフィーさんは、一つ大きく頷いて言葉を返した。
「いいえ、かまいませんよ。田舎の一人暮らし、時間は腐るほど有りますからね」
「それじゃ、私はお茶を入れてくるからね~ごゆっくり~」
と言ってジュリアは部屋から逃げ出していった。
「……まったくあの娘は、どうしてああも落ち着きのない……」
「アハハハ、相手をしていて退屈しませんよ」
「お恥ずかしい……それで、込み入った話とは? 嫁取りの申込みかと期待していたんですが……もうあの娘に手をお付けに成っていますよね~」
「……そっ、その話も込み入った話の一つです。実は、ジュリアさんを私の后妃に迎えるにあたってのご挨拶とソフィーさんの保護についてのお話に参りました」
「ふむっ、嫁に出すのはやぶさかではありません。あの娘もいい大人ですし自分の伴侶を選ぶのもあの娘の自由、不束かな孫娘ですがどうぞよろしくお願いいたします。……でも、私の保護とはどういった訳でしょうか?」
「少し長くなるのですが順を追ってお話しようと思います。ジュリアもドアの裏で待ち草臥れているようですので……」 クスクスクス
「良し! これで嫁に行ける。おば~ちゃん、ありがと~♪」
「ハァ~、この娘は呆れたね~……いいんですか? 嫁にするのがこんな娘で、ほんとに?」
「ひどっ~い、それが可愛い孫娘に対する言葉~?」
「あんたには、聞いてないよ! すこし黙ってな……」
「ブゥーー…」
「アッハハハッハハ♪」
◆
「俺は今のこの姿になる前は、東雲 瑛という日本の科学者でした……」
俺は、これ迄の経緯を全て話すことにした。
その中にはジュリアの知らない話も含まれており、若干膨れていたのはご愛嬌だ。
そして現在、邪神とその眷属たちと敵対していること。
アフリカではこれ迄仲間だった同朋さえ儀式の生贄にされ、ここにも危険が及ぶかもしれない事などである。
「そういった訳で、ソフィーさんには是非我が国に来て頂きたいと思い伺いました」
俺の説明に驚く様子もなく、ソフィーはゆっくりを返答を返すのだった。
「……ありがたい話だが、生憎と私はそのお誘いには乗れないね。ここから私が居なくなったら誰がこの森の面倒を見るんだい?」
『それには私がお答えいたしましょう。……先日ぶりですね、サリーナ』
いきなり俺のジュエリーズが勝手に起動し、俺たちの前に3次元映像が像をを結んだ。
「これは、ウルズ様……先日は、ジュリアの安否をお知らせ頂きありがとうございました」
『いいえ、良いのです。肉親の安否を心配するのは家族の正当なる権利。それも最後の親族と言えば殊更でしょう、気にすることはありませんよ。それにこの森も今後私達の地球での拠点ともなる場所。チャンとした備えと監視を置いてゆきますから心配はいりません。貴方には是非これからの帝国の為にそのプラントマイスターとしての力を奮っていただいたいのです』
「ウルズ、お前たちどこまでツーカーなんだ。ソフィーも全然俺の話に驚いた仕草がないから、ちょっと拍子抜けなんだが……」
『ウフフフ、はい、マスター。ジュリアが我が国の国民、やがては国后として迎えるだろうという事までお伝えしております。そして、ある程度私達の正体も……ですのでマスターは、一言ご命令なされれば宜しいのですよ』
「……ウ~ン……そうか、分かった……」
俺は、ため息とともにそれまで抑えていた魔力を開放した。
励起した髪の毛と瞳はその色を変え、背には12枚の翼がハローの様に浮かび上がった。
何時の間にかソフィーは床にひざまずき、俺に祈りを捧げているのだった。
「ソフィー顔を上げてくれ、共に歩む仲間に一々跪かれていては何も出来ん……『やあソフィー、長い間待たせて済まなかったな、やっと迎えに来た、共に新しい国を作ろう』ってお前、急に出てくるなよ……」
俺が正体を表して喋りだした途端、また割り込んできやがった。
『お前は俺なんだから一緒だろう。少し喋らせろ』
「……いきなり出てきやがって何だかな~、まあ良いさ…好きなだけ喋れよ……」
『悪いな、瑛……。久しぶりだな~ソフィー、あれからおよそ3000年ぶりくらいか?』
「貴方様はもしや暁の大天使様! お懐かしゅうございます。サリーナは貴方様との約束を一時も忘れたことはございませんでした……アアァァァァァ……」
ソフィーは、突っ伏して泣き出してしまった。
その様子が只事では無いと悟ったのかジュリアも固まってしまった。
何なんだ? ソフィーの約束ってのは……。
『随分と時間が経っちまったがやっとお前との約束が果たせそうだぜ。コイツは俺の生まれ変わり見てえなもんだ。少し貧相で不出来なやつだが、ジュリアと一緒に助けてやっちゃ~くれねーか?』
「はい…、はい…、分かりました。この先、どれだけの時間が私に残されているかわかりませんが微力ながらお手伝させて頂きましょう……」
『ああ、その辺の心配はいらね~ようだぞ♪ コイツに頼めば国民みんな不老長寿ってなもんだ、気楽に楽しんでこれからを生きてくれや。ジャ~、後は頼んだぜ、瑛。うまくやれよ♪』
「……何をうまくやれって言うんだよ? 結局、俺に丸投げ何じゃね~か、少しは説明して行きやがれ! ハァ~疲れる……」
俺は力が抜けて、励起状態が解除された。
まったく、勝手に出てきやがって俺に何しろって言うんだ?
「マスター、マスター。ロキ様はマスターのやりたいように事を成せとおっしゃっているのですよ。正にマスターの思い描く通りの楽土をこの世に築けと言っているのですよ」
「フンッ、そんな事はアイツに言われるまでもなく計画に織り込み済みだっちゅ~の……」
『まったく、素直じゃありませんね~。そんな、子どもみたいな所はそっくりですが』
「あんな奴に似ててたまるか! 俺は俺の理想の国を創るんだよ。誰がなんと言おうとな!」
『「「…♪…」ニコニコ」ニヤニヤ』
ナンナンダヨ、人のこと見ながらニヤついてんじゃねーよ。