第17話 ルルイエにて 20210906・加筆修正
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ここは、南緯47度9分、西経126度43分、ニュージーランド沖の太平洋上である。
そう、旧支配者の一画であるクトルゥーの眠るルルイエが沈んでいると、実しやかに云われている公海上である。
時間は午前2時、草木も眠る丑三つ時と云われる時間、豪華客船イリスの甲板上には複数の人影と、イネス・アリックスがいた。
……いったい何をしているのだろうか?
……イネス以外の男女10人ほどは、ユラユラと夢遊病者の様に立っていた。
何やらブツブツと陰を含んだ声が高く低く響いてくる。
「ЬиШдЯ……ШЭЬЭд……ЪЯиЯ…ЪЮЭЬ……Юи……! ……ウフフフゥ~♪」
どこの言葉なのかのは解らない、イネスは呪文らしきものを呟きながら、その手に持つ捩じくれた短剣で立ち並ぶ男女の胸に浅く斬りつけている。
その禍々しい傷跡からは、血が滴っているにもかかわらず悲鳴を上げる者など無く、痛みも感じていないらしい。
虚ろな表情でユラユラと立ち尽くす全裸の者たち……。
儀式は一通り終わったのか、イネスを先頭に船尾に移動していく者達。
そういえば先ほどから豪華客船イリスが海上に円を描いたり意味もなく蛇行したりしている様に見える。
普段、船酔になど掛からない船員やボディーガードの黒服が青い顔で今にもトイレに駆け込みそうな、酷い操船である。
そんな中とうとう船尾に着いたイネスが取った行動は……。
……ジャッポーン!………ジャッポーン!…………ジャッポーン!……
胸に刻印が刻まれた者達を一人ずつ、決まった間隔をあけて海へ突き落としていくのだった。
それは、生贄なのであろう。
突き落とされた者は波間に仄かに光っている。
全員が突き落とされた所の海面を上空から見ると、豪華客船イリスの航行していた海は、何か大きな魔方陣の形に見える。
点々と光が見えるのは、突き落とされた者達だろう。
「ウフフフ♪ 終わったわよ~♪ 上手だったわよ~イリス。また、明日の晩もお願いね~♪」
『ご苦労様でした、イネス様。この儀式を3日3晩、続ければ宜しいのですね?』
「そうよ~、それでダゴンが来たら目標まで引率してゆけばOKよ~。今頃は、海の中で深き者どもが宴会始めてるわよ~、アハハハ~」
『私は、襲われないのでしょうか?』
「心配? 大丈夫よ、術を施している私が乗っている限りは、襲ってこないわよ~。それより向こうには、そろそろシシリーが着く頃よね~。あっちの方が心配だわ~」
いつの間に甲板に上がってきたのか、レオンが声をかけた。
「そう馬鹿にしてやるな。彼女は彼女でしっかりと役割をこなしてくれるだろう。それにしても中央区画に居た者達以外は酷い船酔いで使い物にならんよ。まあ、こんな何もない海の上で襲われる心配も無いだろう」
「今、この海域は深き者どもの団体さんでごった返している筈よ。原子力潜水艦だって近寄れないわ」
「それなら安心だ。一仕事終えたんだ、夜食でもどうだね? 小腹も空いただろう」
「そうね~、血の滴るステーキでも頂こうかしら、ワインはお任せするわ♪」
「うむ、了解した」
2人は、やがて船の中に消えていった。
海上では、仄かな光に何かが群がる様に海の中へ消えていった。
そして、船の航跡だけが消えること無く、白く白く闇夜に浮かび上がっていたのだった。