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26. 偽帳簿は、作った人へ

 立入の朝、店の軒先に二度目の休業札を下げた。『臨時休業(立入立会のため) 再開予定・明日』。前に書いたときは、墨が乾くまで見つめていた札である。今度は、手が強張らなかった。慣れというのは、頼もしくて、少しだけ寂しい。


 王国でいちばん古くて、いちばん意地の悪い書庫は、匂いから意地が悪かった。


 (かび)と、古い革と、香の混ざった匂い。窓は高くて小さく、光は書架の頭にしか届かない。その細い光の帯の中を、埃が金色に浮いては沈む。天井まで届く書架には梯子が渡され、奥行きの見えない書架の谷間を、立入の監査官たちが魔石灯を提げて進んでいく。私は列の末尾で、立会人の木札を提げていた。今日は返品屋ではなく、開示請求人である。埃と規定の匂いのする場所は嫌いではないが――この書庫の埃は、少しだけ、嘘の匂いがした。


「これはこれは、皆様。ようこそおいでくださいました」


 文書庫長ヘルツは、揉み手の似合う、つるりとした顔の壮年だった。慇懃無礼という言葉に足が生えると、たぶんこうなる。


「先日は行き違いがございましてなあ。あれから庫内をくまなく検めましたところ――ありました、ありました。ご所望の『浄化受領記録』、全七冊」


 閲覧机に、七冊の帳簿が恭しく並べられた。黒い革装、金の箔押し、揃いの綴じ紐。つい先日『存在セズ』と回答した文書が、今日「ありました」になる組織の中で、この笑顔を保てるのは、ある種の才能だと思う。


「では、検収します」


 一冊目を開く。紙は上質、字は端正。……端正、すぎる。四十年前の頁だという場所に、日焼けのむらも、虫の食みも、指の脂の跡もない。頁をめくる音まで、七冊揃って同じ硬さで鳴る。鼻を近づけると、インクの油の匂いが、まだ若い。四十年分の記録が、まるで同じ月に書かれたようだった。


「ヘルツ様。この帳簿の装丁は、いつのものですか?」


「は? む、無論、代々のものでございますが」


「財務局の記録では、十二年前に『装丁替ヘ 金貨二枚』とあります。ですが、この綴じ紐の結びは、ここ数年で王都に広まった当世風です。七冊とも」


 ヘルツの揉み手が、止まった。つるりとした額に、汗の粒がひとつ、灯りを映して光る。背後では監査官のペンが、彼の言葉を一言も逃さず書き取っていた。


「それから、受領印。歴代の書記の印のはずが、四十年前の頁も先代の頁も、同じ位置に同じ欠けのある、同じ印です。――今、あなたの胸元に提がっている、その印ですね?」


 書庫の谷間が、しんと冷えた。監査官の魔石灯が、七冊の新しすぎる黒革を白々と照らしている。レナート様が、静かに引き取った。


「概算。作製は、ここ十日以内。根拠は三つ――紙、綴じ、印影」


「こ、これは、その、写本でございます! 原本は畏れ多くも神域の――」


「開示請求への納品物として、偽物をお納めになりました。ですので」


 私は七冊をきちんと積み直し、宣言する。


「この納品は、受け取りません」


 ぽん。ぽんぽんぽん。七冊の偽帳簿が一斉に朱の差戻印を浮かべ、荷札をひるがえし、提出書の決裁者――ヘルツの執務机へ、どさどさと積み上がっていった。書庫に、革表紙の落ちる重たい音が七つ。監査官たちが、無言でそちらへ歩き出す。偽造文書の納品は、それ自体が立派な監査妨害である。文書庫長ヘルツ、その場で職務停止、査問行き。


「わ、儂はただ、作れと言われたとおりに……!」


「どなたに、ですか?」


 ヘルツの口が、開いて、閉じた。目が泳いだ先は、書庫の奥の暗がりだけである。荷札は今度も、判を押した人で、きれいに止まっている。判を押す係ばかりが沈んでいき、押させる声は、いつも水面の上だ。……この構図も、そろそろ検収不合格にしたい。


 ――本物の七冊は、庫内のどこからも出てこなかった。


 『大神官預カリ』の私書庫も、検めた。中は、空。棚には七冊分の埃の跡だけが、くっきりと白く残っていた。埃の縁取りというのは、置かれていた年月の分だけ濃くなる。あの白さは、四十年の白さである。そして持ち出されたのは、つい最近――埃の積もり直す暇も、ないほどに。


 夕方、店に戻ると、荷運びの兄さんが白湯も飲まずに待っていた。マルタさんが黙って、彼の前に麦酒を置く。情報料の相場は、この店ではそうなっている。


「リカちゃん、妙なもん見たぜ。先ほど神殿の裏手に荷車が入ってな、裏の焼却炉の煙突から細い煙が出てた。こんな刻限に焚くもんなんて、あるかい?」


 下町の目は、今日も王宮の間諜より優秀である。ただ今日ばかりは、その優秀さが胸に冷たい。


 燃やす気だ――紙を。四十年分の、名前と数字を。


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