裃本家5
「あれくらい、躱しなさいよ」
心暖が冷たい声で言い放つ。
優里が言い返そうとするのを櫂は腕で制して
「このおかしな捕り物に巻き込んだ挙句、石まで使わせておいてその言い草ですか?」
これは本音だった。石を使ったことで優里の魔力量は半減してしまっている。本来であればより実戦的な訓練を積み上げていきたい時期なのに魔力量の回復を優先することになってしまった。魔力が完全に回復するにはおそらく1~2か月はかかるだろう。
「ごめんなさいって言えばいいのかしら?」
「謝罪が欲しいわけじゃありません。俺たちにとって貴重な時間が失われるんです。具体的な穴埋めが欲しいんです」
「アンタ達のパーティーに入れってこと?さすがにそれは無理な話よ」
失った優里の魔力の代わりに心暖にパーティーへの参加を求める。
心暖は剣聖が不在の現状において裃本家筆頭の術者だ。その最強の駒を櫂は貸せと言っている。
考えるに値しない馬鹿げた要求だ。現に統主は苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。
そんな統主を見やりながら心暖は思う。
(さて、ここからは慎重に進めないと)
ここまでは心暖の思惑通りに事が進んでいる。だが、最後の詰めを誤るとすべてが台無しになる。
「お屋形様」
統主に向き直り
「ご裁可を」
判断を委ねた。
そもそもが馬鹿げた提案で一顧だにしない話だ。だが、もしも統主と信元の間で密約が交わされていたら・・・
そう考える根拠はある。普段は裃本家に顔さえろくに見せない櫂たちが今日に限って参加してきたこと。そこからスパイである簧黄たちを捕えるための罠を張り上手くいった。だがトラブルも発生。そして代償としては高すぎる心暖のパーティーへの参加を要求される。
偶然にも思えるが、結果がありきの台本に沿った展開にも思えた。
特に櫂が統主のいる前で心暖に対して『穴埋め』という言葉を使ってきたことが引っかかっていた。そんな強い言葉をこの場面で言うものだろうか?
なにかの符牒ではないか・・・
統主は深くため息を吐きながら、ちらりと心暖に目線を送る。
「まったく、最近のガキはどいつもこいつも」
果たして・・・密約はあった。
「分かった。いいじゃろう、心暖を貸してやるわい」
「ありがとうございます」と即答する櫂
「え?」と芸人顔負けのリアクションを見せる優里
心暖は思わず吹き出しそうになり横を向いた。
おそらく優里には密約のことは教えられていなかったのだろう。
彼女の頭の中では『そんなのムリムリ』くらいに思っていたところにまさかの急展開で脳が付いていかないといったところか。
頭は良いのだが虚実織り交ぜた交渉には向かないタイプ。好ましいくらいに正直なのだ。
だが、そんな感情を簡単に優里には見せない。深呼吸をしていつもの自分を取り戻すと心暖は統主に向かって
「では、お屋形様」
「うむ、教えてやれ」
尊大な態度で裃家統主は心暖に説明することを指示した。
「かしこまりました」
スルスルと心暖の前に牒が集まり渦を作る。やがてそれは厚さが10センチほどの円柱に変わる。心暖は出来上がったその円柱の上に左手に持っていた簧黄の首を置くと
「さて、まずはこの生首の説明をさせてもらうけど、こいつが他の機関のスパイだってことは分かっているわよね?」
櫂と優里に向かって問いかける。




