ヤープの女王1◆
タイトルに◆がある時は挿絵アリ
【裃本家で堅城(簧黄)たちが捕獲された日の正午過ぎ】
高岡柚月のいる晶河高校の4時間目
(どうした?)
ぼんやりと外を眺めているとガラス窓に映った自分が心配そうに訊いてくる。
出来るだけの準備はしてきた。ただ、準備と言ってもあくまで情報を基に作戦を練ってきただけ。動くのは父親と裃、それにFibe-Aの面々だ。
(何か見落としたことはないだろうか?)
いざ決行の時が近づくにつれて、不安は大きくなっていく。
多分、そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。
「高岡」
誰かに呼ばれたような気がする。
(柚月、前見て、前)
ガラス窓の中の自分が前を見ろと言っている。
「高岡!」
また、誰かがアタシの名前を呼んでいる。
いや、誰かではなく教師だ。
慌てて振り返ると、教科書を片手に黒板の前に立つ教師がいた。
「どうした?何か珍しいものでも見えるか?」
「すいません、ボーっとしていました」
ようやく現実に戻ってくる。
(そうだ、今は授業中だ)
これから起こることを想像して気持ちが昂りすぎたせいか、心がこの場に留まっていられない。
「それじゃあ、次のところを・・」
教師がそういって自分を指名して答えさせようとしてきたところでチャイムが鳴った。
「おっと、残念。時間切れだ」
この教師は時間に正確に動く。こういったケースでもいやらしく引っ張ったりしない。
「ラッキー!柚月。ツイてるね」
前の席の堂上里香が振り向きながら大きな声で話しかけてくる。
(間の悪い)
心の中で毒づくと案の定、教師から
「高岡」
「はい?」
「次、お前から当てるから。しっかり予習して来いよ」
「はい」
やはりこうなった。前の席の堂上里香は『あれっ』といった顔をしている。
彼女のそんな挙動を見て教室は笑い声に包まれた。
周囲に合わせてアタシも笑う。だけどアタシの引きつった笑顔を間近で見た堂上里香だけは笑えなかった。
「ごめん、柚月」
(ホントだよ)
心の中ではそう思っていたが、それが表情に出ないようにして話を聞く。
「アタシがデッカイ声で言ったからだ。あれで国東が頭に来ちゃったんだよね」
英語の教師である国東は良くも悪くもサラリーマン気質なので、自分の与えられた役目以上のことをしようとはしない。どんなに生徒の態度が悪かろうと注意するのは自分ではなく担任か生活指導に任せる。
だからあの場面も、この女が挑発しなければ黙って終わっていただろう。
それを煽ったりするから、彼の自尊心に火を点けてしまった。
「え?」
だがここでは、あえて気付かなかったフリをする。
「別に堂上さんのせいじゃないって」
「そうかな」
「アタシがボーっとしていたから先生に注意されただけだよ」
笑顔でそう言うアタシを見て彼女は驚いたような顔をして少し黙る。
「ホントに柚月ってお嬢様だよね」
「どういう意味?」
「そのまんま」
最後の言葉には少し嫌味を感じた。
「じゃあ、アタシ行くね。ホントにごめんね」
そう言うと堂上里香は踵を返し、教室から出ていく。
(彼女に悪意は無い)
調子に乗ってオーバーアクションをした結果、友人でもないクラスメートにちょっとした損害を与えた。それだけのことである。
親しい友人同士なら笑い話ですむところだったのが、相手が思いのほか純粋だったため却って罪悪感が強くなってしまった。
(ただ、愚かなだけだ)
多分、これから彼女は今までのように気安く話しかけてくることはないだろう。
もしかしたら呼び方も名前ではなく、『高岡さん』と呼んでくるかもしれない。
ふとガラス窓を見るとそこには悲しそうな目をした自分がいた。
何も言わないがその目には『またダメだったか』といった諦めとも憐れみともつかない色が滲んでいた。
『違うよ』
そう声に出して言おうとしたが、言葉は声にならなかった。
その存在に気付くようになったのは幼稚園の頃だった。
モヤモヤした薄い煙のような何かが、気が付くと目の端にいた。
最初は幽霊かお化けの類かと気味が悪く、両親に何とかしてくれと言ったこともあった。
だが、子供が大人に見えないものを見たと言い張るのは、普通にあることらしく両親は否定こそしなかったが、特に何かしてくれるということもなかった。
ただ、この何かが見えるというのを人前で言うことだけは絶対にダメだと念押しされたのを覚えている。
今、思い返すと母親は同年代の子供と比べて自分の娘だけがおかしいと思われたくなかったのだろう。
だが、父親はもしかしたら何か引っかかるものを感じていたのかもしれない。
小学校に入り、3年生になる頃にはモヤモヤは見えなくなっていた。
この頃になるとモヤモヤを見ても怖いと思う気持ちは無くなっていたので、いなくなったことに逆に少し寂しさを感じたりもした。
けれど、再会は思いのほかすぐにやってきた。




