施術手順3◆
タイトルに◆がある時は挿絵アリ
「朗が被験者ってどういうこと?」
優里は朗のことをよく知っている。
むしろ裃と関係のある人間で彼女のことを知らない人間はいないだろう。
「アンタ達は剣聖のパートナーでしょう?それが、どうしてこんな・・・」
「・・・だからよ」
心暖が朗の前髪にそっと触れる。
くるくると指先に巻き付けて感触を確かめるようにじゃれる。それでも朗は何も反応しない。
「この子、魔核を持っていないの」
優里には心暖が発した言葉の意味が瞬時には理解出来なかった。
「魔法が使えないのよ」
「え?」
魔核が無いと魔法の回路が形成されない。つまり魔法が使えない。
それは理解出来た。
だが、理解してすぐに次の疑問が湧きあがり優里の思考は止まってしまった。
考えてはいけないと脳が思考することを拒否したのだ。
だが優里の心情を見抜いているかのように心暖は続ける。
「剣聖のパートナーなのに魔法が使えない。これがどういう意味か分かる?」
心暖の問いかけにふたたび優里の頭は回りだした。だが言葉には出せない。
「・・・それは」
「ごめん、言いづらいよね」
心暖は顔を上げ、今度は優里の目を見ながら言った。
「役立たずなんて」
優里は頭にしびれを感じた。だがそれは痛みではなく快感だ。心暖の答えが自分の想像と一致していたことに対する快感、ドーパミンが分泌された証拠だった。
優里は昔から何かを考えることが好きだった。
彼女が置かれた環境がそうさせた面もあるが、それ以上に本人の資質が大きい。
本当は相手が何を言おうとしているのか?出てくる言葉ではなくその裏に何があるのかを注意深く探る。これが幼い頃の彼女の日常だった。
だが、幼い優里はこの緊張感ある日々を決して嫌ってはいなかった。会話を支配し、目線、仕草すべてを使って相手に自分の望む言葉を言わせたとき・・・彼女の脳は幸せを感じる。
今、心暖が口に出した言葉はまさに優里が望んだ言葉だった。だから彼女の脳は幸せを感じている。
裃本家には不定期に剣聖という存在が生まれる。
当代の剣聖の名は裃九朗。
そして歴代の剣聖には必ず大駒と呼ばれる裃家屈指の精鋭二人が付き従う。
当代の飛車を担うは剛の紬朗、角行を担うは柔の袖振心暖。
それぞれが剣聖の一字をその名にもらい生涯をかけて仕える。
「ポリゴーンに行って九朗を見つけ出す。それがアタシ達の願い」
心暖の目は優里を見つめたまま動かない。
「でもこのままじゃ朗は行けない」
《剛の朗》と呼ばれるだけのことはあり彼女の身体能力は極めて高い。その力の源となっているのが膨大な魔力だった。そして実際に実績も残してきた。
だからこそ誰も疑いもしなかった。よもや彼女に魔核が無いなどと・・・
「この実験は・・朗が自分で望んだのね?」
言葉を選びながら優里は尋ねる。
剣聖のパートナーである彼女がこんな実験に付き合う道理は無い。
「魔法が使えなければポリゴーンに行けないから・・多分、この子は気づいていたんだと思う・・自分に魔核が無いことを」
魔核が無いことを知っていたのではなく魔法が使えないことを自覚していたのだろうと優里はつい深読みしてしまう。だが、それを言葉にすることはない。
代わりに別のことが頭に浮かび、知らぬうちに口から漏れていた
「アンタ達がアタシ達と一緒に来ることになったのって・・・今日のことよね・・でも朗がドライブの被験者になったのって・・・ということはアンタ達最初から・・」
「・・・優里」
ぼそぼそと話す優里を見て心暖が心底がっかりしたように大きなため息を吐く。
「そういうのは分かっていても黙っておくものなの」
さらに諭すような口調で追い打ちをかける。
「そうしないとモテないわよ」
「な、なによ急に」
「目端が利くのはいいことだけど度が過ぎると周りに引かれるわよ。そうなったらアンタの前では気軽に喋れなくなるからモテないどころか友達もいなくなる。どう?思い当たることない」
「う」
心暖の指摘は優里の日常をズバリ言い当てていた。
自分ではそうは思ってないが周りの人間からよく言い方がキツイと言われる。
他の人が言っていることと同じことを言っているはずなのに何故か自分だけそう言われる。
そのことを櫂に訊いてみたことがあるがとんでもなく驚いた顔をして『自覚無かったのか?』と言われた。
櫂に具体的にどこが悪いのか尋ねてみても『なんとなく』『どこか詰問されているような』みたいな答えしか返ってこないので、他の人に訊こうとしたら『そういうところだ』と言われて止められた。結論としてはどうもひと言多いらしい。
これ以来どうにも優里は感情面の指摘をされると腰砕けになってしまう。
幼い頃より強くあろうと努力してきた彼女にとって自分の弱い面を前面に押し出して感情をぶつけてくる相手は理解の範疇を超えている。
『アタシはこんなに弱いのにどうして優里は優しくしてくれないの?』
情感たっぷりにこんなセリフをぶつけられると次の言葉が出なくなってしまうのだ。
そんな打ちひしがれる優里を哀れに思ったのか
「媚びる必要はないけど、たまには優里の可愛いとこ見せるのもアリじゃない?」
心暖が下から覗き込んでくる。
両手は軽くグーの形に握られてその手でチョイチョイと触ろうとする素振りを見せる。
上目遣いと相まって仕草が猫のようでとても可愛らしい。
(あー、こういうのがモテるんだろうな)
「アタシ、可愛いの似合わないから」
「そんなことない。絶対、似合うって」
「・・・そうかな」
心暖に力強く言われて少し気分が良くなった。
(そういえば・・何か忘れているような気がするけど・・今はいいや)
「そこまで言うなら・・・実はやってみたいのがあって」
「お、いいね。何?」
「・・・ゴスロリ」
「・・・・・何で?」
「え?可愛いでしょ」
「可愛いけど・・・優里」
「何?」
「これから連携をもっと深めましょう。仕事だけじゃなくプライベートでも」
「うん・・なんか・・・圧が強いね」
心暖はニコリと笑う。
「じゃあ作業の続きをしましょう。どこまで話したかしら?確か二つ目の問題の途中までだったわよね」
心暖の言葉で優里の心はたちまち現実に戻ってくる。
自分たちは朗の術式の途中だったという現実に。
「心暖、これ何時ごろまでかかりそう?」
時計も携帯も着替える時に置いてきたので正確な時間は分からないが、この手術室に来る前の時間が確か午後3時くらいだったと覚えている。けっこう話し込んだのでおそらく今は午後4時を過ぎたくらいだろうか。
心暖は可愛らしく小首をかしげて
「今日中には・・・帰してあげられるか・・な?」
そう言ってエヘッと笑う。
(なんでだろう?可愛いはずなのにすごくムカつく)
結局、すべての作業が終わったのは日付が変わって東の空が明るくなったころだった。




